天使と悪魔が恋に堕ちて

舞々

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第十一章 悲しい別れ

悲しい別れ②

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 教会ではクリスマスツリーの飾りが眩い程に光り輝き、空からは白い天使がヒラヒラと舞い降りる……そんな、静かな静かな夜だった。
 羽音にしてみたら、ミセス・サラとの思い出がこの学園中に溢れている。長い間、彼女の優しい笑顔と存在そのものに励まされてきたのだ。


「ミセス・サラ……」


 羽音は、教会の祭壇の前に蹲り、ただ祈りを捧げることしかできなかった。
「僕は、僕はどうしたら……もう、あの笑顔に会えないなんて……」
 羽音の頬を、とめどなく涙が流れる。その涙は、拭っても拭っても止まることは無かった。
 キャソックのポケットから水晶玉を取り出せば、氷のように冷たい。そして、流れ出る羽音の涙のように透き通っていた。


「羽音……」
 優しい声と共に、羽音は背中から温かく包み込まれた。振り返らなくても、それが誰なのかわかってしまう。鼻腔をくすぐっていく白百合の甘い香り。その香りを感じても、今の羽音は激しく欲情することはなかった。


「瑞稀……」
「羽音、体が冷え切ってます」
 そう言いながら、瑞稀は羽音に頬擦りをする。


「聖水、飲みますか?」
「大丈夫……今日は、あんまり白百合の匂いを感じないから……」
 弱々しく俯く羽音を、瑞稀はギュッと抱き締めた。 ずっと泣いていたせいで、羽音の目元は赤く色付き腫れぼったい。泣き疲れて体は鉛のように重かった。あまりにも痛々しいその姿に、瑞稀の心までも痛んだのだろうか……。一瞬、泣きそうな顔をする。


「羽音は、ミセス・サラがずっと心の支えだったんですよね」
「……はい……」
「でも、大丈夫です。これからは僕が貴方を支えますから」
 瑞稀が、両手で羽音の頬を包み込んで、そっと自分の方を向かせる。羽音は少し戸惑いながらも、悲しそうな表情をしている瑞稀を見つめた。


「でも……ミセス・サラが亡くなってしまえば、僕はインキュバスに戻ってしまう」
「そうですね」
「そしたら、僕はもう、君の傍にいられない……」
 再び、羽音の大きな瞳から、ポロポロと硝子玉みたいな涙が溢れ出す。瑞稀がその涙を唇で掬い取ってくれた。


「僕は、インキュバスなんかになりたくない……」
「羽音……」
「僕は瑞稀が好き……だから、来栖羽音として、ずっと一緒にいたい……」
「大丈夫、俺が貴方を守ります」
「瑞稀と一緒にいたい……大好き……」


 瑞稀が羽音に口付ける。甘い唾液に混じったキスは、塩辛い涙の味がした。
 これから、自分はどうなってしまうのだろうか……。そう思うと、羽音は不安に押し潰されそうになる。恐怖と言う津波に呑み込まれそうになった。


「瑞稀が好き……大好き……」
「俺も羽音が好き」
「離れたくない……ずっとずっと一緒にいたい……」
「大丈夫。離れることなんてないから。俺が、絶対に貴方を離さないから……」


 瑞稀は、子供みたいに泣きじゃくる羽音を、ただただ抱き締めてくれた。
 優しく羽音の髪を撫で、額に頬に、唇に……優しい口付けをくれる。
 そんな瑞稀の優しさに、羽音は救われた。


「ずっとずっと一緒にいよう」


 瑞稀の誓いのような言葉が、崩れ落ちそうになる羽音の心を支えてくれる。羽音は、力一杯瑞稀を抱き締め返した。

 そして羽音は感じるのだ。
「僕はまだ、来栖羽音だ」
 と。


 ***


「ん?」
「……瑞稀、何かがいる」
「羽音、俺から離れないで」
 突然瑞稀が羽音を庇うように自分に引き寄せる。


「何でだ? さっきまで、全然人の気配なんてしなかったのに……」
 瑞稀は強く羽音を抱き締め、その気配がする方を睨み付けた。


 ──でも、この気配は人間じゃない。もっと、違う……凄く、邪悪な感じがする。


 羽音は瑞稀にギュッとしがみつく。心臓が破裂しそうなくらい高鳴り、体中の血液が凍り付いていくように感じられた。それなのに、額に汗がじっとりと滲む。


「瑞稀、怖い……」
「大丈夫。俺がいます」


 二人は強く抱き合いながら、自分達に向かってゆっくり近付いてくる存在に目を凝らす。
 スーッと冷たい風が吹き抜けた瞬間、薄暗い教会の明りに灯されて、ある人物の姿が浮かび上がった。


「……お前は……」


 羽音は思わず言葉を失う。
 なぜなら、今、自分達の目の前には……この世のものとは思えない程、美しいインキュバスがいるのだから。 
 漆黒のように黒々とした髪に、烏のように真っ黒な羽……何よりも目を引くのは、仮面の下から覗く炎のように真っ赤な瞳だった。


「なぁ、その戒めの白百合……俺にちょうだい?」
「お、お前は……あの時の……」


 瑞稀が低い声で唸るように呟く。その獣のような声に、思わず羽音は瑞稀を見上げた。
 その顔は真っ青になり、噛み締めた唇が、ガタガタと音を立てて震えている。羽音を抱き締める腕には、更に力が込められた。


「教会で……神の前で契りを結んだら、めちゃくちゃ興奮しそうじゃん?」
 羽音と瑞稀の前に現れたのは、人間の姿ではなく、インキュバスの姿をした『カナデ』だった。


「そいつの精液、俺も欲しい。ちょうだい。ねぇ、ちょうだい?」
 カナデが舌なめずりをしながら、二人に静かに歩み寄る。
 羽音は、その美しくも邪悪な風貌に息を飲んだ。


「これが、インキュバス……」
「そう、俺はインキュバスだ。ミセス・サラが死んで、あのばあさんに封印されていたインキュバスが解放された……そして、はじめまして」


 カナデがスッと仮面を取り外す。
 その仮面は、無機質な音をたてて教会の床に落ちた。


「そんな……嘘だろう……」
「これが俺の本当の姿だ」


 目の前のインキュバスが、妖艶な唇をニヤリと吊り上げる。
 羽音はそんなカナデを、見つめることしかできない。唇が小刻みに震え、目の前が真っ暗になり意識が朦朧としてきた。

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