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あれからまた熊野とは会えない日々が続いていた。正確には熊野がオレを訪ねてきても、オレが会わないように避けていたのだ。
オレたちは相変わらず連絡先の交換もしていないし、内線は個人的な要件では熊野の性格上使わないので、会社で直接会うしか連絡の取りようがない。
オレはどうしても熊野の口からまた元カノの話を聞きたくなかった。熊野の幸せを願っているけれど、オレはあんな女との未来の為に自らを使って次へと繋げたかったわけじゃない。
ぜんぶオレが勝手にしたことだけれど、胸に渦巻くドス黒い感情を抑えられないのだ。だから熊野とは一旦距離を置いて、心を落ち着けることにした。
そうすればアキラのときと同じように時間が解決してくれるはずだ。
これはただの逃げで、正解だとは思わないけれど、あんな別れ方をしてもあの女がいいのだと言われれば、やっぱり女でもなく、女のようでもないオレではダメだと言われているようで、オレには耐えられそうになかった。
最近そんな感じでアキラのことを思い出すことが多かったせいか、別れてから初めてアキラから会いたいという連絡がきた。オレは別れてすぐに連絡先をすべて消してしまったけれど、アキラは消していなかったようだ。
だからといってどうということもなく、今更、と思わなくもないけれど、逆に今だからいいのかもしれないと思い直した。今ならアキラの本音を聞いて、未だ残る後悔をなくすことができるのではないか、そう思ったのだ。
アキラとは元々友人だったわけだし、普通に友人の近況が気になった。
待ち合わせ場所はオレの会社の最寄駅で、落ち合ってすぐに近くのファミレスに入った。
久しぶりにアキラに会ったわけだけれど、思ったよりも平気だった。
「あらためて、久しぶりだな。番号変わってなくてよかったよ」
そう言って微笑むアキラに、やっぱり胸は痛まない。代わりにまるで学生時代に戻ったみたいで純粋に懐かしいと思った。
「あぁ、うん。特に変える必要もないかと思って」
アキラはオレの返事に少しだけ困ったように笑って、意を決したように本題を口にした。
「実は俺、来月オランダに発つんだ」
「旅行──ってわけじゃないよな。それは……長いってことか?」
出張や旅行でいくというならこんな言い方はしないだろうし、わざわざ呼び出したりもしなかっただろう。日本を離れることになって昔馴染みを懐かしく思ったということだろうか。
「ああ。もう帰ってこないつもりだ」
「そう、か……」
二度と会えないのと等しいアキラの言葉に、寂しく思う気持ちがないわけではない。どんな別れ方をしていたとしてもオレたちは同級生だし、恋人になる前は友人だったのだ。
「──夕」
久しぶりに名前を呼ばれ、懐かしさに心臓がドキリと跳ねた。
「一緒にオランダにこないか?」
「──え?」
驚き、言葉に詰まるオレにアキラは苦しそうな顔で、「夕に話せなかったことがあるんだ」と言った。
「──実はさ、就職してすぐのころ、会社の……同僚だった女に告白されたんだ」
「え!?」
オレは思わず大きな声を上げてしまい、慌てて両手で自分の口を押さえた。辺りを見回し、注目を集めていなかったことにホッとする。
「俺はすぐに断ったし恋人がいることも言ったんだけど、どこで調べたのか俺の恋人が夕だってことを知ったみたいで──脅されたんだ。ゲイと付き合う気は無いけど、男に負けただなんて許せないとかなんとかで別れろって。そうしないと夕を社会的に殺すって……言われた」
初めて聞く話だった。社会人になって、アキラと会えないのは仕事が忙しいせいだと思っていたけれど、そんなことになっていたなんて……。
「……」
「最初のうちは誤魔化していたけど、焦れた女が夕に直接会って危害を加えるって言い出して──もう限界だった──」
ギュッと下唇を噛むアキラ。テーブルの上で握りしめられた手も震えている。
アキラの話が嘘だとは思わない。けれど、だとしたら「──『運命の人』……は?」と、オレはポツリと呟いた。
「あれは……夕に嫌いになっただとか他に好きな人ができたなんて言いたくなかったから、『運命の人』なんてありもしないものを使って誤魔化したんだ」
確かに違和感はあった。『運命の人』を多用し過ぎていたり、オレに向ける目が揺らいでいたり。だけど、じゃああの連れてきた『運命の人』は誰?
「あいつは俺の従兄弟で、小さいけど劇団で役者をしているんだ。それであいつには俺がゲイだって知られていたから協力してもらっただけなんだ。だから恋人とかそういう関係じゃない」
「じゃ、じゃあ、あれからアキラは一人……なのか? その女……は?」
こくりと頷き、苦々し気に言った。
「あの女はそれからすぐに他の男捕まえて寿退社して、それっきりだ。本当はすぐにでも夕のところにいって、本当のことを話して謝って、また恋人になろうって言いたかったけど、またあの女が現れたらって思うと不安で、しばらく様子をみていたんだ。でもどれだけ時間が経っても不安はなくなってくれなくて、怖くて連絡できなかった。そんなとき、オランダでの仕事に誘われた。それから向こうのことを色々調べて、俺たちにとって日本より住み易い国だって知った。準備して、大丈夫だって思えたから思い切って夕に連絡したんだ」
アキラにその後被害がなかったことにホッとする。アキラは決心したような強い眼差しでオレを見つめていて、本気なんだと分かる。
分かるけれど、なんだそれ……と思わずにはいられない。最初から『運命の人』なんて存在しなくて、心変わり自体嘘で、脅されてオレを守る為に別れた? 新しい恋人だって紹介された人はアキラの従兄弟で、ただの協力者で──。
ずっと後悔していた知りたかった答えがここにある。でも、待ってくれ。オレはそんなこと望んでいない。オレを守る為だと言うなら、一緒に戦って欲しかった。従兄弟だろうがなんだろうが頼るのは他の誰かじゃなく、オレがよかった。
もしも誰かにオレたちのことがバレてひどい目にあったとしても、オレはアキラといられればよかったんだ。会社なんて辞めて別の仕事だって探せるし、どこかに勤めるのではなく起業したっていい。いよいよとなればそれこそ海外にいったってよかった。アキラさえいれば本当にどこでもなんでもよかったんだよ。はっきりと言葉にはしなくても、ずっとずっとオレはそう伝えてきたつもりだった──。
伝わらなかった想いと伝えて欲しかった想いに、なんだか分からない感情が込み上げてきて目に涙が滲む。
「むこうなら外でも恋人でいられるし、家族にだってなれるんだ。手を繋いだりキスをしたり。なにより近くにいたら夕のことを守れってあげられる」
「……」
これがせめて半年前、いや一ヶ月前でもいい。温泉にいく前だったなら話は違っていたかもしれない。だけど、もう遅いのだ。アキラと別れて三年、それに頷くには時間が経ち過ぎていた。
「オレ、は……」
オレたちは相変わらず連絡先の交換もしていないし、内線は個人的な要件では熊野の性格上使わないので、会社で直接会うしか連絡の取りようがない。
オレはどうしても熊野の口からまた元カノの話を聞きたくなかった。熊野の幸せを願っているけれど、オレはあんな女との未来の為に自らを使って次へと繋げたかったわけじゃない。
ぜんぶオレが勝手にしたことだけれど、胸に渦巻くドス黒い感情を抑えられないのだ。だから熊野とは一旦距離を置いて、心を落ち着けることにした。
そうすればアキラのときと同じように時間が解決してくれるはずだ。
これはただの逃げで、正解だとは思わないけれど、あんな別れ方をしてもあの女がいいのだと言われれば、やっぱり女でもなく、女のようでもないオレではダメだと言われているようで、オレには耐えられそうになかった。
最近そんな感じでアキラのことを思い出すことが多かったせいか、別れてから初めてアキラから会いたいという連絡がきた。オレは別れてすぐに連絡先をすべて消してしまったけれど、アキラは消していなかったようだ。
だからといってどうということもなく、今更、と思わなくもないけれど、逆に今だからいいのかもしれないと思い直した。今ならアキラの本音を聞いて、未だ残る後悔をなくすことができるのではないか、そう思ったのだ。
アキラとは元々友人だったわけだし、普通に友人の近況が気になった。
待ち合わせ場所はオレの会社の最寄駅で、落ち合ってすぐに近くのファミレスに入った。
久しぶりにアキラに会ったわけだけれど、思ったよりも平気だった。
「あらためて、久しぶりだな。番号変わってなくてよかったよ」
そう言って微笑むアキラに、やっぱり胸は痛まない。代わりにまるで学生時代に戻ったみたいで純粋に懐かしいと思った。
「あぁ、うん。特に変える必要もないかと思って」
アキラはオレの返事に少しだけ困ったように笑って、意を決したように本題を口にした。
「実は俺、来月オランダに発つんだ」
「旅行──ってわけじゃないよな。それは……長いってことか?」
出張や旅行でいくというならこんな言い方はしないだろうし、わざわざ呼び出したりもしなかっただろう。日本を離れることになって昔馴染みを懐かしく思ったということだろうか。
「ああ。もう帰ってこないつもりだ」
「そう、か……」
二度と会えないのと等しいアキラの言葉に、寂しく思う気持ちがないわけではない。どんな別れ方をしていたとしてもオレたちは同級生だし、恋人になる前は友人だったのだ。
「──夕」
久しぶりに名前を呼ばれ、懐かしさに心臓がドキリと跳ねた。
「一緒にオランダにこないか?」
「──え?」
驚き、言葉に詰まるオレにアキラは苦しそうな顔で、「夕に話せなかったことがあるんだ」と言った。
「──実はさ、就職してすぐのころ、会社の……同僚だった女に告白されたんだ」
「え!?」
オレは思わず大きな声を上げてしまい、慌てて両手で自分の口を押さえた。辺りを見回し、注目を集めていなかったことにホッとする。
「俺はすぐに断ったし恋人がいることも言ったんだけど、どこで調べたのか俺の恋人が夕だってことを知ったみたいで──脅されたんだ。ゲイと付き合う気は無いけど、男に負けただなんて許せないとかなんとかで別れろって。そうしないと夕を社会的に殺すって……言われた」
初めて聞く話だった。社会人になって、アキラと会えないのは仕事が忙しいせいだと思っていたけれど、そんなことになっていたなんて……。
「……」
「最初のうちは誤魔化していたけど、焦れた女が夕に直接会って危害を加えるって言い出して──もう限界だった──」
ギュッと下唇を噛むアキラ。テーブルの上で握りしめられた手も震えている。
アキラの話が嘘だとは思わない。けれど、だとしたら「──『運命の人』……は?」と、オレはポツリと呟いた。
「あれは……夕に嫌いになっただとか他に好きな人ができたなんて言いたくなかったから、『運命の人』なんてありもしないものを使って誤魔化したんだ」
確かに違和感はあった。『運命の人』を多用し過ぎていたり、オレに向ける目が揺らいでいたり。だけど、じゃああの連れてきた『運命の人』は誰?
「あいつは俺の従兄弟で、小さいけど劇団で役者をしているんだ。それであいつには俺がゲイだって知られていたから協力してもらっただけなんだ。だから恋人とかそういう関係じゃない」
「じゃ、じゃあ、あれからアキラは一人……なのか? その女……は?」
こくりと頷き、苦々し気に言った。
「あの女はそれからすぐに他の男捕まえて寿退社して、それっきりだ。本当はすぐにでも夕のところにいって、本当のことを話して謝って、また恋人になろうって言いたかったけど、またあの女が現れたらって思うと不安で、しばらく様子をみていたんだ。でもどれだけ時間が経っても不安はなくなってくれなくて、怖くて連絡できなかった。そんなとき、オランダでの仕事に誘われた。それから向こうのことを色々調べて、俺たちにとって日本より住み易い国だって知った。準備して、大丈夫だって思えたから思い切って夕に連絡したんだ」
アキラにその後被害がなかったことにホッとする。アキラは決心したような強い眼差しでオレを見つめていて、本気なんだと分かる。
分かるけれど、なんだそれ……と思わずにはいられない。最初から『運命の人』なんて存在しなくて、心変わり自体嘘で、脅されてオレを守る為に別れた? 新しい恋人だって紹介された人はアキラの従兄弟で、ただの協力者で──。
ずっと後悔していた知りたかった答えがここにある。でも、待ってくれ。オレはそんなこと望んでいない。オレを守る為だと言うなら、一緒に戦って欲しかった。従兄弟だろうがなんだろうが頼るのは他の誰かじゃなく、オレがよかった。
もしも誰かにオレたちのことがバレてひどい目にあったとしても、オレはアキラといられればよかったんだ。会社なんて辞めて別の仕事だって探せるし、どこかに勤めるのではなく起業したっていい。いよいよとなればそれこそ海外にいったってよかった。アキラさえいれば本当にどこでもなんでもよかったんだよ。はっきりと言葉にはしなくても、ずっとずっとオレはそう伝えてきたつもりだった──。
伝わらなかった想いと伝えて欲しかった想いに、なんだか分からない感情が込み上げてきて目に涙が滲む。
「むこうなら外でも恋人でいられるし、家族にだってなれるんだ。手を繋いだりキスをしたり。なにより近くにいたら夕のことを守れってあげられる」
「……」
これがせめて半年前、いや一ヶ月前でもいい。温泉にいく前だったなら話は違っていたかもしれない。だけど、もう遅いのだ。アキラと別れて三年、それに頷くには時間が経ち過ぎていた。
「オレ、は……」
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