鴉の鈴遊び

Ruon

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再執筆版

1-prologue

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「はぁ~、あっつ……」

 着物なんて着ていられないほど、うだるような暑さ。
 カンカン照りの中で人捜しをするのはあまりにも過酷で、道中どこに休める場所はないかと辺りを何度も見渡す。
 すると遠くには山々が、近くを見ると両脇には田園があり、その中心には一本のあぜ道が続く中でその先に『涼風』と掲げた茶屋がある事に気付く。
 ああ、ようやく休める。そう思って駆け足で青々とした田園を脇目に駆けていくと茶屋の前に立ち、深呼吸をしてから声を掛ける。

「お~い、誰かいるか~?」

 そう声を掛ければ奥からこれまたこの初夏には目に優しい涼やかな水色の着物を纏った少女が現れ、頭を下げた。

「いらっしゃいませ、涼風へようこそ! 何かご注文でしょうか?」
「あっついから冷やし一つ、頼む」
「冷やし一つですね、かしこまりました! では、そちらの椅子へお掛けになってお待ち下さいね!」

 そう言って彼女は店の中へと入っていった。それを見届けてから店先に置かれた長椅子へと腰を下ろせばぼんやりと空を見上げる。
 今回、この自然豊かな田舎にやってきたのはこの北方に位置する北条家の名軍師『鈴佐遠流』という男を捜してだ。
 彼は北条家にとって重臣でありながら他の者と違って城下町よりも高台にある城にずっと引き籠っているわけではなく、度々城から出てきては城下町、はたまたこんな国境付近にも現れるそうだ。
 さて、どんな男なんだろうか。ヒョロヒョロッとしたもやしのような男か? あるいは屈強な男なんだろうか。いずれにせよ、年老いた歴戦の猛者でありそうな予感である。

 そうこう考えていると視界の端から何やら人が此方に向かって歩いてきているのが分かり、顔を上げるとこんなにも暑苦しい日だというのに二重にも着物を着込んだ男性が涼やかな笑みを携えてこの茶屋を訪ねてきた。

「ごめんください、いつものやつを」
「はーい、用意しまーす!」

 暖簾を軽く持ち上げ、これまた涼し気で爽やかな声色で注文すれば「お隣、いいですか?」と聞きながら返事も聞かずに堂々と隣に腰をかけてきた。
 口元を覆面で覆ったこの国に似つかわしくない浅黒い肌の男を見ても臆する事なく座るその度胸、只人ではない事は分かる。
 特に会話するわけでもなく、ニコニコと微笑む彼を横目に見ていれば切り盛りしている少女が二つの盆を持って戻ってきた。

「お待ちどうさまー!」

 快活な声と共に冷えたお茶とよく冷やされたみたらし団子が二本、皿に乗って出てきた。

「お~、美味しそうだな……ああ、お嬢さん。よければお伺いしたいんだがこの国の軍師サマってどうすりゃ会えるか知ってるか?」

 受け取りながら捜し人について訊ねると少女は「えっ」と驚いた顔を見せれば首を傾げてみせる。

「それは……遠流様ですか?」
「そうそう、鈴佐遠流って男だ」
「それでしたら……お隣にいますよ」

 ちょうど真横でひんやりと冷たいお茶を啜りながらさも当たり前と言わんばかりに堂々とした顔つきで此方の皿から団子を一本、盗んでいく男。
 彼の顔を見るなり、私がそうですよと言わんばかりに自信に満ちあふれた笑顔を見せられては「はぁ?」と間の抜けた声が零れ落ちた。

「この男が……鈴佐遠流だって…?」
「ええ、そうですよ。ねっ、遠流様?」
「ハハッ、そうだよ」

 この大変失礼極まりないというのに満面の笑みでピースするこの男が、かの魑魅魍魎の大軍を前に怯む事なく、奇策によって一網打尽にしたというあの名高い軍師なのかと疑った。
 抜けるような白い肌、この混沌とした世を反映したように黒く淀んだ瞳。かなり若く見え、恐らく二十代前半と見受けられる。
 名軍師と聞けば白髪に顎髭を蓄えた初老、厳格で合理性を好むイメージを誰もが思い浮かぶだろう。
しかし、随分とイメージからかけ離れているこの細身で優男とでも呼ぶべきこの男が鈴佐遠流なのか? 
思わず疑惑の眼差しを向けてしまっては横の男も微笑みながら「ハハハッ」と軽やかに笑った。

「変かい?」
「変って言うか……」

 変も何も、意外という言葉に尽きる。この鈴佐遠流という男に関する情報は殆ど国外に漏れ出ていない。聞いているのは頭が切れる男、そして何らかの病気を患って病弱な事だ。
 その情報から勝手にもっと年老いた、いかにもな軍師をイメージしていたが───。

「老人だのもやしだの色々な憶測が飛んでいるけど僕は正真正銘、北条家の軍師さ。それで、君はどこの人なんだい?」

 一介の忍者、この北方の国の東側にある国の忍者、或いは憎き親の仇を討つ為に来た刺客。
 一括りにこの男の命を狙っている忍者だという事だけだが、薄気味悪い笑みを覆面の下に浮かべて

「……揚篠鴉っていうさすらいの忍者だ」

 と答えれば遠流は少しだけ驚いた顔を見せればへらり、と先程と同じ砕けた笑顔を見せた。

「そうか、忍者さんか。熱烈に僕の事を追いかけてくるなんて、ファンだったりして?」
「はぁ?」

 その笑みと共におどけた様子で聞き慣れない単語を交えてそう言われると呆気に取られるがすぐに「冗談だよ」と笑ってみせられる。
 そのお軽いノリについていけなくなりそうになるが二本目の団子に手を伸ばそうとするのを「おいっ」と阻止する。
だが、阻止したところで彼はスッと真顔である事を言った。

「いくら話しているからっていつでも手をつけれるはずなのに一向に飲まないお茶、口にしない団子。もしかして……その覆面の下の口は大きく裂けてたりするのかな……?」
「ッ?!」

 思わず、息を飲む。
 この鈴佐遠流という男は───視えているのか?
 「ハハッ」とまた笑ってみせるがその目だけは先程のように笑っていない。まるで全てを見透かすような眼差しに冷や汗が流れるのを感じた。
 だが、それ以上言うわけでもなく「そろそろお暇させてもらおうかな」と言って飲み干した湯呑みを少女に渡せば席を立つ。

「……それじゃあ、また会おう。忍者さん」

 そう言って立ち去っていくのを呆然と見つめていたが少女が店内に戻ったのを確認してから残った一串を覆面を下ろして頬張るも一気に冷えたお茶を飲み干し、覆面を付け直しては「ごちそうさん!」と清算してから急ぎ足で追い掛けた。


 このどこまでも続く緑豊かな土地は開けていて、そう簡単に見失うはずがなかった。
 あぜ道を歩くかの男を見つければ懐に忍ばせて置いた短刀を手に取ると飛びかかった。
 ダンッ!と地面に叩きつけ、その髪を引きずって正面を向かせると彼は鼻を打ったようで少しばかり赤らんでいた。

「……ここで命、取るのかい?」

 細く白い首には短刀を、覆い被さって逃げられないようにしているのに彼は怯む事も叫ぶ事もなく、全てを諦めたように受け入れていた。

「……数年間、お前の首だけを取る事を考えてた……お前の親父がした罪、償ってもらうぞ」
「……」

 おおよそ十数年前、この北条家が有する北方の地に大きな屋敷があった。
 松永という名を持つ男は北条家に代々仕える武家の生まれであり、鴉の両親を含む数多くの勇士が仕えていた。
 しかし、十数年前に屋敷が業火に呑まれる事態に陥り、多くの人が死に、生き延びた者は松永の策によって人ならざる鬼となってしまった。
 あの業火から生き延びた鴉も同じだった。口は大きく避け、四肢は腐敗したように黒ずんでいる。
 何よりも血を見るとざわざわと疼き出して収まらなくなる。現に遠流の鼻から垂れ落ちる鮮血を見て思考がまとまらなくなる。

「……ぐ……ッ」

 当主だった松永の実子である此奴を殺せば己の変化に耐えきれずに苦しんで心中した両親を弔う事も、今もなお苦しんでいる仲間に報いる事も出来る。
 それを考えると脳味噌の奥が熱を帯びて、呼吸が浅くなっていくのを感じると短刀を押し当てる手に込められた力がが少しずつ強くなる。
 押し当てた短刀は刃が薄い皮膚に触れ、微かに裂いて血が滲み出ていた。
 だがそれを苦しげに目を細めるやけでもなく、何を見つめているのかさえ分からない黒い瞳が青空を見上げた────かと思えば此方を見つめてきた。

「……同類の血を見て、ざわついた?」

 その言葉を聞いてハッとした。
 あの業火以来、鬼になりかけた不完全な鴉は人の血を見ると心がざわつくようになった。
 それは鬼が人間の生き血を啜って生きる怪物だからだろうと長年推測されてきた。
 しかし、この遠流の事を鴉は人間だと思っていたが────果たしてそうなのだろうか?
 疑念を一度でも抱けば手が緩んでしまう。その隙を見て逃げるわけでもなく、遠流はぼんやりと鴉を見上げていれば不意にプッと吹き出してみせた。

「 ……何がおかしい?」

 眉根を顰めて訊ねるも鈴佐遠流はどこか面白そうに口元を綻ばせていた。
 彼の首に当てたままの短刀の柄を握る手に力が入るとようやく彼は愉快そうに、軽やかな声で答えた。

「いや、何もおかしくないよ。ただ……かつての友人が僕の命を狙うなんてね」
「は……?」

 友人? この両親の仇が?
 理解できずに固まっていると彼は微笑みながらこう答えた。

「……もう忘れてしまったかな、鈴之助の事を」
「ッ!?」

 ────思い出した。
 あの業火に呑まれた屋敷に住んでいた一人の寡黙な少年。
 自分の方が五つも年上で兄のように慕われるのが嬉しくてよく面倒を見ていた。
 松永家と我が家は家族ぐるみの付き合いで、その中でも母親を早くに亡くした鈴之助という少年はよく懐いてくれた。
 だが、あの業火に呑まれた日。鴉は鈴之助を探し出し、助けようとしたが「これは全て父上が仕向けた事。恨むならどうか僕を恨んでほしい」と言って業火の海に呑まれたのだ。

 死んでいると思っていたがどうして生きているのか。理解できずにすると遠流はもう一度、青空を見上げては笑った。

「ハハッ……恨むならどうか私を恨んでくれ。それで……少しは気が晴れるというのなら」

 晴れるわけがない。
 残った肉親や仲間は口々に「松永が行方知れずとなった今、その跡取りに罪を償わせるべきだ」と言っていた。
 それは鴉も同様だったがかつて兄のように慕ってくれた子を、最も親しき友人を殺すなんて出来なかった。
 知らなければどれほど楽だっただろうか。知ればその首を狙うなんて出来ないのに────。


「遠流様ーッ! 遠流様、どこへーッ!」

 遠くから聞こえてくる野太い声。誰かが捜しに来たのだと分かれば短刀を懐に戻して起き上がった。
 ああ、名残惜しい。何が名残惜しいのかさえ分からないが歯がゆく思えば下を見下ろす。
 すると鼻から血を薄らと垂らした遠流は微笑んでいた。

「……もういいのかい?」

 何も解決していないがとにかく離れなくてはいけない。そう思うが衝動に耐えきれずに鼻先に顔を近付け、覆面を外して裂けた口から蛇のように長い舌を差し出すとベロッと鼻かは垂れる血を舐める。
 ああ、予想通りの鬼の味だ。だが、それに混じって人間の味もする。
 純血ではないが美味いと感じればその着込んだ着物の首元を緩めさせ、白い素肌を露わにすれば首筋に鼻先を押し当て、微かな汗臭さと人の顔を堪能すれば尖った歯を押し当て、ぷちっと破れた皮膚から溢れ出す血を啜り始める。

「う、ぅ……」

 その痛みに耐えようとする苦悶に満ちた声を耳にすれば耳がゾワゾワしてくる。まるで耳から脳、背筋を通って腰に向かって走り抜ける得体の知れない感覚。
 舌に残るこの味わいもたまらないものだ。脳の髄まで沸騰するような感覚を一度でも覚えてしまうと何度でも味わいたくなる。

「ん、ぢゅ……」
「ぁ、あ…っ!」

 欲望のままに血を啜り、飲んでいくと途中で白い顔がより青白くなっている事に気付けば長い舌でその傷を癒すように舐めればようやく顔を離した。

「はー……はー……っ」

 遠流はぐったりとして、肩で息をしているのを見ながら咥内に残る血の味を堪能する。
 これほど心が沸き立ち、舞い踊ったのは久しぶりだ。
 もっと啜りたいが死なれては困る──そう思った時から鴉の復讐という目的が終わりを迎え、新たな執着という名の関係性が芽生え始めた
 しかし、すぐに我に返れば覆面を目元まで上げ、苦しそうに息をしている遠流を見下ろせば立ち去るべく、踵を返す。
 その際、一度だけ振り返ると呼吸を整え、なんとか起き上がれるほどになっていた遠流と目が合った。
 その時の彼の顔は濡れた唇がとても妖艶で情欲を掻き立てるものがあった。この男は誘っているのだろうか、そんな気にさせてくるが遠くから聞こえてくる足音にこのままではバレてしまうと思えば飛び立とうとする。
 すると遠流は「ちょっと」と静かに、息を吐いた。

「……近々、また会えると信じているよ」

 そう言われてはその声に背中を押されるまま、鴉は飛び立った。
 木々の合間を縫って遠くへ、遠くへと駆け抜けていく。木々の合間から吹き抜ける風の音、そこから流れ込んでくる人々の声を聴きながら鴉は木漏れ日の下、ようやく一休みする。


「遠流様、どうしたんですか! 汚れてしまわれて……」
「ああ、転んだだけだよ、問題ない」
「し、しかし……」
「大丈夫、何ともないから。さて、帰ったら東の国に使者でも送る準備をしようかなぁ~」

 遠流の涼やかな声で聞こえる。まるで何事もなかったように話しながらも東の国、即ち鴉のいる国へ使者を送る事を口にしているのを聞けば少しだけホッと安心感を覚えた。

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