森へ消えた悪役令嬢

ともえなこ

文字の大きさ
3 / 30

3

しおりを挟む
「ここが……あの夜の森」

グレイスの前に広がるのは鬱蒼とした木々が連なり、月明かりすら届かないほどに闇深き場所だった。

「本当に、こんな所を通るのですか……」

ケヴィンが恐る恐る足を進める。その声にグレイスはきゅっと唇を結び、一歩を踏み出す。

「他に逃げ道はないわ。まずは少しだけ奥に入り、隠れ場所を見つけましょう」

森の入り口には獣の気配や虫の鳴き声が絶えない。夜風が木の葉を揺らし、不気味なざわめきを起こしていた。

「グレイス様、こちらに小さな獣道らしきものが……」

ケヴィンの示すほうへ進むと、人ひとりが通れるかどうかの細い道が、木々の間に続いている。

「それにしても、都の兵士たちは本当にここまで追ってくるかしら?」

疑問をこぼすグレイスに、ケヴィンは低い声で答える。

「正直わかりません。しかし、お嬢様が王都の周辺にいると知れば、いずれ捜索の手が伸びるでしょう。今はできるだけ遠ざかるしかない」

グレイスは胸を押さえる。どれだけ逃げても、悪役令嬢として追われる立場に変わりはないのだろうか。胸が痛むが、このまま捕まれば事実無根の罪で罰せられる可能性すらある。

「ケヴィン。あなたは、無理をしないで。もし危険を感じたら、私を置いて逃げて」

「そんなこと……私にはできませんよ。お嬢様」

細い道をしばらく進むと、木の根元に空洞になった大木があった。そこは風除けになりそうだ。

「ここで少し休みましょう。夜が更ける前に何とか安全な場所を見つけたいけれど」

グレイスは大木に背を預け、漸く息をつく。心身ともに疲労が溜まっていたが、恐怖に身体が震える。

「こんな闇の中、私ひとりだったらきっと動けなかった。ケヴィン、本当にありがとう」

「お嬢様のためなら、何だってします」

優しい言葉が胸に沁みる。王太子からは冷たく拒絶されたが、まだこうして気遣ってくれる人がいるのだと思うと、少しだけ救われる気持ちがした。

「今はゆっくり休んでください。私が見張りをします。……もし何かあれば、すぐに起こしますね」

ケヴィンに言われ、グレイスは肩の力を抜いて瞼を閉じる。だが闇が深すぎて、すぐに心細くなる。

「ケヴィン……離れないで」

「はい。大丈夫ですよ」

仄かな月光が差し込んできても、森の深さは容易に覗かせない。外の世界から一歩遠ざかったような静寂に、かえってグレイスの心はざわついていた。

「私が『悪役令嬢』なんかであるはずがないのに……」

そっと声に出してみる。自分は確かに誇り高い公爵令嬢かもしれないが、誰かを故意に傷つけるような行為をした覚えはない。思い返せば、王太子に付きまとっていた貴婦人や令嬢たちからの羨望や嫉妬を感じることも多かった。もしかすると、それが大きな誤解を生んだのかもしれない。

「グレイス様、夜明けまでここで耐えれば、次の手段を考えましょう。どうか少しでも眠ってください」

「ええ……ありがとう」

静かに息をつくと、微かに吹く風がグレイスの頬を撫でた。暗闇に沈んだ森の入り口。ここはまだ序章に過ぎないと感じつつ、疲労が限界のグレイスは、うとうとと浅い眠りに落ちるしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

殿下、私以外の誰かを愛してください。

ハチワレ
恋愛
公爵令嬢ラブリーは、第一王子クロードを誰よりも愛していました。しかし、自分の愛が重すぎて殿下の負担になっている(と勘違いした)彼女は、愛する殿下を自由にするため、あえて「悪役令嬢」として振る舞い、円満に婚約破棄されるという前代未聞の計画を立てる。協力者として男爵令嬢ミリーを「ヒロイン役」に任命し、準備は整った。

婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの
恋愛
王国の第一王子クレイスから、衆人環視の中 で婚約破棄を言い渡されたローゼン侯爵令嬢ノエル。

処理中です...