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運命がたり
3ー②
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ひと月という長い蜜月が明け、宗次郎は突然長い夢から覚めたように我に返った。布団の上で宗次郎の腕の中で眠っていたのが二葉ではなく綾子だということが胸を抉った。嫌だったというわけではなく、綾子だということに嫌悪感もなく心が満たされ、愛しさが溢れてくることにショックを受けたのだ。宗次郎が愛しているのは幼馴染であり恋人であった二葉のはずなのに、なによりも大切なはずの人が綾子に入れ替わっていて、自分のことが信じられなかった。
宗次郎は二葉に申し訳なさすぎて顔を合わせることができなかった。父親の話では、宗次郎が綾子とああいうことになって五日後には父親は羽鳥家を訪れたという。大金であり用意するのに時間がかかってしまったのだ。一度は断ってしまったがお金を持ってきたと伝えたが、羽鳥 五郎は受け取らず、もうすでに話はついているのだと言った。二葉は宗次郎が綾子と番になった翌日には債権者である許嫁の元へと自ら嫁いでいったらしい。
二葉はこうなることをはじめからぜんぶ分かっていた。鷹取の家に桜小路家から宗次郎に綾子を嫁がせたいという打診があったことも、二葉がお金の為に身を売るように嫁がされることを伝えたらどうなるのかも。ただ、ぜんぶがどうにもならないとしても最初に愛する宗次郎に抱いてもらえたなら、自分は大丈夫だと二葉は思ったのだ。宗次郎をよく知る二葉にとって、抱いてくれるかどうかは賭けだったのだが、二葉は見事に賭けに負けてしまった、ということだ。まさか綾子が宗次郎の『運命』だなんて誰が予想できるだろうか。そうじゃなければ宗次郎はダメだったと泣きながらでももう一度二葉の元へきてくれたはずだったのだ。そうして一度だけ、そのはずだったのだ。
宗次郎が二葉の元を去って一日が過ぎ、二日が過ぎて、宗次郎が綾子と番い蜜月に入ったことを耳にした。二葉は覚悟を決め、すぐに許嫁となった男の元へと向かった。初めて会った男は二葉のひと回りほど年上の優しそうな、笑うと目尻に皺が寄るところが宗次郎に似ている気がした。二葉は目の前の男のことを愛せるかは分からないが、それだけでやっていけると思った。
その日のうちに二葉も宗次郎とは別の相手と番になった──。
こうしてふたりは『運命』によってただの一度も情を交わすことなく別れ、別の相手と生涯を共にすることになった。
『二葉の番がとてもいい人だと風の噂で聞いた。二葉を大切にしてくれたことはよかった。本当によかった。
『運命』である綾子のことは愛しているが、それが『運命』であるからなのか綾子だからなのか今も分からない。どうか、私の子どもたちは『運命』に影響されることなく本当に愛する人と結ばれて欲しい──』と日記は結ばれていた。
どこからこの純粋な想いが歪んでしまったのだろうか。ただ愛する人と結ばれてほしいと願っていたはずが、いつのまにか鷹取と羽鳥が結ばれることが重要になって、誰かが犠牲になることも厭わず『運命』すらも敵視していた。
様子のおかしい晶馬を気遣い、傍にやってきた八生に読み終えたばかりの日記帳を渡し、読むように促した。
あのとき八生の望み通り玲斗を解放してよかったと思った。それと同時にもしも『運命』と出会ったあのとき、『保険』である燐がいなければ自分も同じことになっていたかもしれない、と考えてふと気づくことがあった。もしかしたら自分が悪者になっても『運命』に惑わされず愛する人と一緒になれるようにしていた──? 八生も同じタイミングで晶馬を見たことから、同じ答えへと辿り着いたのだろう。
そのとき日記帳から小さな紙がヒラリと落ちた。白紙の部分に挟められていたのだろう。手に取ってみると、微笑むひとりの青年の肖像画がだった。肖像画といっても本格的なものではなく、鉛筆で素人が描いたものだと思われた。
それを見た八生が小さく息を飲み、呟くように言った。
「ひいおじい様……」
それを聞いて晶馬はなるほど、と思った。八生にどことなくだが似ている。晶馬は曽祖父に絵を描く趣味があったとは聞いたこともないし、描かれている青年に心当たりがなかったのだ。もしかして誰かが曽祖父を描いたものかとも思ったが、どう見ても曽祖父本人には見えなかった。八生の曽祖父とすれば納得だ。
八生が言うように、確かにここに描かれている青年は八生の曽祖父である羽鳥 二葉であった。しかしこれは本人を目の前にして描いたものではなかった。この絵のように愛しい人を想い微笑む姿はかつてはいつも宗次郎の傍にあったものだ。それを宗次郎は失った後、記憶から消えてしまわないように描き残したのだ。どれほど二葉のことを想い続けていたのか。だからといって綾子のことを愛していなかったわけではなかった。自分の中に『ふた心』あるのがどうしても許せなかったのだ。それこそが晶馬が疑問に思っていた答えであり、宗次郎が二葉といつまでも幼馴染以上にならなかった理由だった。
宗次郎が二葉と再会したのはお互いの子どもがもうすぐ二次性が発現するだろうころで、お互いの子どもを番わせたいとしながらもふたりは久しぶりに会うただの幼馴染という態度だった。それは二葉の番が亡くなり、綾子が亡くなってからも変わらなかった。自分たちはあくまで幼馴染であり、子どもが番うことを願い、ダメでも諦めず対象を孫、ひ孫とスライドさせていった。
羽鳥 五郎が事業に失敗しなければ、多額の借金をしなければ、宗次郎の見合い相手が『運命』でなければ結果は違っていたのかもしれないが、ぜんぶが終わったことで、もしもなんてものは存在しない。それがふたりの運命だった。だからたくさんの後悔と懺悔と、未だなくならない恋慕の情を胸に秘めながらも今更幼馴染以上になろうとはしなかったのだ。そうして宗次郎は二葉への想いを守ったのだ。
宗次郎は二葉に申し訳なさすぎて顔を合わせることができなかった。父親の話では、宗次郎が綾子とああいうことになって五日後には父親は羽鳥家を訪れたという。大金であり用意するのに時間がかかってしまったのだ。一度は断ってしまったがお金を持ってきたと伝えたが、羽鳥 五郎は受け取らず、もうすでに話はついているのだと言った。二葉は宗次郎が綾子と番になった翌日には債権者である許嫁の元へと自ら嫁いでいったらしい。
二葉はこうなることをはじめからぜんぶ分かっていた。鷹取の家に桜小路家から宗次郎に綾子を嫁がせたいという打診があったことも、二葉がお金の為に身を売るように嫁がされることを伝えたらどうなるのかも。ただ、ぜんぶがどうにもならないとしても最初に愛する宗次郎に抱いてもらえたなら、自分は大丈夫だと二葉は思ったのだ。宗次郎をよく知る二葉にとって、抱いてくれるかどうかは賭けだったのだが、二葉は見事に賭けに負けてしまった、ということだ。まさか綾子が宗次郎の『運命』だなんて誰が予想できるだろうか。そうじゃなければ宗次郎はダメだったと泣きながらでももう一度二葉の元へきてくれたはずだったのだ。そうして一度だけ、そのはずだったのだ。
宗次郎が二葉の元を去って一日が過ぎ、二日が過ぎて、宗次郎が綾子と番い蜜月に入ったことを耳にした。二葉は覚悟を決め、すぐに許嫁となった男の元へと向かった。初めて会った男は二葉のひと回りほど年上の優しそうな、笑うと目尻に皺が寄るところが宗次郎に似ている気がした。二葉は目の前の男のことを愛せるかは分からないが、それだけでやっていけると思った。
その日のうちに二葉も宗次郎とは別の相手と番になった──。
こうしてふたりは『運命』によってただの一度も情を交わすことなく別れ、別の相手と生涯を共にすることになった。
『二葉の番がとてもいい人だと風の噂で聞いた。二葉を大切にしてくれたことはよかった。本当によかった。
『運命』である綾子のことは愛しているが、それが『運命』であるからなのか綾子だからなのか今も分からない。どうか、私の子どもたちは『運命』に影響されることなく本当に愛する人と結ばれて欲しい──』と日記は結ばれていた。
どこからこの純粋な想いが歪んでしまったのだろうか。ただ愛する人と結ばれてほしいと願っていたはずが、いつのまにか鷹取と羽鳥が結ばれることが重要になって、誰かが犠牲になることも厭わず『運命』すらも敵視していた。
様子のおかしい晶馬を気遣い、傍にやってきた八生に読み終えたばかりの日記帳を渡し、読むように促した。
あのとき八生の望み通り玲斗を解放してよかったと思った。それと同時にもしも『運命』と出会ったあのとき、『保険』である燐がいなければ自分も同じことになっていたかもしれない、と考えてふと気づくことがあった。もしかしたら自分が悪者になっても『運命』に惑わされず愛する人と一緒になれるようにしていた──? 八生も同じタイミングで晶馬を見たことから、同じ答えへと辿り着いたのだろう。
そのとき日記帳から小さな紙がヒラリと落ちた。白紙の部分に挟められていたのだろう。手に取ってみると、微笑むひとりの青年の肖像画がだった。肖像画といっても本格的なものではなく、鉛筆で素人が描いたものだと思われた。
それを見た八生が小さく息を飲み、呟くように言った。
「ひいおじい様……」
それを聞いて晶馬はなるほど、と思った。八生にどことなくだが似ている。晶馬は曽祖父に絵を描く趣味があったとは聞いたこともないし、描かれている青年に心当たりがなかったのだ。もしかして誰かが曽祖父を描いたものかとも思ったが、どう見ても曽祖父本人には見えなかった。八生の曽祖父とすれば納得だ。
八生が言うように、確かにここに描かれている青年は八生の曽祖父である羽鳥 二葉であった。しかしこれは本人を目の前にして描いたものではなかった。この絵のように愛しい人を想い微笑む姿はかつてはいつも宗次郎の傍にあったものだ。それを宗次郎は失った後、記憶から消えてしまわないように描き残したのだ。どれほど二葉のことを想い続けていたのか。だからといって綾子のことを愛していなかったわけではなかった。自分の中に『ふた心』あるのがどうしても許せなかったのだ。それこそが晶馬が疑問に思っていた答えであり、宗次郎が二葉といつまでも幼馴染以上にならなかった理由だった。
宗次郎が二葉と再会したのはお互いの子どもがもうすぐ二次性が発現するだろうころで、お互いの子どもを番わせたいとしながらもふたりは久しぶりに会うただの幼馴染という態度だった。それは二葉の番が亡くなり、綾子が亡くなってからも変わらなかった。自分たちはあくまで幼馴染であり、子どもが番うことを願い、ダメでも諦めず対象を孫、ひ孫とスライドさせていった。
羽鳥 五郎が事業に失敗しなければ、多額の借金をしなければ、宗次郎の見合い相手が『運命』でなければ結果は違っていたのかもしれないが、ぜんぶが終わったことで、もしもなんてものは存在しない。それがふたりの運命だった。だからたくさんの後悔と懺悔と、未だなくならない恋慕の情を胸に秘めながらも今更幼馴染以上になろうとはしなかったのだ。そうして宗次郎は二葉への想いを守ったのだ。
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