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会社帰りに立ち寄った商店街で、ちょっとした人だかりができていた。覗いてみると抽選会をやっていて、そういえば今日が最終日だったなと思い出す。
オレも期間中買い物をして、補助券を何枚かもらってはいた。積極的に集めていたわけではなたった為、足らないかもしれないと思いつつも一応財布を漁ってみると、今日の分を合わせてちょうど一回分になった。期間的には一ヶ月はあったものの毎日商店街で買い物をしているわけではないし、大きな買い物をするわけでもない。独り身のサラリーマンとしては集まった方だろう。
補助券十枚を手に、賞品が書かれた立て看板をチラリと確認する。最終日ともなれば賞品名には二重線がいくつも引かれていて、『当たり』はほとんど残っていないようだった。
もしも残っていたとしても当たるとも思えないから、別にそれは問題ない。それよりも……、とオレは『ハズレ』がないことと参加賞枠の五等がポケットティッシュであることを確認して一つ頷く。菓子類もいいけれど、案外こういった実用品の方が地味にありがたいのだ。
まぁなにかが当たる、というだけで普通に嬉しいけれど。そのぐらいの軽い気持ちでオレはガラガラを回した。当然オレは五等の白い玉がでてくるとばかり思っていたわけだけれど、一拍置いて転がり出たのは赤い玉で、まさかまさかの一等『豪華温泉旅館ペア宿泊チケット』が当たってしまった。ほとんど残っていなかったにもかかわらず、『当たり』の中で一番の『当たり』を引いてしまったのだ。
想像もしていなかった一等に、「うぇ?」と変な声が出てしまったのは許して欲しい。「おめでとう」「おめでとうございます」と周りが祝福ムードの中、オレの表情は微妙なものになっていた。さながらチベットスナギツネの『すん』という感じだろうか。
ここで誤解がないように言っておくと、別にオレは一等が当たって嬉しくないわけではないし、温泉が嫌いなわけでも苦手なわけでもない。おまけにチケットに記されている温泉旅館が、誰もが知るなかなか予約がとれないと噂の老舗旅館とくれば、ぜひとも一度は泊まってみたいと思うのが人情だろう。それほど惹かれる話だったとしても、オレがチケットを使うのは躊躇われるのだ。
これがおひとり様チケットであれば問題はなかった。このチケットがペアチケットで、ペアといえば当然二人ということが問題だったのだ。
いや、違うな。問題なのはチケットではなくオレの方だ。オレには決まった相手、恋人がいるわけでもなく、一緒に旅行にいけるほど親しい友人もいない。つまり、いくのならペアチケットを一人で利用する、ということになるのだ。
それだと主催者側に不都合があるかもしれないし、せっかくだけれど辞退した方がいいのではないかと考えた。その旨をスタッフに申し出たところ、一人での利用でも構わない。加えて、当日人数が増えても問題はないとまで言われた。随分とオレに都合のいい話だと思うし、オレにとってなにも損はない話だ。だから渋る理由なんて本当はないのだけれど──。
それでも思案顔のオレに、「実は……景品詐欺じゃないかって疑われることもあるので、いってもらった方がこちらとしても助かるんですよ。気楽にご利用いただけたら……」と少し言いにくそうに説明され、スタッフが本当に困っている様子だったことからオレはありがたくペアチケットを一人で使わせてもらうことにした。それで話も終わったと思い、軽く会釈をして帰ろうとしたところでスタッフは更に続けた。
「あの……すみません。非常に図々しいお願いなんですが──明日から……とか、無理……ですよね?」
と訊ねるスタッフの祈るような表情に、もしかして有効期限が近いのかとチケットを見たけれど、まだ余裕は充分にあった。それでも明日なんて言葉が出るということは、言い方は悪いけれど商店街の規模とあまりにも似つかわしくないこの賞品を用意できたことに関係しているのだろう。最初から賞品が豪華すぎて、違和感はあった。これがドッキリと言われる方が納得いくくらいだ。だけどそうではないと目の前の困り顔のスタッフを見ていると分かる。
豪華旅館は本当で、なにかしらの理由があり、できるだけ早くチケットを使って欲しいということなのだろう。ふむ……と考える。
来週からしばらく仕事が忙しくなる為、正直オレとしても明日から一泊でも問題はない。けれど無理して賞品にしているなら明日すぐというのは旅館的にも問題はないのだろうか? なんせなかなか予約の取れない旅館なのだ。それを口にすると、スタッフはまったく問題ないと言う。あまりにも即答すぎて、かえって不審に思ってしまう。ここでこのスタッフの言うことすべてを鵜呑みにして出かけたら、ダメでしたということもなくはないことをオレは知っている。連絡ミスや勝手な思い込み等、仕事で何度も経験しているからだ。だからこんなうますぎる話になかなか「うん」とオレは言えないでいた。
そこでやっとスタッフは観念したように一つ息を吐き、重い口を開いた。
今年はこの商店街の五十周年であり、いつも以上に力を入れていたこと。だから抽選会の目玉商品が欲しかったこと。実は賞品となっている温泉旅館はこのスタッフのご実家で、かなり無理を言って用意したということ。その無理というのがこのスタッフ自身の『将来』で、今は家を出て自由にさせてもらっているけれど、数年後には実家である旅館に戻り、跡を継ぐことを約束させられているらしい。
人生までかけているのかとギョッとするオレにスタッフは、「どちらにしても元々いずれは帰るつもりではいたんです。ただ……チケットを使用するのが遅くなるほど俺が実家に戻る日が早くなると言いますか……」と、苦笑しながら後頭部をかいた。
オレはすべてを納得して「じゃあ、明日出かけることにします」と告げた。スタッフはものすごくいい笑顔で「ありがとうございます!」と叫んで、少しだけ注目を浴びていた。それに苦笑しながらオレは「こちらこそありがとうございます。楽しみです」と返した。
帰ったらすぐに明日からの旅行の準備をしなくては。急すぎる話ではあるけれど、『旅行』という非日常を楽しむ余裕くらいそろそろあってもいいのかもしれないと思った。
オレも期間中買い物をして、補助券を何枚かもらってはいた。積極的に集めていたわけではなたった為、足らないかもしれないと思いつつも一応財布を漁ってみると、今日の分を合わせてちょうど一回分になった。期間的には一ヶ月はあったものの毎日商店街で買い物をしているわけではないし、大きな買い物をするわけでもない。独り身のサラリーマンとしては集まった方だろう。
補助券十枚を手に、賞品が書かれた立て看板をチラリと確認する。最終日ともなれば賞品名には二重線がいくつも引かれていて、『当たり』はほとんど残っていないようだった。
もしも残っていたとしても当たるとも思えないから、別にそれは問題ない。それよりも……、とオレは『ハズレ』がないことと参加賞枠の五等がポケットティッシュであることを確認して一つ頷く。菓子類もいいけれど、案外こういった実用品の方が地味にありがたいのだ。
まぁなにかが当たる、というだけで普通に嬉しいけれど。そのぐらいの軽い気持ちでオレはガラガラを回した。当然オレは五等の白い玉がでてくるとばかり思っていたわけだけれど、一拍置いて転がり出たのは赤い玉で、まさかまさかの一等『豪華温泉旅館ペア宿泊チケット』が当たってしまった。ほとんど残っていなかったにもかかわらず、『当たり』の中で一番の『当たり』を引いてしまったのだ。
想像もしていなかった一等に、「うぇ?」と変な声が出てしまったのは許して欲しい。「おめでとう」「おめでとうございます」と周りが祝福ムードの中、オレの表情は微妙なものになっていた。さながらチベットスナギツネの『すん』という感じだろうか。
ここで誤解がないように言っておくと、別にオレは一等が当たって嬉しくないわけではないし、温泉が嫌いなわけでも苦手なわけでもない。おまけにチケットに記されている温泉旅館が、誰もが知るなかなか予約がとれないと噂の老舗旅館とくれば、ぜひとも一度は泊まってみたいと思うのが人情だろう。それほど惹かれる話だったとしても、オレがチケットを使うのは躊躇われるのだ。
これがおひとり様チケットであれば問題はなかった。このチケットがペアチケットで、ペアといえば当然二人ということが問題だったのだ。
いや、違うな。問題なのはチケットではなくオレの方だ。オレには決まった相手、恋人がいるわけでもなく、一緒に旅行にいけるほど親しい友人もいない。つまり、いくのならペアチケットを一人で利用する、ということになるのだ。
それだと主催者側に不都合があるかもしれないし、せっかくだけれど辞退した方がいいのではないかと考えた。その旨をスタッフに申し出たところ、一人での利用でも構わない。加えて、当日人数が増えても問題はないとまで言われた。随分とオレに都合のいい話だと思うし、オレにとってなにも損はない話だ。だから渋る理由なんて本当はないのだけれど──。
それでも思案顔のオレに、「実は……景品詐欺じゃないかって疑われることもあるので、いってもらった方がこちらとしても助かるんですよ。気楽にご利用いただけたら……」と少し言いにくそうに説明され、スタッフが本当に困っている様子だったことからオレはありがたくペアチケットを一人で使わせてもらうことにした。それで話も終わったと思い、軽く会釈をして帰ろうとしたところでスタッフは更に続けた。
「あの……すみません。非常に図々しいお願いなんですが──明日から……とか、無理……ですよね?」
と訊ねるスタッフの祈るような表情に、もしかして有効期限が近いのかとチケットを見たけれど、まだ余裕は充分にあった。それでも明日なんて言葉が出るということは、言い方は悪いけれど商店街の規模とあまりにも似つかわしくないこの賞品を用意できたことに関係しているのだろう。最初から賞品が豪華すぎて、違和感はあった。これがドッキリと言われる方が納得いくくらいだ。だけどそうではないと目の前の困り顔のスタッフを見ていると分かる。
豪華旅館は本当で、なにかしらの理由があり、できるだけ早くチケットを使って欲しいということなのだろう。ふむ……と考える。
来週からしばらく仕事が忙しくなる為、正直オレとしても明日から一泊でも問題はない。けれど無理して賞品にしているなら明日すぐというのは旅館的にも問題はないのだろうか? なんせなかなか予約の取れない旅館なのだ。それを口にすると、スタッフはまったく問題ないと言う。あまりにも即答すぎて、かえって不審に思ってしまう。ここでこのスタッフの言うことすべてを鵜呑みにして出かけたら、ダメでしたということもなくはないことをオレは知っている。連絡ミスや勝手な思い込み等、仕事で何度も経験しているからだ。だからこんなうますぎる話になかなか「うん」とオレは言えないでいた。
そこでやっとスタッフは観念したように一つ息を吐き、重い口を開いた。
今年はこの商店街の五十周年であり、いつも以上に力を入れていたこと。だから抽選会の目玉商品が欲しかったこと。実は賞品となっている温泉旅館はこのスタッフのご実家で、かなり無理を言って用意したということ。その無理というのがこのスタッフ自身の『将来』で、今は家を出て自由にさせてもらっているけれど、数年後には実家である旅館に戻り、跡を継ぐことを約束させられているらしい。
人生までかけているのかとギョッとするオレにスタッフは、「どちらにしても元々いずれは帰るつもりではいたんです。ただ……チケットを使用するのが遅くなるほど俺が実家に戻る日が早くなると言いますか……」と、苦笑しながら後頭部をかいた。
オレはすべてを納得して「じゃあ、明日出かけることにします」と告げた。スタッフはものすごくいい笑顔で「ありがとうございます!」と叫んで、少しだけ注目を浴びていた。それに苦笑しながらオレは「こちらこそありがとうございます。楽しみです」と返した。
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そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
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