いとおしい

ハリネズミ

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番外 一星xいちか 俺の一番星

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「お前の兄貴七星さん、番ったんだろう?おめでとう」
「あぁ。すごくいい人で、自慢の義兄さんなんだ。今度紹介するよ」

俺に人のいい笑顔を向けるこいつの名前は楢崎拓真ならさきたくま
俺が過度なブラコンだろうがキツイ事を言おうが笑ってくれる唯一の友人だ。
優秀とか優秀じゃないとか関係なく、こいつの事だけは信用できた。

「マジかぁー。あのブラコンの一星がそんな満面の笑顔で他人を褒めるなんてねぇ……」
と、大げさに驚いて見せる。

「他人じゃないし、誠さんは大切な義兄さんだ」
「へー。本当に好きなんだな。いいんじゃないか?やっとお前も七星さん以外に目がいったって事だよな。まぁじゃあ次は自分の番でも探してみれば?今なら見つけられそうじゃん」

「――――俺の………番?」

考えた事もなかった。
七ちゃんに誠さんがいるように、誠さんに七ちゃんがいるように、俺には俺だけの番がいる―――。
――――そうか、そうだよな。
俺にもいるんだ。あの二人みたいな相手が。

まだ見ぬ番に俺の心は踊った。



*****
今日は掃除当番で、ゴミ箱を抱え校舎裏のゴミ捨て場まで持って行っているところだった。
突然耳に入って来る人の争う声。

聞こえてくるのは目的地であるゴミ捨て場の方からで、面倒事に俺は溜め息が出た。
気づかれないようにこっそりと覗くと、Ωらしい男子生徒が数名のαとおぼしき男子生徒たちに襲われそうになっていた。

―――助けなきゃ…っ。
だけど、脚が震える。
相手はαが三人。
けんかに自信があるわけでもなく、勝てるはずがなかった。
身体が……動かない。

だけど、だけど俺は強くなるって決めたから。
―――あの日のような後悔はしたくないっ!

「何してるっ!」

突然現れた俺を一斉に見るαたち。
異様な興奮状態のαたちに恐怖を覚える。
逃げてしまいそうになる己を叱咤してαたちをΩから引きはがすと、蹲るΩの上に覆い被さり他のαから隠した。

最初からけんかする気はなかった。負けるのは分かっていたから。
ただこのΩを守れればそれでいい。

「なんだこいつ?やりたいなら順番守れよっ」
苛立ちを隠そうともせず怒鳴るα。
俺の下のΩがびくりと震える。

「違う!お前らみたいなクズと一緒にするなっ!」
「んだと?おい、どかないならどうなってもいいんだな?」

下卑た笑いの後、殴る蹴るの暴行が始まる。
何度もなんども襲う痛みに呻き声が出る。

だけど俺の腕の中で震えるΩを守りたい。
俺の頭の中にはそれしかなった。
「大丈夫。大丈夫」小さくそれだけを呟く。
震えるΩを慰めるように、俺自身に言い聞かせるように。


何分、何時間、永遠とも思える時間。どれ程の時間暴行を受けただろうか。
何時間、何日だって俺はこのΩを守り抜くつもりでいた。

だけど、なかなかどこうとしない俺にαたちの方が時間の無駄だと思ったのだろう悪態をついて去って行った。
ほっと力が抜ける。


「―――もう行ったから…だから、どけよ」
さっきまで震えていたはずのΩの声だった。

「あ、ごめん、なさい―――」

痛む身体に鞭打って急いで身体を離す。

そこで改めてΩを見る。
凛とした顔立ち。
涙で赤くなった目元。
ぽってりとして赤く色づく唇。
シャツのボタンは全部飛んでいて全開の前。
白い肌が眩しい。

どきりと心臓が跳ねた。それを誤魔化すように視線を少しだけ下に逸らす。
ズボンはしっかりと履かれていて、大事には至らなかったのだろう。
間に合って良かった、と思う。

Ωは俺の痛々しい有様に眉を顰め、心配そうに手を伸ばそうとしていた。

だけど俺がほっと安堵の息をつくのを見て、伸ばしていた手を引っ込めた。そそして、キッと俺の事を睨んだ。

「感謝なんかしないからね?αはいつもそうだ!俺たちΩを見下して、俺たちΩを蹂躙する!今キミ俺の事助けられて良かったとでも思った?でも、こんなの初めてじゃない!もう何度もこんな目にあってる!キミだってあいつらと同じαだろう?違うって言うなら俺の事番にしてよっ!そして守ってよ!」

ごくりと息を飲む。
―――番。

「ほら、できないだろう?できもしないくせに守った気になんかならないで!こんな汚れた俺なんか誰も番にしてくれやしないんだっ!だからもう放っておいてっ!」
涙を流しながら叫ぶキミ。
キミの姿が痛々しくて悲しくて、「助けて」「愛して」って叫んでた。

そんなキミを見て、俺の胸には『哀れみ』でも『嫌悪』でもなく、

『見つけた』

その言葉だけが浮かんだんだ。

今までどんなにつらい想いをしてきたのか、今までキミを踏みにじって来たやつらを殺したい程憎いと思った。
傷ついたキミを俺は守りたいと思った。

俺はキミを抱きしめてその白くほっそりした項に牙を立てた。

「―――え?」
小さく聞こえる驚きの声。
だけど、その声に拒絶の色はなかった。

今項に噛みついたところで正式な番になれるわけじゃない。
ヒート中にΩの最奥にαが精を放ち、頂を噛む事で初めて成立する番関係。

俺にもそんな事は分かっていた。
だけど、キミを守りたいと思ったから、愛したいと思ったから俺の覚悟のほどを知って欲しかった。

キミは俺が見つけた一番星だから。他の人には見えなくなっても俺にはずっと見えているよ。俺だけはキミを見失う事はないんだ。だから、ねぇ俺の一番星になって?俺だけの一番星オメガに。


「俺の名前は登戸一星って言うんだ。キミの名前を教えて?俺は本気でキミを俺の番にしたい。だから、これはその約束の印」
今自分がつけたばかりの項に残る噛み跡にそっと触れる。

「ば、ばっかじゃないの?俺の、さっきの話聞いてた?俺…汚れて…る。お前みたいに…綺麗なαの番――だなんて…そんな事したら―――お前が汚れちゃう」
そう言って肩を落とし、握りしめた手は震えていた。

そっとその手を包み込み、優しく語り掛ける。
驚いたように俺を見つめるキミの瞳は涙に濡れて揺らめいていて、まるで煌めく星のように見えた。

「キミは汚れてなんかいないよ。すごくキラキラに見える。俺にはすごく輝いて見えるんだ。今はまだ俺は頼りないαかもしれない。でも、義兄さんみたいに立派なαに必ずなるから、だからキミを俺の物にさせて?俺だけの物に。俺はキミが、キミだけが欲しいんだ。俺をまるごとキミにあげるから、キミをまるごと俺に下さい」

キミの瞳から煌めく星が一粒、静かに流れ落ちる。


「―――――星野いちかほしのいちか、俺の名前」
「いちか――俺だけの…」

いちかの瞳の中には俺だけが映っていて、俺の瞳の中にもいちかだけが映し出されていて、この上ない幸せを感じた。

――――愛おしい。
いちかのすべてが愛おしくてたまらない。

俺のすべてはいちかの物だ。全部あげる。だから俺の傍でいつまでも笑っていて。


夜空に輝く数多の星たちよりも夜を告げ闇に紛れてしまう一番星のようないちかの事が、俺には一番輝いて見えたんだ。





ー終ー
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