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第1章 公爵令嬢、職探しをします
4. 料理人になりました
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王宮に着くと、マリエットは応接室に通された。
何度も王宮を訪れているため目新しさは無いものの、今までのような歓待は無い。
(分かっていたことだけど、不安になるわ……)
まるで身分を失ったかのような感覚に戸惑いながらも、ソファへと促される。
そうして腰を下ろすと、テーブルの上に二つの書類を差し出された。
「同じ内容ですので、両方にサインをお願いします」
「分かりました」
ここにサインをすると、晴れて王宮の料理人になれる。
ただの紙切れだが、使用人として命に代えてでも王族を守る責務が発生するため、 中身はとても重々しい。
もし王宮仕えをやめるときは、二枚同時にバツ印を付けてから燃やすのだ。
この流れは大事な決まり事をするときに必ずすることで、婚約の時も似たような書類にサインをしていた。
もっとも、婚姻は家同士の決め事のため、サインをしたのはマリエットではなく父だったが、もうバツ印が付けられていてもおかしくない。
「――これで大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません。こちらはマリエット様がお持ちください」
「分かりましたわ」
既に国王のサインが入っているため、マリエットは晴れて王宮の料理人見習いになった。
「これからマリエット様に暮らしていただくお部屋をご案内しますが、その前に一つだけご相談したいことがあります」
「何か問題がありましたか?」
「大変心苦しいのですが、王宮仕えの者は平民と同じ地位として扱うことになっています。ですので、敬語を使わないことをお許し頂きたいです」
「分かりました。受け入れますわ」
「ありがとうございます。これからマリエットさんの私室を案内しますが、男性は立ち入れないので、侍女のカミラにお願いしています」
フルート侯爵の言葉に続けて扉が開けられると、見覚えのある人物――カミラ・ヘーネス伯爵令嬢が姿を見せる。
普段とは違い平民と同じ装いをしているせいか、カミラはマリエットの正体に気付いていない。
マリエットはそのことに安堵し、書類を大切に抱えて立ち上がる。
その時だった。彼女は険しい表情のカミラに睨みつけられた。
「あなた、浮かれているみたいだけど、あまり王宮を舐めない方がいいわ」
「肝に銘じます」
短いやり取りの後、カミラの後を追うようにして廊下に出る。
カミラは思い通りにいかず不満そうにしているが、マリエットは平然としている。些細な揉め事は社交界で嫌というほど経験しているため、これくらいのことでは揺れ動かないのだ。
(これが噂に聞く新人イビリね……)
そんなことを思いながら足を進めると、マリエットが一度も立ち入ったことの無い場所に入る。
公爵令嬢という立場のために王宮を訪れる機会はあったものの、使用人が生活する場所は客人に見せられないということで、ずっと気になっていたのだ。
廊下は他の場所と同じ意匠の装飾があしらわれており、言われなければ使用人専用の場所だとは気付けない。
整然と並ぶ扉の間隔が他の廊下よりは短いことから、各部屋も相応の大きさだということは想像できるものの、それ以外のことはマリエットが注意深く見ていても気付けなかった。
「――ここよ。あなたなんかには勿体ないくらい広いけれど、偉くなったとは思わないことね」
「分かりました」
カミラの手で扉が開けられると、マリエットが想像していたものよりも広い部屋が現れる。
グルース公爵邸で使用人が暮らす部屋と同じくらいの大きさだが、令嬢らしく着飾らなくても良い今なら十分すぎるくらいだ。
「制服は後で持ってくるから、あとは自由に過ごして良いわ」
部屋を見回していると、カミラはそう告げてこの場を後にする。
その時、マリエットはあることに気付いた。
(このにおい……エルマーの香水かしら?)
料理スキルで嗅ぎ分ける力を持っていなければ気付けないほど薄いものの、間違っているとは思えない。
この香水はマリエットが遠い地から取り寄せたものなのだ。
(今は考えない方が良いわ。明日からの仕事に集中しましょう)
軽く伸びをしてから、持ってきた荷物を解いていく。
不安はあるけれど、料理人として働く時が楽しみで仕方がなかった。
何度も王宮を訪れているため目新しさは無いものの、今までのような歓待は無い。
(分かっていたことだけど、不安になるわ……)
まるで身分を失ったかのような感覚に戸惑いながらも、ソファへと促される。
そうして腰を下ろすと、テーブルの上に二つの書類を差し出された。
「同じ内容ですので、両方にサインをお願いします」
「分かりました」
ここにサインをすると、晴れて王宮の料理人になれる。
ただの紙切れだが、使用人として命に代えてでも王族を守る責務が発生するため、 中身はとても重々しい。
もし王宮仕えをやめるときは、二枚同時にバツ印を付けてから燃やすのだ。
この流れは大事な決まり事をするときに必ずすることで、婚約の時も似たような書類にサインをしていた。
もっとも、婚姻は家同士の決め事のため、サインをしたのはマリエットではなく父だったが、もうバツ印が付けられていてもおかしくない。
「――これで大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません。こちらはマリエット様がお持ちください」
「分かりましたわ」
既に国王のサインが入っているため、マリエットは晴れて王宮の料理人見習いになった。
「これからマリエット様に暮らしていただくお部屋をご案内しますが、その前に一つだけご相談したいことがあります」
「何か問題がありましたか?」
「大変心苦しいのですが、王宮仕えの者は平民と同じ地位として扱うことになっています。ですので、敬語を使わないことをお許し頂きたいです」
「分かりました。受け入れますわ」
「ありがとうございます。これからマリエットさんの私室を案内しますが、男性は立ち入れないので、侍女のカミラにお願いしています」
フルート侯爵の言葉に続けて扉が開けられると、見覚えのある人物――カミラ・ヘーネス伯爵令嬢が姿を見せる。
普段とは違い平民と同じ装いをしているせいか、カミラはマリエットの正体に気付いていない。
マリエットはそのことに安堵し、書類を大切に抱えて立ち上がる。
その時だった。彼女は険しい表情のカミラに睨みつけられた。
「あなた、浮かれているみたいだけど、あまり王宮を舐めない方がいいわ」
「肝に銘じます」
短いやり取りの後、カミラの後を追うようにして廊下に出る。
カミラは思い通りにいかず不満そうにしているが、マリエットは平然としている。些細な揉め事は社交界で嫌というほど経験しているため、これくらいのことでは揺れ動かないのだ。
(これが噂に聞く新人イビリね……)
そんなことを思いながら足を進めると、マリエットが一度も立ち入ったことの無い場所に入る。
公爵令嬢という立場のために王宮を訪れる機会はあったものの、使用人が生活する場所は客人に見せられないということで、ずっと気になっていたのだ。
廊下は他の場所と同じ意匠の装飾があしらわれており、言われなければ使用人専用の場所だとは気付けない。
整然と並ぶ扉の間隔が他の廊下よりは短いことから、各部屋も相応の大きさだということは想像できるものの、それ以外のことはマリエットが注意深く見ていても気付けなかった。
「――ここよ。あなたなんかには勿体ないくらい広いけれど、偉くなったとは思わないことね」
「分かりました」
カミラの手で扉が開けられると、マリエットが想像していたものよりも広い部屋が現れる。
グルース公爵邸で使用人が暮らす部屋と同じくらいの大きさだが、令嬢らしく着飾らなくても良い今なら十分すぎるくらいだ。
「制服は後で持ってくるから、あとは自由に過ごして良いわ」
部屋を見回していると、カミラはそう告げてこの場を後にする。
その時、マリエットはあることに気付いた。
(このにおい……エルマーの香水かしら?)
料理スキルで嗅ぎ分ける力を持っていなければ気付けないほど薄いものの、間違っているとは思えない。
この香水はマリエットが遠い地から取り寄せたものなのだ。
(今は考えない方が良いわ。明日からの仕事に集中しましょう)
軽く伸びをしてから、持ってきた荷物を解いていく。
不安はあるけれど、料理人として働く時が楽しみで仕方がなかった。
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