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「ここが……あの夜の森」
グレイスの前に広がるのは鬱蒼とした木々が連なり、月明かりすら届かないほどに闇深き場所だった。
「本当に、こんな所を通るのですか……」
ケヴィンが恐る恐る足を進める。その声にグレイスはきゅっと唇を結び、一歩を踏み出す。
「他に逃げ道はないわ。まずは少しだけ奥に入り、隠れ場所を見つけましょう」
森の入り口には獣の気配や虫の鳴き声が絶えない。夜風が木の葉を揺らし、不気味なざわめきを起こしていた。
「グレイス様、こちらに小さな獣道らしきものが……」
ケヴィンの示すほうへ進むと、人ひとりが通れるかどうかの細い道が、木々の間に続いている。
「それにしても、都の兵士たちは本当にここまで追ってくるかしら?」
疑問をこぼすグレイスに、ケヴィンは低い声で答える。
「正直わかりません。しかし、お嬢様が王都の周辺にいると知れば、いずれ捜索の手が伸びるでしょう。今はできるだけ遠ざかるしかない」
グレイスは胸を押さえる。どれだけ逃げても、悪役令嬢として追われる立場に変わりはないのだろうか。胸が痛むが、このまま捕まれば事実無根の罪で罰せられる可能性すらある。
「ケヴィン。あなたは、無理をしないで。もし危険を感じたら、私を置いて逃げて」
「そんなこと……私にはできませんよ。お嬢様」
細い道をしばらく進むと、木の根元に空洞になった大木があった。そこは風除けになりそうだ。
「ここで少し休みましょう。夜が更ける前に何とか安全な場所を見つけたいけれど」
グレイスは大木に背を預け、漸く息をつく。心身ともに疲労が溜まっていたが、恐怖に身体が震える。
「こんな闇の中、私ひとりだったらきっと動けなかった。ケヴィン、本当にありがとう」
「お嬢様のためなら、何だってします」
優しい言葉が胸に沁みる。王太子からは冷たく拒絶されたが、まだこうして気遣ってくれる人がいるのだと思うと、少しだけ救われる気持ちがした。
「今はゆっくり休んでください。私が見張りをします。……もし何かあれば、すぐに起こしますね」
ケヴィンに言われ、グレイスは肩の力を抜いて瞼を閉じる。だが闇が深すぎて、すぐに心細くなる。
「ケヴィン……離れないで」
「はい。大丈夫ですよ」
仄かな月光が差し込んできても、森の深さは容易に覗かせない。外の世界から一歩遠ざかったような静寂に、かえってグレイスの心はざわついていた。
「私が『悪役令嬢』なんかであるはずがないのに……」
そっと声に出してみる。自分は確かに誇り高い公爵令嬢かもしれないが、誰かを故意に傷つけるような行為をした覚えはない。思い返せば、王太子に付きまとっていた貴婦人や令嬢たちからの羨望や嫉妬を感じることも多かった。もしかすると、それが大きな誤解を生んだのかもしれない。
「グレイス様、夜明けまでここで耐えれば、次の手段を考えましょう。どうか少しでも眠ってください」
「ええ……ありがとう」
静かに息をつくと、微かに吹く風がグレイスの頬を撫でた。暗闇に沈んだ森の入り口。ここはまだ序章に過ぎないと感じつつ、疲労が限界のグレイスは、うとうとと浅い眠りに落ちるしかなかった。
グレイスの前に広がるのは鬱蒼とした木々が連なり、月明かりすら届かないほどに闇深き場所だった。
「本当に、こんな所を通るのですか……」
ケヴィンが恐る恐る足を進める。その声にグレイスはきゅっと唇を結び、一歩を踏み出す。
「他に逃げ道はないわ。まずは少しだけ奥に入り、隠れ場所を見つけましょう」
森の入り口には獣の気配や虫の鳴き声が絶えない。夜風が木の葉を揺らし、不気味なざわめきを起こしていた。
「グレイス様、こちらに小さな獣道らしきものが……」
ケヴィンの示すほうへ進むと、人ひとりが通れるかどうかの細い道が、木々の間に続いている。
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グレイスは胸を押さえる。どれだけ逃げても、悪役令嬢として追われる立場に変わりはないのだろうか。胸が痛むが、このまま捕まれば事実無根の罪で罰せられる可能性すらある。
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グレイスは大木に背を預け、漸く息をつく。心身ともに疲労が溜まっていたが、恐怖に身体が震える。
「こんな闇の中、私ひとりだったらきっと動けなかった。ケヴィン、本当にありがとう」
「お嬢様のためなら、何だってします」
優しい言葉が胸に沁みる。王太子からは冷たく拒絶されたが、まだこうして気遣ってくれる人がいるのだと思うと、少しだけ救われる気持ちがした。
「今はゆっくり休んでください。私が見張りをします。……もし何かあれば、すぐに起こしますね」
ケヴィンに言われ、グレイスは肩の力を抜いて瞼を閉じる。だが闇が深すぎて、すぐに心細くなる。
「ケヴィン……離れないで」
「はい。大丈夫ですよ」
仄かな月光が差し込んできても、森の深さは容易に覗かせない。外の世界から一歩遠ざかったような静寂に、かえってグレイスの心はざわついていた。
「私が『悪役令嬢』なんかであるはずがないのに……」
そっと声に出してみる。自分は確かに誇り高い公爵令嬢かもしれないが、誰かを故意に傷つけるような行為をした覚えはない。思い返せば、王太子に付きまとっていた貴婦人や令嬢たちからの羨望や嫉妬を感じることも多かった。もしかすると、それが大きな誤解を生んだのかもしれない。
「グレイス様、夜明けまでここで耐えれば、次の手段を考えましょう。どうか少しでも眠ってください」
「ええ……ありがとう」
静かに息をつくと、微かに吹く風がグレイスの頬を撫でた。暗闇に沈んだ森の入り口。ここはまだ序章に過ぎないと感じつつ、疲労が限界のグレイスは、うとうとと浅い眠りに落ちるしかなかった。
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