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運命さんこんばんは、ありがとう
6ー②
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「そんなわけない──っ!」
血を吐くような航の告白に玲斗の胸は今にも張り裂けてしまいそうだった。だが自分のしたことを思うと、反射的に否定の言葉を叫んだものの次になにを言えばいいのかが分からなかった。
ふたりはまだ出会ったばかりで、お互いのことをなにも知らなかった。玲斗が逃げたことによって名前も知らない、一夜の過ちとして終わるはずのふたりだった。だが航は知らないはずの玲斗の元へと現れた。そうして玲斗は航の『傷』を知った。自分の犯してしまった『過ち』も知った。どうして番がいるのに他に手を出す人だと考えてしまったのか、どうして自分に向けられた優しさを信じることができなかったのか──。逃げて、傷つけて──。
実は玲斗はさっきまで自分の気持ちにも確信が持てていなかった。航への想いが『運命』による強制力のせいではないか──、という考えをどうしても捨てきれなかったのだ。だがそれは航の話で否定された。聞いたばかりの航の病気──体質からいって玲斗を『運命』だと分からないし、玲斗へ向ける好意は別のところからきているのだろう。だったら最初から『運命』の強制力はないか、とても微弱なものだったと考えられる。それも他の人との強い繋がりから弱まったのではなく。
答えは出ていたのに、玲斗はごちゃごちゃと難しく考えすぎてなにも見えていなかった。確かに出会ったときに玲斗は航のことを『運命』だとすぐに分かったし、反応もした。だがかつての主人たちのときのように強制的にヒートを起こされたり、獣じみた欲求に支配されることもなかった。きっかけにはなったとしても、玲斗の心は自由であったはずなのだ。『運命』という言葉に惑わされながらも、自由な心で航のことを好きになってしまっただけなのだ。玲斗が見せた反応はひと目惚れ、恋するがゆえということになる。航もまた同じ。
だとしたら、もうなにもかもがいいんじゃないかと玲斗は思った。なにがどうなろうとも航を愛しく想う気持ちに変わりはない。航が自分と同じ気持ちであったなら、過去を気にするより未来を共にありたいと願う。苦しいときもつらいときも。もう二度と間違えたり傷つけたりしない。この人の為にできること、したいこと──。玲斗は自分のぜんぶで航を抱きしめた。
ごめんなさい。あなたの悲しみも知らず。
ごめんなさい。あなたを諦めようとして。
ごめんなさい。弱い僕で。それでも僕は──
少しだけ身体を離した玲斗は航を真剣な眼差しで見つめ、微笑んで見せた。そしてゆっくりと丁寧に言葉を紡ぐ。
「僕は──あなたが好き……。あなたがいるだけで僕は幸せなんです。それはあなたがαだからでも番だからでもない。あなたがあなたであればいい、──僕をあなたの生きる意味にしてくれませんか?」
謝罪でも言い訳でもなく、これが玲斗の出した答えだった。
「きみが俺の生きる意味──」
「僕ではダメ、ですか?」
「ダメじゃない! さっき愛する人がいるんじゃないかってきみは言ったね。やっと分かった。それはきみだよ。きみとは昨日会ってすぐにあんなことをしてしまったけれど、好きになってたからだったんだ。きみのことを想うだけで幸せになれるんだ。空っぽだった心が満たされるんだよ。こんな気持ち他の誰にも抱くことはなかった。これが恋じゃなくてなんだって言うんだ。この出会い、まるで運命みたいだ──」
そう言って玲斗を抱きしめ、幸せそうに微笑む航。玲斗もそれを受け入れ、航の背中に腕を回した。
航が使った『運命』という言葉は『運命の番』という意味ではないことを玲斗には分かっていた。だから玲斗は生涯自分たちが『運命』であることは言わなかった。ふたりにとって『運命』なんて関係ないと思えたからだ。だから心の中でそっと呟く。
『運命さんこんばんは、僕と出会ってくれて、愛してくれて、ありがとう』
*****
航は愛する人を得て困っているΩ探しをやめたわけだが、代わりに『歴木』という苗字にちなんで『どんぐりの家』を玲斗と共に作り、誰でも無料で利用できるΩ専用の施設とした。施設では突発的なヒートの対応や抑制剤の無料配布や相談、希望者には知識や技術という理不尽に抗う力を得られるよう助けた。
もちろん最初からすべてがうまくいったわけではなかったし、当のΩたちからも胡散臭く思われているのか最初はほとんど利用されなかった。それは虐げられ搾取されることが普通だったΩには夢のような施設だったからだ。なんの見返りもなくこんなことをしてなんの意味があるのか。不信感から施設を利用したら最後、客をとらされるだとかそんな噂が広がったりもした。だが、この施設を作ったのが夜の街でΩたちを助けてきたあのαだと知ってからは状況が一変した。あの人が作ったのであれば大丈夫。それがΩ独自のネットワークで広がり、利用者はどんどん増えていった。航のしてきたことは自身の存在意義の証明だけではなくちゃんと意味があったのだ。それからは晶馬や燐たちの協力もあり今では全国各地に作られ、航と玲斗はその対応に追われ嬉しい悲鳴を上げている。
どうか理不尽に泣くΩが減りますように。
どうか顔を上げ、前を向いて歩いていけますように。
どうか、どうかどんな困難にも負けず幸せを見つけられますように──。
それが航と玲斗の願いだった。
ふたりは結局番にはなれなかったが、別にそれでもよかった。生涯お互いだけを愛し、この上ない幸せがいつも一番近くで笑ってくれていたから。そしてたくさんのΩたちの笑顔もまたふたりを幸せにした。
-終わり-
※『運命さんこんばんは、ありがとう』は完結。『運命がたり』に続きます。
血を吐くような航の告白に玲斗の胸は今にも張り裂けてしまいそうだった。だが自分のしたことを思うと、反射的に否定の言葉を叫んだものの次になにを言えばいいのかが分からなかった。
ふたりはまだ出会ったばかりで、お互いのことをなにも知らなかった。玲斗が逃げたことによって名前も知らない、一夜の過ちとして終わるはずのふたりだった。だが航は知らないはずの玲斗の元へと現れた。そうして玲斗は航の『傷』を知った。自分の犯してしまった『過ち』も知った。どうして番がいるのに他に手を出す人だと考えてしまったのか、どうして自分に向けられた優しさを信じることができなかったのか──。逃げて、傷つけて──。
実は玲斗はさっきまで自分の気持ちにも確信が持てていなかった。航への想いが『運命』による強制力のせいではないか──、という考えをどうしても捨てきれなかったのだ。だがそれは航の話で否定された。聞いたばかりの航の病気──体質からいって玲斗を『運命』だと分からないし、玲斗へ向ける好意は別のところからきているのだろう。だったら最初から『運命』の強制力はないか、とても微弱なものだったと考えられる。それも他の人との強い繋がりから弱まったのではなく。
答えは出ていたのに、玲斗はごちゃごちゃと難しく考えすぎてなにも見えていなかった。確かに出会ったときに玲斗は航のことを『運命』だとすぐに分かったし、反応もした。だがかつての主人たちのときのように強制的にヒートを起こされたり、獣じみた欲求に支配されることもなかった。きっかけにはなったとしても、玲斗の心は自由であったはずなのだ。『運命』という言葉に惑わされながらも、自由な心で航のことを好きになってしまっただけなのだ。玲斗が見せた反応はひと目惚れ、恋するがゆえということになる。航もまた同じ。
だとしたら、もうなにもかもがいいんじゃないかと玲斗は思った。なにがどうなろうとも航を愛しく想う気持ちに変わりはない。航が自分と同じ気持ちであったなら、過去を気にするより未来を共にありたいと願う。苦しいときもつらいときも。もう二度と間違えたり傷つけたりしない。この人の為にできること、したいこと──。玲斗は自分のぜんぶで航を抱きしめた。
ごめんなさい。あなたの悲しみも知らず。
ごめんなさい。あなたを諦めようとして。
ごめんなさい。弱い僕で。それでも僕は──
少しだけ身体を離した玲斗は航を真剣な眼差しで見つめ、微笑んで見せた。そしてゆっくりと丁寧に言葉を紡ぐ。
「僕は──あなたが好き……。あなたがいるだけで僕は幸せなんです。それはあなたがαだからでも番だからでもない。あなたがあなたであればいい、──僕をあなたの生きる意味にしてくれませんか?」
謝罪でも言い訳でもなく、これが玲斗の出した答えだった。
「きみが俺の生きる意味──」
「僕ではダメ、ですか?」
「ダメじゃない! さっき愛する人がいるんじゃないかってきみは言ったね。やっと分かった。それはきみだよ。きみとは昨日会ってすぐにあんなことをしてしまったけれど、好きになってたからだったんだ。きみのことを想うだけで幸せになれるんだ。空っぽだった心が満たされるんだよ。こんな気持ち他の誰にも抱くことはなかった。これが恋じゃなくてなんだって言うんだ。この出会い、まるで運命みたいだ──」
そう言って玲斗を抱きしめ、幸せそうに微笑む航。玲斗もそれを受け入れ、航の背中に腕を回した。
航が使った『運命』という言葉は『運命の番』という意味ではないことを玲斗には分かっていた。だから玲斗は生涯自分たちが『運命』であることは言わなかった。ふたりにとって『運命』なんて関係ないと思えたからだ。だから心の中でそっと呟く。
『運命さんこんばんは、僕と出会ってくれて、愛してくれて、ありがとう』
*****
航は愛する人を得て困っているΩ探しをやめたわけだが、代わりに『歴木』という苗字にちなんで『どんぐりの家』を玲斗と共に作り、誰でも無料で利用できるΩ専用の施設とした。施設では突発的なヒートの対応や抑制剤の無料配布や相談、希望者には知識や技術という理不尽に抗う力を得られるよう助けた。
もちろん最初からすべてがうまくいったわけではなかったし、当のΩたちからも胡散臭く思われているのか最初はほとんど利用されなかった。それは虐げられ搾取されることが普通だったΩには夢のような施設だったからだ。なんの見返りもなくこんなことをしてなんの意味があるのか。不信感から施設を利用したら最後、客をとらされるだとかそんな噂が広がったりもした。だが、この施設を作ったのが夜の街でΩたちを助けてきたあのαだと知ってからは状況が一変した。あの人が作ったのであれば大丈夫。それがΩ独自のネットワークで広がり、利用者はどんどん増えていった。航のしてきたことは自身の存在意義の証明だけではなくちゃんと意味があったのだ。それからは晶馬や燐たちの協力もあり今では全国各地に作られ、航と玲斗はその対応に追われ嬉しい悲鳴を上げている。
どうか理不尽に泣くΩが減りますように。
どうか顔を上げ、前を向いて歩いていけますように。
どうか、どうかどんな困難にも負けず幸せを見つけられますように──。
それが航と玲斗の願いだった。
ふたりは結局番にはなれなかったが、別にそれでもよかった。生涯お互いだけを愛し、この上ない幸せがいつも一番近くで笑ってくれていたから。そしてたくさんのΩたちの笑顔もまたふたりを幸せにした。
-終わり-
※『運命さんこんばんは、ありがとう』は完結。『運命がたり』に続きます。
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