俺のかわいい婚約者さま リメイク版

ハリネズミ

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僕のかわいいこぐまさま

6 一条 彼方の場合(1)

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恋とか愛とか番とか、僕とは無縁のどこか別の世界の話であって欲しいと願っていた。

僕たちがまだ何者でもなかった頃、それなりに女の子にもモテたけど誰の事もそういう意味での『好き』にはなれなかった。
二次性が分かって僕が『Ω』に日、周りの僕を見る目が変わったのを感じた。それまでの僕は自由で、幼馴染で親友のかなでと一緒になって色んな事をした。できた。
だけど僕はΩ。Ωにはいづれ発情期ヒートがきて、αと番う。
それは誰か――神さまによって決められた未来。
どんなルートを辿っても約束された幸せだと言われるけど、僕は誰の事も好きになれないのに誰と番うと言うのか……番わなくてはいけないのか。そんなものが幸せなんだろうか。

αであったなら誰とも番わず生涯を終える事も可能だったんだろうか。
だけど僕はΩだ。Ωが生涯ひとりでいるという事は長い長い期間危険と隣り合わせに生きていくという事だ。突発的なヒートを起こして誰とも知れない相手に項を噛まれてしまえばそこで『The End』だ。人生終了のお知らせだ。それなのにそれが幸せ?項を噛まれたら噛んだ相手が誰であっても好きになる?
そんなわけないのに。
Ωは何でも受け入れて何にでも幸せを感じないといけないの?

僕の両親が母さんの見合い現場に父さんが突撃して番った略奪婚だったとしても、奏の両親が破局したはずの元婚約者で電撃純愛婚だったとしても、やっぱりそんなドラマみたいな事誰の身にも起こる事じゃないって思うんだ。そもそも誰の事も好きになれない僕にそんな事起こるはずがない。
だとしたら僕に残された道は――事故婚か流され婚か――いづれにしてもそこに愛はないわけで。


両親の事は好きだし、奏の事だって他の沢山の友人より好きだし特別だ。好きという感情が分からないわけじゃない。だけどそれは恋愛とは違う。
小さい頃はお互いの両親に僕らが番になったらいいのになんて言われてたけど、僕は奏の事をそんな風に見た事はないし奏の方だってそうだ。
あの頃の僕たちは『同じ』だった。だから奏も恋愛なんて無縁な世界で生きていくんだと勝手に思ってた。
だけど、気が付けば奏はしっかりと自分だけの相手を見つけた。婚約者旋堂さんの事を話す奏はとても幸せそうで、急に僕とは違う世界の人に見えたんだ。

奏が恋に気づかず戸惑っていた時僕は偉そうな事を言ったけど、奏が旋堂さんの事を好きだと思えた事が正直羨ましいと思った。奏は見つけたんだって思ったんだ。僕だけ置いて行かないでって思ったんだ。
だから奏に「自分でそろそろ考えないといけないと思うから」なんて言い方をした。あれは少しのいじけと僕自身へあてた言葉。
結局僕は誰かを愛したいんだ。愛せない事が苦しいんだ。
誰もが誰かに恋をして、それが当たり前の世界で僕だけが誰も愛せなかったから恋も愛も番もいらないなんて、ただひとり僕だけが仲間外れな気がしていただけだったんだ。
僕がΩになった日、自分だけが異質な存在になったと感じたのと同じ。
それでも奏だけは僕と同じだって思ってた。だからひと足先に愛する人を見つけた奏の事が本当に羨ましかったんだ。
奏はαだったから愛する人を見つける事ができたの?


「はぁあああ……」

思ったより大きなため息が出た。

「そんな大きなため息なんか吐いたりして、何か悩みでもあるのか?」

スマホをいじって旋堂さんとメッセージをやり取りしていた奏がにやついていた顔を引きしめて言った。

「んー言ってもしょうがない事なんだけどさ、αだったらなーって」

「へぇ?彼方はαとかΩとかまったく気にしてないと思ってた」

「うーん。考えずにはいられないって言うか――まぁ色々あるよね」

「ふーん。でも俺は、彼方はどの性だったとしても『彼方』だと思うけどね?αでもβでもΩでも彼方は彼方じゃん。なーんにも変わらない」

そう言ってにっと笑う奏。

「はは、そりゃそうだね」

確かに僕は僕だ。今までだって奏と一緒にどこへだって、どこまでだって行けた。何だってできたんだ。
それが僕だったはずだ。それなのにΩになった日、僕は僕じゃなくなったと思ってしまった。
何かに怯え何にもできないと思い込まされていた。
Ωを憐れむような沢山の視線。
だから身近に幸せで自由なΩがいてもそれは愛し愛される番がいるから、と物語の中の出来事のように思っていた。誰の事も愛せない僕とは違うって――。

僕は奏と恋愛する事も番う事もないけれど、どんな事があっても味方でいてくれるって信じられる。
僕が道に迷った時、手を差し伸べてくれる一人だ。
両親だって道隆おじさんだって、その番の凛さんだってそのはず。
僕は今はまだそういう相手に出会っていないだけで、仲間外れなんかじゃないって初めて思えた。

だからきっと僕はいつかどこかで絶対に『運命』を見つけて恋に落ちるんだ。
落ちるってくらいだからしようと思ってできる事じゃない。だから今はまだその時じゃないってだけ。

そう考えると少しだけ気持ちが軽くなった気がした。


僕との話が終わり、再びスマホに視線を落とす奏の顔がとても幸せそうで、奏に運命を感じていたら――なんて一瞬考えて、ないなと自分でその考えを打ち消した。
奏と『恋』とか『愛』とかはやっぱり考えられない。

それくらいに奏は大事な『幼馴染』であり『親友』であり、『家族』だった。

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