天使と悪魔が恋に堕ちて

舞々

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第六章 引き裂かれて募る想い

引き裂かれて募る想い①

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 人間とは、非常に噂話が好きな生き物で、一度噂話に火が点けば、瞬く間にその火は燃え広がってしまう。ミスター・レンは、身を持ってそれを知ることとなる。


 ある朝、食堂前にある掲示板に一枚の写真が貼られていた。普段その掲示板は、行事のお知らせのポスターだったり、成績の順位表だったりが貼られている。そんな掲示板に張り出された一枚の写真に、全生徒の視線が釘付けになっていた。


「ん? なんだ?」
 いつものようにミスター・レンが食堂に行くと生徒がいつになくざわついている。
「あの生徒会長が、こんな淫らなことを……?」
「なんかガッカリだなぁ」
「本当だよ、騙された気分だ」


 生徒の人混みを掻き分け、掲示板へと向かえば、そこには生徒達に取り囲まれ俯く羽音の姿があった。いつもは、学園の高嶺の花として生徒達の憧れの的だった羽音が、他の生徒に責め立てられる姿など想像がつかなかっただけに、ミスター・レンは思わず眉を顰めた。
「一体何事だ? ……ん? あれは……」


 ミスター・レンの目に飛び込んできたのは、掲示板に貼られた一枚の写真だった。
 その写真を目にした生徒は、批判をする者もいたが、明らかに頬を赤らめて欲情している者もいる。


「まさかあの生徒会長が……」
「ヤバい……興奮しちゃう」
「あの生徒会長と転校生が……」
 咄嗟に、ミスター・レンは羽音を自分の後ろに隠し庇おうとした。ざわめき立つ生徒に向かい、ミスター・レンは声を張り上げる。


「さぁ、皆さん朝の礼拝の時間になります! 速やかに教会へと移動してください!」
 咄嗟に掲示板に貼り出された写真を取ろうとしたミスター・レンの腕を羽音がギュッと掴んだ。
「いいんです、ミスター・レン。悪いのは僕ですから」
「来栖君……」
「本当に、申し訳ありません…処分はきちんと受けますから」
「いや、それは……はぁ……参ったな……」 


 それも仕方ない。その写真に写し出されていたものは、羽音と瑞稀が熱い抱擁を交わしているものだったのだから。まるで『何があっても離れたくない』と言わんばかりに、瑞稀の腕は羽音の腰に回され、羽音は瑞稀の首に腕を回し強く抱き合っている。深く重ねられた二人の唇が、嫌に艶かしい。
 これを、年頃の男子生徒が見ようものなら、興奮するのも無理はない。それ程衝撃的なものだったし、刺激的なものでもあった。


「しかし、一体誰が……」


 明らかに故意に晒されたこの写真。


 正直、年頃の青年達が集まって寮生活を送っていれば、いくら同性同士と言えど色恋沙汰に発展することは珍しくはない。現代の神父には昔のように厳しくはなく、タブーとされていることもほとんどないため、そういった生徒には厳重注意くらいで、特に罰則などは与えられていないのが現状だ。
 しかしながら、ここまでの騒動になってしまったのならば、何らかの対処をしなければならないだろう。しかも、写真に撮られているのが、生徒達の憧れの的である来栖羽音だ。生徒会長まで務める彼の不祥事を、見て見ぬふりはできないだろう。


「はぁ……マジかよ」
 ミスター・レンは大きな溜息をつく。


 それでも写真の中の二人は、幼いながらも真剣に思い合っているように見える。
 若い二人の事を思えば、引き離してやることがそれぞれの幸せだと思っていた。しかし、かたや記憶を失い過去も本当の己もわからないままの青年。かたや心的な外傷を受けて志し半ばで立ち止まっていた青年。そんな二人が、今現在、必死に思い合ってることがミスター・レンには痛いくらいに伝わってきた。


「もう、引き戻す事はできないところまで来ていたのか……」


 出来ることならば、物語が始まる前に止めてやりたかった。それが教師として、大人としての自分の役割だと思っていただけに、ミスター・レンは奥歯を噛み締めた。
 しかも、羽音は瑞稀と会う為に、ミセス・サラから譲り受けた聖水を使ったに違いない。あの冷静な優等生を狂わせてしまう程、恋は人を盲目にするのだと改めて思い知らされた。


「生徒会長……最低だな」
 羽音の避難する言葉が聞こえてくる中、羽音は俯いたまま顔を上げることもできない。


「ごめんなさい、ミスター・レン」
 華奢な体がカタカタと震え、今にも消えてしまいそうな程儚く見えた。
「ごめんなさい」
 自分に向かい、頭を深く下げる羽音に近付いて、ミスター・レンはその髪を優しく撫でてやる。


「とりあえず、こっちに来い。他の生徒はすぐに教会に向かうように」
 不満げな生徒たちを残し、ミスター・レンは羽音の手を引いて食堂を後にした。


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