夫婦交換

山田森湖

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夫婦交換ボードゲーム

第3話「サイコロの目が教えたこと」

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第3話「サイコロの目が教えたこと」


 朝、目が覚めたとき、隣に妻じゃない女の人がいた。
 その現実を頭が理解するまで、しばらく時間がかかった。
 カーテンの隙間から差し込む光が、彼女の裸の肩を照らしている。
 その肌の色がやけに柔らかくて、現実感がなかった。

 昨夜、俺たちは“あのゲーム”をした。
 テーブルの上にサイコロが転がり、止まった目を見て、皆が黙った。
 6の目。
 それが意味するのは──「隣の妻と一晩を過ごす」。

 笑って冗談にできると思っていた。
 けれど、彼女──ユカさんが少しだけ視線を伏せて微笑んだとき、
 何かが崩れる音がした。

 「ほんとに……やるの?」
 彼女の問いかけに、俺はただうなずいた。
 その瞬間、ゲームはもう、遊びじゃなくなっていた。

 夜、二人きりになって、最初はお互いに笑っていた。
 「こんなの、バカみたいだよね」って。
 けど、ワインを一本空けたあたりから、空気が変わった。
 冗談の続きが見つからなくなって、沈黙だけが残った。
 その沈黙に耐えられず、俺は彼女の手に触れた。

 その指先が少し震えていた。
 「……ユウタくん、止めよう」
 そう言いながらも、彼女は手を離さなかった。

 気づけば唇が触れ、抱き寄せていた。
 背中にまわした腕の中で、彼女の体温が確かに震えていた。
 何度も名前を呼ばれて、何度も返した。
 その夜、サイコロの目が導いたのは、
 偶然なんかじゃなくて、きっとどこかにあった“欲”だったんだと思う。

 朝、ユカさんは黙ったまま服を着ていた。
 「これで終わりだよね」
 その言葉が、あまりに静かで、心に刺さった。
 俺も「うん」とだけ答えたけど、心の奥ではうそだとわかっていた。

 だって、彼女が髪を束ねる仕草を見た瞬間、
 また、あの夜の呼吸や声を思い出してしまったから。
 理性で消せるほど、軽い夜じゃなかった。

 リビングに戻ると、妻と彼女の夫──マコトさんが
 もう朝食の準備をしていた。
 四人でテーブルを囲んだその空気は、
 昨日までの穏やかな関係には戻っていなかった。
 笑顔の下に、なにかがひそんでいる。
 それぞれの目の奥に、別の夜の残り香がある。

 「楽しかったね、昨夜のゲーム」
 ユカさんの夫がそう言って笑った。
 彼女は一瞬だけ、俺を見た。
 その視線が短いのに、熱を持っていた。
 たった数秒で、心臓が痛いほど鳴った。

 俺たちは、また元の“夫婦”に戻ったはずだった。
 けれど、視線が交わるたびに、
 あの夜の記憶が息を吹き返す。
 手の感触、耳元の声、抱き寄せたときの重さ。

 「……ねぇ、今夜もボードゲームする?」
 妻のその提案に、
 誰よりも早く、ユカさんが俺を見た。

 笑顔の奥に、少しだけ、迷いがあった。
 そして俺の心にも──。
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