天使と悪魔が恋に堕ちて

舞々

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第十二章 羽音とハノン

羽音とハノン④

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 羽音の真ん丸な瞳がスッと見開かれ、窓の外に視線を移す。ベッドから立ち上がり、歩き出そうとした羽音の腕を瑞稀がギュッと掴んだ。


「行かせねぇよ」
「なに?」
「だから、行かせねぇって」
「なんでだよ? どこに行こうが僕の勝手だろう?」
 あまりにも感情のない声色で羽音は瑞稀に言い放つ。しかし、何か覚悟を決めたであろう瑞稀は、もう怯む様子もなかった。


「ここから出て行って、腹いせに人間を殺すつもりなのか? それとも、手あたり次第に男でも犯すの……か?」
「そんなの、お前には関係ないだろう?」
「そうはさせるかよ……」


 瑞稀は力任せに羽音をベッドに押し倒す。
 ベッドに押し付けられた反動で、背中の羽がグシャッと折れる音がして、羽音が顔を顰めた。しかし、瑞稀はその力を緩めることなどない。


「愛しい俺のインキュバスよ。今回はもう手加減もしねぇし、情けもかけねぇ」
「…………」
「大人しく体を開いてくれ。俺は、お前を力づくでも抱いてやる」
「いい加減にしろよ?」
「心を込めて抱いてやるから……だから、元の羽音に戻ってくれ……」


 羽音の頬に瑞稀の涙が垂れて、音もなく消えていく。


「頼む……間に合ってくれ……羽音……戻ってきて、頼むから……」
「あ゛あ゛……ッ! ヤダ、やめろ‼」
「暴れんなよ……」 
 強引に洋服を脱がされそうになった羽音は、瑞稀から逃れようと激しく抵抗をする。
「離せ‼ 離せよ‼」
「何で暴れんだ⁉」
「わからない! わからないけど、お前にだけは絶対に抱かれたくない!」
「なんでだよ⁉」
「だから、わからない‼」


 羽音が腕を突っぱねて瑞稀から体を離そうとすれば、瑞稀が力任せに羽音を抱き締め返す。
 普通なら、悪魔の力に人間が適うはずなどないのだが、衰弱しきっている今の羽音には、瑞稀を振り払う力は残されていなかった。


「ハァハァ……羽音、暴れんな。俺を……受け入れてくれ!」
「ヤダ……ヤダ‼ お前だけは嫌だ‼」
「なんで? お前はインキュバスなんだろ? 誰でもいいんじゃないのか?」
 瑞稀の目には、再びたくさんの涙が溜まっている。必死に噛み締めている唇が小さな音をたてて震えていた。


「今、羽音に俺の精液を渡さなければ、羽音が本当に死んでしまう……」
 瑞稀の瞳から、再び大粒の涙が溢れ出す。


「まだ……まだ間に合うかもしれねぇ‼ 俺の精液ならいくらでもやるから、頼む!!羽音を返してくれ‼」
「離せ‼ お前だけは絶対に嫌だ‼」
「暴れんな‼ 俺が来栖羽音を再び目覚めさせる‼」
「嫌だ‼ 嫌だ‼」
「うるせぇよ、黙れ‼」
 羽音は唇を強引に奪われ、乱暴に吸われる。そのまま無理矢理口を開かされ、舌を捩じ込まれた。
「ん、んん……ハァ……あ、あッ……」
 舌を絡め取られ、好き勝手に口内を荒らされていく。


「お前、俺に抱かれんのが嫌なんだろ? ってことは、少なからず羽音の意識が残されてるはずだ。だから、俺の精液で、羽音を復活させてやる」
「やめ…ッ‼ 離せ‼」
「やめるもんか……」
「やめろぉぉぉ‼」


 羽音は真ん丸な目を見開き、瑞稀の顔に爪を立てる。爪が皮膚に食い込む感覚と、温かい血液が流れ出す光景に、羽音は強い戸惑いを感じて思わず手を引っ込めた。見る見るうちに、瑞稀の綺麗な顔から血が滴る。


「そんなんで引き下がるかよ。俺は貴方を抱くんだ」
「…………」
 瑞稀の苦しそうな呻き声が耳元で聞こえてくる。
 羽音自身にも、なぜこんなにも瑞稀のことを拒絶するかなんてわからなかった。でも、目の前の男にだけは抱かれたくない……その思いが、羽音を突き動かす。


「お前にだけは……絶対に抱かれたくなんかない……」
 荒い呼吸を整え、そっと口を開く。そのまま尖った歯を立てて、瑞稀の首筋に噛み付いた。
「グッ……あッ!」
 羽音の口の中に、温かい血液がジワジワと広がっていく。皮膚を切り裂く生々しい感覚に、思わず眉を潜めた。
「クッ……痛ぇ……」
 思わず体を丸め蹲る瑞稀の体を押し退けて、羽音はフラフラと歩き出す。衰弱しきった体は、歩くことさえままならない。目の前がボンヤリ霞んだ。


「待って‼ 羽音‼」


 背後から、瑞稀の悲痛な叫び声が聞こえてくる。
 羽音はそれを無視して、窓を開けた。その瞬間、冷たい夜風が室内に吹き込んで目を細める。炎のように熱かった体が、冷やされて行った。


「行かないで、羽音‼ 羽音‼」
 ボロボロと涙を流す瑞稀を見れば、羽音の胸が意味もわからず痛む。


 ──なんだろう、この感じ……。でも、この人とは一緒にいられない……。


 羽音は真っ黒な片羽を広げ、夜空へと飛び立つ。
 それはまるで、黒い蝶々のようにも、コウモリのようにも見えたことだろう。


「羽音‼ 羽音‼」
 悲痛な叫び声が遠く聞こえなくなるまで、羽音は振り返ることはせず、片羽を羽ばたかせ夢中で飛び続けた。
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