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昼休みの15分だけ、あなたに会える
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昼休みの15分だけ、あなたに会える
社食の隅にある、窓際の二人掛けのテーブル。
毎週火曜日の昼休み、私はそこに座ってあなたを待つ。
同じ部署ではないし、業務で直接関わることもほとんどない。けれど、いつからか自然と「火曜日の昼はここで会う」という習慣ができてしまった。
最初は偶然だった。混んでいる食堂で、同じタイミングで空いた席に座っただけ。二度目も三度目も偶然が続き、やがて私たちは「また会いましたね」と笑いながら、週に一度だけの逢瀬を重ねるようになった。
あなたは既婚者だ。左手の薬指の指輪が、それを静かに語っている。
私もそれを知っている。だから、話す内容は仕事やニュースのことばかりで、決して「好き」や「欲しい」なんて言葉は口にしない。
だけど、ふとした沈黙の間に視線が重なったとき、熱を帯びた空気が流れるのを、私は確かに感じてしまう。
その日も火曜日だった。
私の異動が決まった、最後の火曜日。
午前中の会議が長引いて、昼休みに遅れて社食に行くと、もうあなたは窓際に座っていた。
相変わらず姿勢よく箸を持ち、淡々と食事を進めている。けれど私を見つけると、少しだけ頬を緩めた。
「遅かったですね」
「会議が押しちゃって……。最後まで、やっぱりバタバタです」
「最後?」
あなたは眉をわずかに動かす。
私は深呼吸して、小さく告げた。
「来週から、違う部署に異動することになりました」
一瞬、時が止まったように感じた。
あなたの箸が宙に浮いたまま、動かない。
やがて、息を吐くようにあなたが言った。
「……来週も、ここに来てしまいそうだ」
その言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
あなたの家庭を壊すつもりなんてない。けれど、そんな風に思ってくれていたのだと知った瞬間、理性の壁が音を立てて揺らいだ。
昼休みの残りはあと十五分。
私たちはほとんど言葉を交わさず、ただ視線を重ねた。
やがて、あなたが立ち上がる。
「少し、歩きませんか」
社食を出て、人気のない非常階段に向かう。ドアを閉めると、ビルの低い振動音だけが耳に残った。
誰も来ない狭い踊り場。
あなたは私を壁際に追い込み、ためらいがちに唇を重ねた。
柔らかい、けれど確かな熱。
私は驚くほど素直にその口づけを受け入れていた。
「……ほんとは、もっと早く伝えるべきでした」
あなたの囁きが震えている。
理性が、罪悪感が、頭の中で何度も警告を鳴らす。
けれど、私の身体は正直だった。
スーツの上からでもわかるほど心臓が高鳴り、背中を伝う彼の手の温もりを、もっと欲しいと求めてしまう。
短い時間の中で、私たちはただ互いの存在を確かめ合った。
長く触れ合う余裕はなかったけれど、唇と指先の熱だけで十分だった。
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、私たちは急いで身だしなみを整える。
「……じゃあ」
あなたはそれ以上言わなかった。
私も言葉を飲み込んだ。
最後の火曜日。
終わってみれば、たった十五分の出来事。
それでも、私の胸には確かに残っている。あなたの熱と、あの呟きが。
――来週も、ここに来てしまいそうだ。
もし本当に、あなたが来てしまったなら。
その時私は、きっとまた、ここに座ってしまうのだろう。
社食の隅にある、窓際の二人掛けのテーブル。
毎週火曜日の昼休み、私はそこに座ってあなたを待つ。
同じ部署ではないし、業務で直接関わることもほとんどない。けれど、いつからか自然と「火曜日の昼はここで会う」という習慣ができてしまった。
最初は偶然だった。混んでいる食堂で、同じタイミングで空いた席に座っただけ。二度目も三度目も偶然が続き、やがて私たちは「また会いましたね」と笑いながら、週に一度だけの逢瀬を重ねるようになった。
あなたは既婚者だ。左手の薬指の指輪が、それを静かに語っている。
私もそれを知っている。だから、話す内容は仕事やニュースのことばかりで、決して「好き」や「欲しい」なんて言葉は口にしない。
だけど、ふとした沈黙の間に視線が重なったとき、熱を帯びた空気が流れるのを、私は確かに感じてしまう。
その日も火曜日だった。
私の異動が決まった、最後の火曜日。
午前中の会議が長引いて、昼休みに遅れて社食に行くと、もうあなたは窓際に座っていた。
相変わらず姿勢よく箸を持ち、淡々と食事を進めている。けれど私を見つけると、少しだけ頬を緩めた。
「遅かったですね」
「会議が押しちゃって……。最後まで、やっぱりバタバタです」
「最後?」
あなたは眉をわずかに動かす。
私は深呼吸して、小さく告げた。
「来週から、違う部署に異動することになりました」
一瞬、時が止まったように感じた。
あなたの箸が宙に浮いたまま、動かない。
やがて、息を吐くようにあなたが言った。
「……来週も、ここに来てしまいそうだ」
その言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
あなたの家庭を壊すつもりなんてない。けれど、そんな風に思ってくれていたのだと知った瞬間、理性の壁が音を立てて揺らいだ。
昼休みの残りはあと十五分。
私たちはほとんど言葉を交わさず、ただ視線を重ねた。
やがて、あなたが立ち上がる。
「少し、歩きませんか」
社食を出て、人気のない非常階段に向かう。ドアを閉めると、ビルの低い振動音だけが耳に残った。
誰も来ない狭い踊り場。
あなたは私を壁際に追い込み、ためらいがちに唇を重ねた。
柔らかい、けれど確かな熱。
私は驚くほど素直にその口づけを受け入れていた。
「……ほんとは、もっと早く伝えるべきでした」
あなたの囁きが震えている。
理性が、罪悪感が、頭の中で何度も警告を鳴らす。
けれど、私の身体は正直だった。
スーツの上からでもわかるほど心臓が高鳴り、背中を伝う彼の手の温もりを、もっと欲しいと求めてしまう。
短い時間の中で、私たちはただ互いの存在を確かめ合った。
長く触れ合う余裕はなかったけれど、唇と指先の熱だけで十分だった。
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、私たちは急いで身だしなみを整える。
「……じゃあ」
あなたはそれ以上言わなかった。
私も言葉を飲み込んだ。
最後の火曜日。
終わってみれば、たった十五分の出来事。
それでも、私の胸には確かに残っている。あなたの熱と、あの呟きが。
――来週も、ここに来てしまいそうだ。
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