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疑惑しかない街の片隅で
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フェイドの街は、妙な緊張感に包まれていた。
至る所に警察官の姿があり、街の住人や観光客に不審な動きがないか見る遠慮のない視線と目が合えば、たちまち“敵”とみなされてしまいそうだ。
面倒ごとに巻き込まれたくないロアルドは、認識阻害の魔法を施してあるコートのありがたみを実感しながら、広場に集まる人だかりに気が付いて足を止めた。
「お願いします!!誰か、誰か助けて!!なんでもします!お願いです!」
噴水広場の前に停められた荷馬車の上にある檻に若い女性が数人、肩身を寄せ合って座っている。
ほとんどの者は俯き、表情までは見えないが時折すすり泣く声がして奴隷商売かと胸くそ悪くなったが……それにしては女性達の身なりが豪華過ぎる事に気がついてからは違和感の方が強かった。
平民ではない、貴族の娘達だろうか?
「お願い!死にたくないの!!」
金切り声で叫びながら檻を揺らす女性を遠巻きに見ている人の殆どは荷馬車に向かって手を合わせている。
ロアルドはその異様な光景に興味本位で近づき、祈りを捧げている人が漏らす言葉を集中して盗み聞いた。
「どうか、どうか私たちを死から守ってください」
「まだ死にたくない。死にたくないんだ」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「捧げられた生命に感謝を。ありがとう」
祈りと感謝と謝罪の言葉が大半を占めている空間に混乱する。
(なんだこれ、不気味すぎる……)
改めて荷馬車を観察していたロアルドは、檻の中に座る一人と目が合った気がした。
その瞳は助けを乞うでもなく、ロアルドが偶然そこにいたから見ただけという希薄なものだったが、そもそも認識阻害をしている自分と目が合うはずがないと思い直した。
「……ねぇ、一体何事?」
訳の分からない状況に答えが欲しくて呟いたロアルドの声に、集団の中から答えが返ってきた。
「あれはベルガ邸への貢物だよ。この街に蔓延る死の呪いを、あのお屋敷にすむ領主さまだけが解除できるのさ」
「え、解除できるの?」
「そうさ。だから皆、我が身可愛さに自分ちの娘を貢ぐんだ」
「へぇー……」
胡散臭いと思いながらも有力な情報を手に入れた。
「そうだ!ねぇ、誰か白い鳥を見なかった?」
しかしこの問い掛けに対する返答は、一切ない。
「おら。邪魔だ、どけ!!見せ物じゃねぇんだよ!!退け!!!」
どうやら荷馬車の持ち主が戻ってきた様だ。
蜘蛛の子を散らす様に再び街に消えていく人達を必死で引き止めようとする檻の中の女性の叫びも虚しく、荷馬車はのろのろと出発して行った。
「ベルガ邸、ね」
ロアルドは、次の目的地に定めながら一度アルノの場所まで戻る事にした。
来た道を戻る途中で今夜泊まる宿も決め、今後の事は明日決めようなどと考えながら街の外へ出た途端、、信じられない光景に目を疑った。
「は?………嘘でしょ?」
二手に分かれてから一時間もしない間に、アルノの姿が忽然と消えている。
空から降ってきた街と外部を遮断する黒い棒も跡形もなく地面も抉れていない。まるで結界自体がなかったみたいだ。
これは夢かもしれないと頬をつねってみるが痛い。
え、置いてかれた?
アルノならありえそうな事だが、そんな薄情な奴じゃない事は知っている。
何かあったと考えるのが妥当だろう。
「えぇぇぇぇ……」
よりによって俺じゃなく、アルノを狙うだなんて。
頭を使うのはアルノの仕事なのに。
苦手な役回りに頭痛がしてきた。
「はぁ、もういいや。とりあえず休も」
ぐだぐだ考えても仕方ないと気持ちを切り替え、ロアルドは足早に宿へ戻っていった。
*****
深夜。
ゴニョゴニョ話す声が耳障りで目を覚ましたロアルドの視界に飛び込んできたのは、青白い光を纏った女の幽霊だった。
幽霊だから全体的に白っぽく半透明な彼女は、冬場の季節なのに素肌が露わになっているキャミソールワンピース姿で恥じらう事もなくロアルドと目が合い微笑んだ。
その顔は、あどけなさが残る幼顔でちょっと可愛いとさえ思う。
腰まである長髪をふんわり揺らし浮遊したまま、幽霊は得意げに話し始めた。
“貴方が探している白い鳥、ベルガの屋敷にいるわ。奥様のお気に入りになってて、豪勢な金色の檻で飼われているの”
予期せぬ情報提供に混乱する頭を抱えながら、筋肉痛で悲鳴を上げるだるい上半身を起こす。
“ねぇ、聞いてる?”
「………聞いてるよ」
溜め息混じりに返事をすれば、感極まった様に幽霊は一人で拍手していた。
もちろん、拍手の音は聞こえないのだがこちらの反応があった事を喜んでいると解釈していいのだろう。
聞きたい事、言いたい事は山々だったが寝起きの頭では上手く考えがまとめられない。
「ねぇ……何か、企んでる?」
“もちろん!私は今、貴方に恩を売ったの。これで貴方は、私の願いを断れなくなったわ”
何それ、不穏。
押し売りに近いものを感じながら、冴えてきた瞳で改めて目の前に浮かぶ幽霊を見た。
「願い?」
“そう。私を見つけて守って欲しい”
声には少しばかり緊張が感じられ、冗談を言っている様子には見えなかった。
一体何から守るのかを考えた時、街に着いたばかりの時に見た荷馬車を思い出した。
「君、もしかして」
あの時、認識阻害をしている自分と合うはずのない視線がひとつだけあった。
“……私、しつこいわよ?”
どうやら同じ場面を思い返していたのだろう。
悪戯が成功した子供みたいに誇らしそうに胸を張る幽霊に、警戒が解けたというか既に色々と面倒になってきたロアルドは、それ以上追求する事を諦めて静かに提案を受け入れた。
「いいよ、わかった。君を受け入れる」
“やった!!!”
「なので……とりあえず、もっかい寝ていい?」
“わかったわ。おやすみなさい”
「ん、おやすみー」
重たい頭を枕に沈めながら調査早々、女の幽霊に取り付かれたロアルドを見てアルノはどんな反応をするだろうかと考えた。
無表情な顔に青筋が浮かぶ所を想像して、肝が冷える所か眠気すら飛んでいった事に絶望しながら、意地でも朝まで起きない覚悟で布団にくるまった。
至る所に警察官の姿があり、街の住人や観光客に不審な動きがないか見る遠慮のない視線と目が合えば、たちまち“敵”とみなされてしまいそうだ。
面倒ごとに巻き込まれたくないロアルドは、認識阻害の魔法を施してあるコートのありがたみを実感しながら、広場に集まる人だかりに気が付いて足を止めた。
「お願いします!!誰か、誰か助けて!!なんでもします!お願いです!」
噴水広場の前に停められた荷馬車の上にある檻に若い女性が数人、肩身を寄せ合って座っている。
ほとんどの者は俯き、表情までは見えないが時折すすり泣く声がして奴隷商売かと胸くそ悪くなったが……それにしては女性達の身なりが豪華過ぎる事に気がついてからは違和感の方が強かった。
平民ではない、貴族の娘達だろうか?
「お願い!死にたくないの!!」
金切り声で叫びながら檻を揺らす女性を遠巻きに見ている人の殆どは荷馬車に向かって手を合わせている。
ロアルドはその異様な光景に興味本位で近づき、祈りを捧げている人が漏らす言葉を集中して盗み聞いた。
「どうか、どうか私たちを死から守ってください」
「まだ死にたくない。死にたくないんだ」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「捧げられた生命に感謝を。ありがとう」
祈りと感謝と謝罪の言葉が大半を占めている空間に混乱する。
(なんだこれ、不気味すぎる……)
改めて荷馬車を観察していたロアルドは、檻の中に座る一人と目が合った気がした。
その瞳は助けを乞うでもなく、ロアルドが偶然そこにいたから見ただけという希薄なものだったが、そもそも認識阻害をしている自分と目が合うはずがないと思い直した。
「……ねぇ、一体何事?」
訳の分からない状況に答えが欲しくて呟いたロアルドの声に、集団の中から答えが返ってきた。
「あれはベルガ邸への貢物だよ。この街に蔓延る死の呪いを、あのお屋敷にすむ領主さまだけが解除できるのさ」
「え、解除できるの?」
「そうさ。だから皆、我が身可愛さに自分ちの娘を貢ぐんだ」
「へぇー……」
胡散臭いと思いながらも有力な情報を手に入れた。
「そうだ!ねぇ、誰か白い鳥を見なかった?」
しかしこの問い掛けに対する返答は、一切ない。
「おら。邪魔だ、どけ!!見せ物じゃねぇんだよ!!退け!!!」
どうやら荷馬車の持ち主が戻ってきた様だ。
蜘蛛の子を散らす様に再び街に消えていく人達を必死で引き止めようとする檻の中の女性の叫びも虚しく、荷馬車はのろのろと出発して行った。
「ベルガ邸、ね」
ロアルドは、次の目的地に定めながら一度アルノの場所まで戻る事にした。
来た道を戻る途中で今夜泊まる宿も決め、今後の事は明日決めようなどと考えながら街の外へ出た途端、、信じられない光景に目を疑った。
「は?………嘘でしょ?」
二手に分かれてから一時間もしない間に、アルノの姿が忽然と消えている。
空から降ってきた街と外部を遮断する黒い棒も跡形もなく地面も抉れていない。まるで結界自体がなかったみたいだ。
これは夢かもしれないと頬をつねってみるが痛い。
え、置いてかれた?
アルノならありえそうな事だが、そんな薄情な奴じゃない事は知っている。
何かあったと考えるのが妥当だろう。
「えぇぇぇぇ……」
よりによって俺じゃなく、アルノを狙うだなんて。
頭を使うのはアルノの仕事なのに。
苦手な役回りに頭痛がしてきた。
「はぁ、もういいや。とりあえず休も」
ぐだぐだ考えても仕方ないと気持ちを切り替え、ロアルドは足早に宿へ戻っていった。
*****
深夜。
ゴニョゴニョ話す声が耳障りで目を覚ましたロアルドの視界に飛び込んできたのは、青白い光を纏った女の幽霊だった。
幽霊だから全体的に白っぽく半透明な彼女は、冬場の季節なのに素肌が露わになっているキャミソールワンピース姿で恥じらう事もなくロアルドと目が合い微笑んだ。
その顔は、あどけなさが残る幼顔でちょっと可愛いとさえ思う。
腰まである長髪をふんわり揺らし浮遊したまま、幽霊は得意げに話し始めた。
“貴方が探している白い鳥、ベルガの屋敷にいるわ。奥様のお気に入りになってて、豪勢な金色の檻で飼われているの”
予期せぬ情報提供に混乱する頭を抱えながら、筋肉痛で悲鳴を上げるだるい上半身を起こす。
“ねぇ、聞いてる?”
「………聞いてるよ」
溜め息混じりに返事をすれば、感極まった様に幽霊は一人で拍手していた。
もちろん、拍手の音は聞こえないのだがこちらの反応があった事を喜んでいると解釈していいのだろう。
聞きたい事、言いたい事は山々だったが寝起きの頭では上手く考えがまとめられない。
「ねぇ……何か、企んでる?」
“もちろん!私は今、貴方に恩を売ったの。これで貴方は、私の願いを断れなくなったわ”
何それ、不穏。
押し売りに近いものを感じながら、冴えてきた瞳で改めて目の前に浮かぶ幽霊を見た。
「願い?」
“そう。私を見つけて守って欲しい”
声には少しばかり緊張が感じられ、冗談を言っている様子には見えなかった。
一体何から守るのかを考えた時、街に着いたばかりの時に見た荷馬車を思い出した。
「君、もしかして」
あの時、認識阻害をしている自分と合うはずのない視線がひとつだけあった。
“……私、しつこいわよ?”
どうやら同じ場面を思い返していたのだろう。
悪戯が成功した子供みたいに誇らしそうに胸を張る幽霊に、警戒が解けたというか既に色々と面倒になってきたロアルドは、それ以上追求する事を諦めて静かに提案を受け入れた。
「いいよ、わかった。君を受け入れる」
“やった!!!”
「なので……とりあえず、もっかい寝ていい?」
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「ん、おやすみー」
重たい頭を枕に沈めながら調査早々、女の幽霊に取り付かれたロアルドを見てアルノはどんな反応をするだろうかと考えた。
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