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優しい嘘の見分け方
11 美幸の嘘 @一宮 美幸
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結局どんなに誤魔化してみても俺は最初から白兎に惹かれていたのだ。
酷い有様ながら屈する事なく気高く美しい白兎の姿に驚き惹かれ、濡れた赤い瞳は俺を魅了した。
白兎の愛が欲しかった――。
色々な言い訳をしながら白兎を手放したくないと思ったから項を噛んだのだ。
だが、あんな風に番になってしまうのは嫌だったから……いや違うな、本当に番になって白兎から愛されなかったら、と思うとあのまま番にする事は怖くてできなかったのだ。それでも傍にいて欲しくて――騙したんだ。
番になったと騙した。
子どものフリで騙した。
俺は白兎に嘘ばかりついている。
口では「好きだ」「愛してる」と言ってみても子どもの俺ではダメなのに。
*****
俺は白兎を家に連れ帰ってすぐに密かに白兎の事を調べさせていたのだが、思いの外時間がかかった。一宮の力を用いても簡単にはいかなかった理由、それは上がってきた報告書を見てなるほどと思った。
白兎は一宮ほどではないが財界屈指の花崎家の戸籍のない子どもだった。
生まれてすぐ実の祖父によって実家の奥に死んだものとして隠され、公的にも死亡した事になっていたのだ。
理由は白兎の母親の身に起きた悲劇の為だった。
どんな理由があったとしても白兎の祖父が行った事は許されない事だ。
何の罪もない幼い子どもが誰にも愛される事なく小さな世界で生きてきた。
俺なんか白兎に比べれば幸せじゃないか。
愛されなかったとしても母はいつも傍にいてくれた。
赤い瞳のクマだって俺にはあったんだ。
本当に俺は白兎の事が好きだ。好きだからこそ手放さなければならない。
そう思うのに躊躇ってしまった。そのせいで白兎がまたこんな酷い目に合ってしまった。あの男は俺に恨みがあり、今回は完全に巻き添いをくっただけだ。
あの男にあちこち殴られて酷い有様だ。どんなにか痛かっただろう、俺のこの胸の痛みなんか比べ物にならい程に痛かった事だろう。
表面的な事もあるが、これ以上白兎の心に傷を作りたくない――。
白兎の柔らかな髪を何度も優しく撫でると俺は今度こそ白兎を手放す覚悟を決めた。
*****
白兎の傷が癒えるのを待ちながら水面下で白兎の父親に連絡を取り、白兎が実は生きていて同じ屋敷にいた事、最近になって外に出され男たちに襲われていたところを保護した事を伝えた。
俺が白兎の項を噛んだ事は言わなかった。あの噛み跡もそろそろ薄まってきている頃だし、いずれ消えてなくなるだろう。
母が填めてくれた首輪――、あれのお陰で白兎はあの男の番にならずに済んだ。
最初にあれを見た時は、母に番になっていない事がバレたと思い焦った。
番でない白兎とは一緒にいる理由はない、あの時みたいに取り上げられてしまうと思った。
子どもの頃大事にしていた兎のぬいぐるみを、母に「汚いわ、捨てなさい」と捨てられてしまった事がある。確かにもう古くなっていたし、きちんと洗濯していてもどこか薄汚れて見えた。だけど俺は他のどんな高級なおもちゃよりそれだけが大事で、それしか欲しくなかった。いつも一緒にいて、一緒に眠って――俺にとって兎のぬいぐるみは友だちであり兄弟であり――父であり母だった……。
だからどうしても諦める事ができなくて、忙しい習い事の合間を縫ってこっそり探したけどどこにもなくて、悲しくて辛くて寂しくて……母に怒りさえ覚えた。
そして、やっと見つけた時には兎のぬいぐるみは泥や何だか分からない物で汚れて酷い有様だった。もうこれでは洗ってもダメだろう――。
俺は服が汚れるのも構わず兎のぬいぐるみを抱きしめ泣いた。早くみつけてあげられなかった事を心から詫びた。
そして丁寧に糸を切って『赤い瞳』を外し、兎の代わりにと与えられたクマのぬいぐるみの黒い瞳と付け替えた。
*****
どんな形であってもいつまでも一緒にいたかった――。
だが、もうそれも終わりだ。
白兎の事をご両親は知ってしまった、俺が知らせたのだから『知ってしまった』というのはおかしいが、知ってしまった、のだ。
白兎はやっと求めていた愛を貰えるのだ。今までの分も沢山愛されないといけない、愛する両親の元へと返さなければ。
俺は白兎に向って最後の言葉を言い放つ。
きみへの最後の『嘘』
「アイツには俺も本当に困っていた。だからアイツを懲らしめるのにお前を利用したんだが、予想以上の働きだったな。子どものフリをする俺にまんまと騙されてくれて、そちらでも愉しませてくれた」
ただ利用しただけ、きみへの情などひとつもないように。
「――Ωのお前がαを睨むか、俺にはΩがどうなろうと知った事ではないんだよ。項を噛んだのだってお前を騙す為で、他に意味などない。本当にお前はよくやってくれた、感謝している」
Ωなぞ使い捨ての駒にすぎないと見下すように。
「感謝の印として大金を与えてやるからいくら欲しいか言いなさい」
そして『金』という暴力できみを嬲る――。
白兎は金額を告げる事なく、赤い瞳に涙をいっぱい溜めて部屋から出て行った。
窓から下を見ると約束通り白兎の両親が迎えに来ており、抱き合っているのが見えた。
俺はきみに愛される資格はない。
だからこれでいい。俺への想いなんか少しも残さず、きみを心から愛する人たちの元へ帰るんだ。
幸せに……誰よりも幸せにおなり――俺の愛しい兎――。
酷い有様ながら屈する事なく気高く美しい白兎の姿に驚き惹かれ、濡れた赤い瞳は俺を魅了した。
白兎の愛が欲しかった――。
色々な言い訳をしながら白兎を手放したくないと思ったから項を噛んだのだ。
だが、あんな風に番になってしまうのは嫌だったから……いや違うな、本当に番になって白兎から愛されなかったら、と思うとあのまま番にする事は怖くてできなかったのだ。それでも傍にいて欲しくて――騙したんだ。
番になったと騙した。
子どものフリで騙した。
俺は白兎に嘘ばかりついている。
口では「好きだ」「愛してる」と言ってみても子どもの俺ではダメなのに。
*****
俺は白兎を家に連れ帰ってすぐに密かに白兎の事を調べさせていたのだが、思いの外時間がかかった。一宮の力を用いても簡単にはいかなかった理由、それは上がってきた報告書を見てなるほどと思った。
白兎は一宮ほどではないが財界屈指の花崎家の戸籍のない子どもだった。
生まれてすぐ実の祖父によって実家の奥に死んだものとして隠され、公的にも死亡した事になっていたのだ。
理由は白兎の母親の身に起きた悲劇の為だった。
どんな理由があったとしても白兎の祖父が行った事は許されない事だ。
何の罪もない幼い子どもが誰にも愛される事なく小さな世界で生きてきた。
俺なんか白兎に比べれば幸せじゃないか。
愛されなかったとしても母はいつも傍にいてくれた。
赤い瞳のクマだって俺にはあったんだ。
本当に俺は白兎の事が好きだ。好きだからこそ手放さなければならない。
そう思うのに躊躇ってしまった。そのせいで白兎がまたこんな酷い目に合ってしまった。あの男は俺に恨みがあり、今回は完全に巻き添いをくっただけだ。
あの男にあちこち殴られて酷い有様だ。どんなにか痛かっただろう、俺のこの胸の痛みなんか比べ物にならい程に痛かった事だろう。
表面的な事もあるが、これ以上白兎の心に傷を作りたくない――。
白兎の柔らかな髪を何度も優しく撫でると俺は今度こそ白兎を手放す覚悟を決めた。
*****
白兎の傷が癒えるのを待ちながら水面下で白兎の父親に連絡を取り、白兎が実は生きていて同じ屋敷にいた事、最近になって外に出され男たちに襲われていたところを保護した事を伝えた。
俺が白兎の項を噛んだ事は言わなかった。あの噛み跡もそろそろ薄まってきている頃だし、いずれ消えてなくなるだろう。
母が填めてくれた首輪――、あれのお陰で白兎はあの男の番にならずに済んだ。
最初にあれを見た時は、母に番になっていない事がバレたと思い焦った。
番でない白兎とは一緒にいる理由はない、あの時みたいに取り上げられてしまうと思った。
子どもの頃大事にしていた兎のぬいぐるみを、母に「汚いわ、捨てなさい」と捨てられてしまった事がある。確かにもう古くなっていたし、きちんと洗濯していてもどこか薄汚れて見えた。だけど俺は他のどんな高級なおもちゃよりそれだけが大事で、それしか欲しくなかった。いつも一緒にいて、一緒に眠って――俺にとって兎のぬいぐるみは友だちであり兄弟であり――父であり母だった……。
だからどうしても諦める事ができなくて、忙しい習い事の合間を縫ってこっそり探したけどどこにもなくて、悲しくて辛くて寂しくて……母に怒りさえ覚えた。
そして、やっと見つけた時には兎のぬいぐるみは泥や何だか分からない物で汚れて酷い有様だった。もうこれでは洗ってもダメだろう――。
俺は服が汚れるのも構わず兎のぬいぐるみを抱きしめ泣いた。早くみつけてあげられなかった事を心から詫びた。
そして丁寧に糸を切って『赤い瞳』を外し、兎の代わりにと与えられたクマのぬいぐるみの黒い瞳と付け替えた。
*****
どんな形であってもいつまでも一緒にいたかった――。
だが、もうそれも終わりだ。
白兎の事をご両親は知ってしまった、俺が知らせたのだから『知ってしまった』というのはおかしいが、知ってしまった、のだ。
白兎はやっと求めていた愛を貰えるのだ。今までの分も沢山愛されないといけない、愛する両親の元へと返さなければ。
俺は白兎に向って最後の言葉を言い放つ。
きみへの最後の『嘘』
「アイツには俺も本当に困っていた。だからアイツを懲らしめるのにお前を利用したんだが、予想以上の働きだったな。子どものフリをする俺にまんまと騙されてくれて、そちらでも愉しませてくれた」
ただ利用しただけ、きみへの情などひとつもないように。
「――Ωのお前がαを睨むか、俺にはΩがどうなろうと知った事ではないんだよ。項を噛んだのだってお前を騙す為で、他に意味などない。本当にお前はよくやってくれた、感謝している」
Ωなぞ使い捨ての駒にすぎないと見下すように。
「感謝の印として大金を与えてやるからいくら欲しいか言いなさい」
そして『金』という暴力できみを嬲る――。
白兎は金額を告げる事なく、赤い瞳に涙をいっぱい溜めて部屋から出て行った。
窓から下を見ると約束通り白兎の両親が迎えに来ており、抱き合っているのが見えた。
俺はきみに愛される資格はない。
だからこれでいい。俺への想いなんか少しも残さず、きみを心から愛する人たちの元へ帰るんだ。
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