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運命がたり
5 おしまいがたり ①
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宗次郎は目が覚めた、というより突然そこに在ったような感覚を覚えた。
「なんや、今回は遅刻もぶっちもせんときてくれたんやな」
すぐ傍から懐かしいあの愛しい人の声がした。今よりとても若々しく、まるであのころに戻ったようだと宗次郎は思った。そして声の主、二葉を見たことでそれは本当にあのころに戻ったのだと分かった。では自分も? とぺたぺたと顔を触り手を見てみるが、どう見てもそれは老人のもので、つい先ほどまでと変わらない自分の老いた身体だった。宗次郎はへたへたと力なくその場に座り込んでしまった。意味が分からず答えを求めて二葉の顔を仰ぎ見るが、二葉は意地悪そうに笑うだけだった。以前の二葉であれば絶対にしないことだったが、宗次郎にはそういう二葉も愛らしく、愛おしく思った。二葉でありさえすればなんでもいいらしい。
「ふふふ」
「──俺たち、死んだんだよな?」
「そうやな。元気なまんまぽっくりと逝ってもうたな。って、元気なまんまいうんはおかしいか? でもほんまのことやからなぁ他に言いようがないわ」
と、二葉はくすくすと笑った。それはあのころの、宗次郎が愛した二葉そのものでキュンとして、すぐに表情を曇らせた。
それを見た二葉は小さく息を吐いた。
「宗ちゃんは昔からちっとも変わらへんね。僕は意地悪にもなったし、変わってもうたよ」
「そんなこと──!」
宗次郎の言葉にあのときのようにゆるく首を振る二葉の姿に、宗次郎の胸が痛みを覚えた。
「でもな、僕は宗ちゃんへの想いを胸の奥にしまいこむことで守ったんや。番を愛して、生まれた子らも愛した。ほんまやで? そんときは宗ちゃんの居場所なんてどこにもなかったんや」
二葉の話を聞いて宗次郎は、二葉のことを薄情だとは思わなかった。大事だからこそその想いを歪めてしまわないように胸の奥にしまってくれたのだと分かるからだ。自分もそうだったから。だが宗次郎は二葉のように上手くはできまかった。なにもかもが中途半端で、二葉への想いも番であった綾子への想いもどちらともを大事にしようとして、どちらともに辛い想いをさせてしまった。宗次郎は終ぞ綾子へ「愛している」とは言わなかった。想いはあったのに言えなかったのだ。それが二葉を裏切ることだと思ったからだ。綾子が亡くなった後は綾子に申し訳なく、二葉とは幼馴染としての付き合いしかできなかった。そのことについて二葉と話をしたことはなく、二葉の胸の内を今初めて聞いたのだ。胸が熱くなり、宗次郎は大粒の涙を零した。いくつもいくつも。
子どもたちを番わせたいと言い出したのは宗次郎であり、二葉はそれに反対しなかっただけだった。二葉の本心は分からなかったが、宗次郎にはそれで充分だった。子どもたちに対する想いも確かに存在していたが、宗次郎は二葉と子どもたちを通して新しい関係を築きたかった。そうすれば誰も裏切ることはない、と信じて。
「なんや宗ちゃんは泣き虫やな。ほんまなにも変わっとらんのやね。男らしくて負けず嫌いで、人前で滅多に泣くことなんてあらせんのに僕の前だけは泣いてくれた──僕の愛しい人」
「ふた……ば」
「もう好きだとも愛してるとも言うてくれんのやね」
「──ちがっ……!」
違うと叫ぼうとして、その言葉を飲み込んだ。それを見て二葉は今度は誰の目にも分かるほど大きくため息を吐いて見せた。
「あんな、僕むかーし、綾子さんから手紙もろてん」
「は?」
そんなことは寝耳に水、初めて知ることだった。
「なんや、今回は遅刻もぶっちもせんときてくれたんやな」
すぐ傍から懐かしいあの愛しい人の声がした。今よりとても若々しく、まるであのころに戻ったようだと宗次郎は思った。そして声の主、二葉を見たことでそれは本当にあのころに戻ったのだと分かった。では自分も? とぺたぺたと顔を触り手を見てみるが、どう見てもそれは老人のもので、つい先ほどまでと変わらない自分の老いた身体だった。宗次郎はへたへたと力なくその場に座り込んでしまった。意味が分からず答えを求めて二葉の顔を仰ぎ見るが、二葉は意地悪そうに笑うだけだった。以前の二葉であれば絶対にしないことだったが、宗次郎にはそういう二葉も愛らしく、愛おしく思った。二葉でありさえすればなんでもいいらしい。
「ふふふ」
「──俺たち、死んだんだよな?」
「そうやな。元気なまんまぽっくりと逝ってもうたな。って、元気なまんまいうんはおかしいか? でもほんまのことやからなぁ他に言いようがないわ」
と、二葉はくすくすと笑った。それはあのころの、宗次郎が愛した二葉そのものでキュンとして、すぐに表情を曇らせた。
それを見た二葉は小さく息を吐いた。
「宗ちゃんは昔からちっとも変わらへんね。僕は意地悪にもなったし、変わってもうたよ」
「そんなこと──!」
宗次郎の言葉にあのときのようにゆるく首を振る二葉の姿に、宗次郎の胸が痛みを覚えた。
「でもな、僕は宗ちゃんへの想いを胸の奥にしまいこむことで守ったんや。番を愛して、生まれた子らも愛した。ほんまやで? そんときは宗ちゃんの居場所なんてどこにもなかったんや」
二葉の話を聞いて宗次郎は、二葉のことを薄情だとは思わなかった。大事だからこそその想いを歪めてしまわないように胸の奥にしまってくれたのだと分かるからだ。自分もそうだったから。だが宗次郎は二葉のように上手くはできまかった。なにもかもが中途半端で、二葉への想いも番であった綾子への想いもどちらともを大事にしようとして、どちらともに辛い想いをさせてしまった。宗次郎は終ぞ綾子へ「愛している」とは言わなかった。想いはあったのに言えなかったのだ。それが二葉を裏切ることだと思ったからだ。綾子が亡くなった後は綾子に申し訳なく、二葉とは幼馴染としての付き合いしかできなかった。そのことについて二葉と話をしたことはなく、二葉の胸の内を今初めて聞いたのだ。胸が熱くなり、宗次郎は大粒の涙を零した。いくつもいくつも。
子どもたちを番わせたいと言い出したのは宗次郎であり、二葉はそれに反対しなかっただけだった。二葉の本心は分からなかったが、宗次郎にはそれで充分だった。子どもたちに対する想いも確かに存在していたが、宗次郎は二葉と子どもたちを通して新しい関係を築きたかった。そうすれば誰も裏切ることはない、と信じて。
「なんや宗ちゃんは泣き虫やな。ほんまなにも変わっとらんのやね。男らしくて負けず嫌いで、人前で滅多に泣くことなんてあらせんのに僕の前だけは泣いてくれた──僕の愛しい人」
「ふた……ば」
「もう好きだとも愛してるとも言うてくれんのやね」
「──ちがっ……!」
違うと叫ぼうとして、その言葉を飲み込んだ。それを見て二葉は今度は誰の目にも分かるほど大きくため息を吐いて見せた。
「あんな、僕むかーし、綾子さんから手紙もろてん」
「は?」
そんなことは寝耳に水、初めて知ることだった。
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