雪色の箱庭

葎月壱人

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地獄からの生還、まだ頑張れる

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「楽にしてるといい」
「あ、ありがとうございます」

緊張と作り笑いで顔が痛い。
思いがけず遭遇したベルガ領主に、何故か女と間違われ誘われるまま乗り込んだ馬車は今日一番の地獄だった。
頭のてっぺんからつま先まで舐め回す様な視線には気づかないふりをして、逃げるように窓の外を見ても同じ景色ばかり。
いつの間にかチュリも姿を見せなくなってしまったし、どうしたものかと思いあぐねていると馬車の走る音で誤魔化していた重苦しい沈黙をベルガが破った。

「我に会いに来たのだろう?……隠さずともよい」

いきなり何を言い出すのかと視線を戻せば、自信に満ちた瞳が待ち構えていた。
此方の困惑している反応を肯定と捉えたのか、その表情はとても満足そうで鳥肌が立つ。

(ど、どこから来るのその自信?)

思わず口をついて出そうになった本音を飲み込み、ロアルドは愛想笑いで誤魔化した。

「……友を探しに」
「友?」
「はい。領主様のお屋敷に召し上げられたと聞いて……あの子が行くなら私もと思い追いかけましたが馬車を見失ってしまい徒歩で向かっていました」
「そうか。その者の名はなんと申す?」
「チュリ」

チュリの名前を出してもベルガに変わった様子はなく、もう少し詰めてみるかと口を開きかけた時、外からのノックで馬車が停止している事に気がついた。

「ベルガ様。到着しました」
「あぁ」

ロアルドは打ち切られた会話を少しだけ残念に思いながらベルガに次いで馬車を降りた。

「「おかえりなさいませ」」

辺境伯の住まう屋敷は王都に鎮座する王城に劣らず豪勢な屋敷で、汚れひとつない石畳には1クラス分いるだろう侍従達が領主を出迎える為に整列しており、ベルガが一歩踏み出したと同時に全員が頭を垂れた。
完璧な出迎えの言葉にベルガは片手を上げる。

「ご苦労。不在中、何もなかったか」
「私から一件、ご報告申し上げます」

侍従の列から年配の執事長らしき人物が前に出ると、神妙な面持ちで屋敷の玄関口に目配せをする。
それが合図の様に並んでいた侍従が両脇に避けると鎖で繋がれ地面に座り込んでいる人物と鎧を身に纏った騎士の姿が見えた。

「………!!?」

ロアルドは、誰にも気づかれない様に息を呑む。
心臓が痛いくらい大きく跳ねた。
あの鎖に繋がれているのって……まさか。

「何事だ」

ベルガの問いに、騎士は敬礼をすると手にしていた鎖を引いて、捕らえた男を御前に引き摺り出す。

「はっ!昨日我らの領域に侵入を試みた不審者を捕えました!未だに名前も目的も吐きません」
「む?……その格好……」

訝しむベルガに、ロアルドの肝が冷える。
やーばい。これはまずい。今、まさに自分は捕らえられてるアルノと全く同じ軍服を着ている。
ここで脱いだら不具合を起こしている認識阻害効果も切れ、ベルガに性別も男だとバレてしまい状況的に詰む。

「領主様。怖い……」
「案ずることはないローア。此方のご令嬢を中に案内せよ。丁重にもてなせ」
「……」

ああああぁぁ、、アルノからの冷たい視線が死ぬ程痛い。

(待って!待って聞いて!?俺だって何でこうなってんのか分からないんだよーーー!!)

ロアルドの心の悲鳴が届く訳もなく、軽蔑された現状にがっくりしていると何処からともなくチュリがアルノの側に現れた。
チュリはロアルドに向けて親指を立てウインクするなり、ヒソヒソ話をする様にアルノの耳に何かを囁き始めた。
ロアルドには、二言三言やりとりをしたように見えた。
チュリの姿が俺以外にも見えるんだと感心しながら見守っていると再びアルノと視線が合った。
今度は醒めた瞳じゃなく、どこか呆れた様にも見えなくはないがロアルドの状況を理解してくれたみたいで安堵すると、チュリが傍に戻ってきた。

“ローア。伝言よ、影を使えって”

ロアルドが、こくりと小さく頷くのを見たチュリが誇らしそうにアルノに両手を振っている。
ひらひら手を振るチュリを全力無視するアルノを見ていると、控えめに服の袖を引かれた。

「あ、あの、ご案内します」

金髪ポニーテールの、メイド服を身に纏った少女がロアルドに礼をする。

「ありがとう」

よほど緊張していたのか、ロアルドの言葉に力強く頷くと屋敷の方へ踵を返す。
その後ろをついて行きながらアルノの方を見るが、アルノはもう此方を見てすらいなかった。

それにしても、うちのアルノを縄じゃなく鎖で縛りあげるなんて……
普段、何事にも動じない、屈しないアルノが跪く姿の良さに、うっかり鼻血が出そうになるのを堪えながら、ロアルドはアルノの横に控えている鎧の騎士を見た。

あいつ、やるな。
マジいい仕事する。グッジョブ。俺、今日まだ頑張れそう。

勝手に感謝しながら、当初の目的の通りに屋敷へと侵入を果たしたロアルドだった。
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