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第十二章 羽音とハノン
羽音とハノン③
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ふと羽音が目を覚ませば、瑞稀に抱き締められていた。
温かくて、逞しい瑞稀の腕。でも、この腕とも、もうすぐ『さよなら』をしなければならないことを羽音は知っていた。
「瑞稀……」
瑞稀の形のいい唇を、そっと指先でなぞる。
まだ真夜中なのだろう。辺りは真っ暗で、物音一つ聞こえてこない。そんな暗闇の中、羽音は感じていた。
自分の中にいる、もう一人の『ハノン』の存在を。
余程、ミセス・サラに無理矢理封印されたことを怒っているのだろう。少し気を抜けば、今にも羽音の体を食い破って暴れ出しそうだ。
ハノンになってしまう前に、瑞稀の前から姿を消したい。そう思っても、もう羽音は歩く事すらままならなかった。
「クリスマスツリー……、なくなちゃった」
あんなに楽しみにしていたクリスマスも、結局はお祝いすることなどできなかった。
もう、この暗闇を照らしてくれるものは、何もない。
「ハク……僕は、貴方の気持ちがよくわかる」
愛する人の腕の中で、星屑になって行ったインキュバスのハク。
それでも羽音は思うのだ。ハクは、きっと幸せだったのだ、と……。だって、今の自分もこんなに幸せなのだから。
──もう、時間切れだ。
「嫌だ。僕はまだ瑞稀の傍にいたい」
──所詮、悪魔が幸せになれるはずなんかないだろう?
「うるさい。黙っててくれ」
──これでお終い。さようなら、羽音。
「グハッ‼」
突然激しく打ち出す拍動に、羽音は咄嗟に胸を鷲掴みにする。今にも皮膚を突き破って心臓が飛び出してきそうだ。
「はぁはぁはぁ……」
呼吸がどんどん浅くなり、体中が炎に包まれたかのように熱くなる。全身の血液が濁流のように流れ、真っ黒な片羽がザワザワッと逆立って行った。
「熱い……、体が熱い……」
喉がカラカラに乾き、苦しくて声すら出ない。羽音は強い強い恐怖に襲われた。
その時、羽音は思い出していた。
初めて瑞稀と会った日の事を。それから生まれて初めてキスをした日に、初めて抱かれる喜びを知ったあの夜。瑞稀が教えてくれた、ウェディングドレスがとても綺麗だった事。
たくさんの幸せを、瑞稀は羽音にくれた。
どんなに忘れたくないと願っても、その記憶は、手に掬った水のようにサラサラと零れ落ちて行ってしまう。それが、羽音は悲しかった。
「さよなら……なの?」
少しずつ意識が遠退き、まるで遠くから自分を見ているような感覚に襲われた。
「ハァハァハァハァ……‼」
体が燃える程熱く、口の端からは涎がだらしくなく溢れ出す。綺麗なピンク色の瞳は見開かれ、荒い呼吸を繰り返した。
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!!!!」
空気を切り裂くような断末魔に、瑞稀は目を覚ます。そして言葉を失った。
「何だよ、これ……」
「ハァハァハァ……」
「嘘だろ……羽音……」
羽音が、荒い呼吸を繰り返す度に、片方しかない背中の羽も大きく揺れた。
まるで廃人のような虚ろな瞳からは、生気を全く感じることはできない。蝋のように白い肌は全く血が通っていないのか、蒼白く、怖いくらいに透き通っていた。
ただ、淡く光るピンク色の瞳がとても綺麗で……。
今の羽音は、物語に出てくるようなインキュバスそのものだった。羽音は、少しずつ何かに意識を乗っ取られていくのを感じる。
「羽音……」
羽音は声のする方に視線を向けるが、それは、いつものような愛らしい笑顔を見せる羽音ではなかった。
その体の中は、まるで空っぽになってしまったかのようで……ただ、茫然と瑞稀を見つめている。
今の羽音には、目の前にいる人物が誰なのもわからなくなっていた。
「君は……君は誰?」
「え?」
「君は……誰なの?」
自分の事を不思議そうに見つめる瑞稀の顔を、そっと覗き込む。その顔に表情はなく、まるで能面のようだ。
「羽音は、俺の事がわからないの?」
「わからない……」
「……嘘だろ?」
瑞稀は言葉を失ってしまう。
「ハァハァハァ……ウッ……ハァハァ……」
羽音はあまりの息苦しさに胸を掻き毟る。体中が炎のように熱いのに、心がまるで凍り付いたように冷たい。心と体が、バラバラになってしまいそうだった。
「僕は……僕は、インキュバスのハノン。君は?」
「インキュバス?」
「そう。インキュバス」
瑞稀は言葉を失ってしまう。
淡くピンク色に光る瞳に見つめられれば、思わず吸い込まれそうになった。その妖艶で、男を惑わす雰囲気はインキュバスそのものだ。
「ウッ、ハァハァハァ……」
羽音は苦しそうに荒い呼吸を繰り返し、無意識にシーツを握り締めた。
「君は、僕を封印したあのシスターの仲間なの?」
「……………」
「仲間なの?」
羽音は、瑞稀の頬にそっと触れた。そのあまりにも冷たい手に、瑞稀は目を見開いている。
「ふーん。まぁいいや。君はあのシスターみたいに、僕の邪魔はしないでね?」
今にも消え入りそうな声で羽音が囁く。
そのまま、瑞稀を睨み付けた。その視線は氷のように冷たくて、瑞稀は思わず身震いをする。
「許さない……僕は、君達人間を……許さない」
羽音が目を見開いた瞬間、ビリビリッとその場の空気が震えた。そんな羽音を瑞稀は呆然と見つめている。
もうそこに、来栖羽音はいなかった。
『きっと、長い間水晶玉に閉じ込めれてた『ハノン』は、怒り狂っているはず。その反動で封印が解けた瞬間、暴れ出すことでしょう。恐らく、ハノンに、来栖羽音は消されてしまう……』
ミセス・サラが亡くなる数日前に、羽音と瑞稀に話してくれた通り、『羽音』は『ハノン』に飲み込まれてしまった。
もう、あの可愛らしい羽音はいない。
瑞稀が今にも泣きそうな顔をしているのに、羽音は何も感じなかった。
温かくて、逞しい瑞稀の腕。でも、この腕とも、もうすぐ『さよなら』をしなければならないことを羽音は知っていた。
「瑞稀……」
瑞稀の形のいい唇を、そっと指先でなぞる。
まだ真夜中なのだろう。辺りは真っ暗で、物音一つ聞こえてこない。そんな暗闇の中、羽音は感じていた。
自分の中にいる、もう一人の『ハノン』の存在を。
余程、ミセス・サラに無理矢理封印されたことを怒っているのだろう。少し気を抜けば、今にも羽音の体を食い破って暴れ出しそうだ。
ハノンになってしまう前に、瑞稀の前から姿を消したい。そう思っても、もう羽音は歩く事すらままならなかった。
「クリスマスツリー……、なくなちゃった」
あんなに楽しみにしていたクリスマスも、結局はお祝いすることなどできなかった。
もう、この暗闇を照らしてくれるものは、何もない。
「ハク……僕は、貴方の気持ちがよくわかる」
愛する人の腕の中で、星屑になって行ったインキュバスのハク。
それでも羽音は思うのだ。ハクは、きっと幸せだったのだ、と……。だって、今の自分もこんなに幸せなのだから。
──もう、時間切れだ。
「嫌だ。僕はまだ瑞稀の傍にいたい」
──所詮、悪魔が幸せになれるはずなんかないだろう?
「うるさい。黙っててくれ」
──これでお終い。さようなら、羽音。
「グハッ‼」
突然激しく打ち出す拍動に、羽音は咄嗟に胸を鷲掴みにする。今にも皮膚を突き破って心臓が飛び出してきそうだ。
「はぁはぁはぁ……」
呼吸がどんどん浅くなり、体中が炎に包まれたかのように熱くなる。全身の血液が濁流のように流れ、真っ黒な片羽がザワザワッと逆立って行った。
「熱い……、体が熱い……」
喉がカラカラに乾き、苦しくて声すら出ない。羽音は強い強い恐怖に襲われた。
その時、羽音は思い出していた。
初めて瑞稀と会った日の事を。それから生まれて初めてキスをした日に、初めて抱かれる喜びを知ったあの夜。瑞稀が教えてくれた、ウェディングドレスがとても綺麗だった事。
たくさんの幸せを、瑞稀は羽音にくれた。
どんなに忘れたくないと願っても、その記憶は、手に掬った水のようにサラサラと零れ落ちて行ってしまう。それが、羽音は悲しかった。
「さよなら……なの?」
少しずつ意識が遠退き、まるで遠くから自分を見ているような感覚に襲われた。
「ハァハァハァハァ……‼」
体が燃える程熱く、口の端からは涎がだらしくなく溢れ出す。綺麗なピンク色の瞳は見開かれ、荒い呼吸を繰り返した。
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!!!!」
空気を切り裂くような断末魔に、瑞稀は目を覚ます。そして言葉を失った。
「何だよ、これ……」
「ハァハァハァ……」
「嘘だろ……羽音……」
羽音が、荒い呼吸を繰り返す度に、片方しかない背中の羽も大きく揺れた。
まるで廃人のような虚ろな瞳からは、生気を全く感じることはできない。蝋のように白い肌は全く血が通っていないのか、蒼白く、怖いくらいに透き通っていた。
ただ、淡く光るピンク色の瞳がとても綺麗で……。
今の羽音は、物語に出てくるようなインキュバスそのものだった。羽音は、少しずつ何かに意識を乗っ取られていくのを感じる。
「羽音……」
羽音は声のする方に視線を向けるが、それは、いつものような愛らしい笑顔を見せる羽音ではなかった。
その体の中は、まるで空っぽになってしまったかのようで……ただ、茫然と瑞稀を見つめている。
今の羽音には、目の前にいる人物が誰なのもわからなくなっていた。
「君は……君は誰?」
「え?」
「君は……誰なの?」
自分の事を不思議そうに見つめる瑞稀の顔を、そっと覗き込む。その顔に表情はなく、まるで能面のようだ。
「羽音は、俺の事がわからないの?」
「わからない……」
「……嘘だろ?」
瑞稀は言葉を失ってしまう。
「ハァハァハァ……ウッ……ハァハァ……」
羽音はあまりの息苦しさに胸を掻き毟る。体中が炎のように熱いのに、心がまるで凍り付いたように冷たい。心と体が、バラバラになってしまいそうだった。
「僕は……僕は、インキュバスのハノン。君は?」
「インキュバス?」
「そう。インキュバス」
瑞稀は言葉を失ってしまう。
淡くピンク色に光る瞳に見つめられれば、思わず吸い込まれそうになった。その妖艶で、男を惑わす雰囲気はインキュバスそのものだ。
「ウッ、ハァハァハァ……」
羽音は苦しそうに荒い呼吸を繰り返し、無意識にシーツを握り締めた。
「君は、僕を封印したあのシスターの仲間なの?」
「……………」
「仲間なの?」
羽音は、瑞稀の頬にそっと触れた。そのあまりにも冷たい手に、瑞稀は目を見開いている。
「ふーん。まぁいいや。君はあのシスターみたいに、僕の邪魔はしないでね?」
今にも消え入りそうな声で羽音が囁く。
そのまま、瑞稀を睨み付けた。その視線は氷のように冷たくて、瑞稀は思わず身震いをする。
「許さない……僕は、君達人間を……許さない」
羽音が目を見開いた瞬間、ビリビリッとその場の空気が震えた。そんな羽音を瑞稀は呆然と見つめている。
もうそこに、来栖羽音はいなかった。
『きっと、長い間水晶玉に閉じ込めれてた『ハノン』は、怒り狂っているはず。その反動で封印が解けた瞬間、暴れ出すことでしょう。恐らく、ハノンに、来栖羽音は消されてしまう……』
ミセス・サラが亡くなる数日前に、羽音と瑞稀に話してくれた通り、『羽音』は『ハノン』に飲み込まれてしまった。
もう、あの可愛らしい羽音はいない。
瑞稀が今にも泣きそうな顔をしているのに、羽音は何も感じなかった。
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