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「聞きましたか? グレイス・エルメラルド様は突然姿を消されたとか」
王宮の廊下を行き交う貴婦人たちが、噂話に花を咲かせている。その中心には、一際美しいドレスを身にまとったソフィア・ブライトンの姿があった。
「ええ、当然。あの方、婚約破棄をされた後に何か悪事が露見して逃げたんじゃなくて?」
艶やかな黒髪を手で弄びながら、ソフィアは小さく笑う。まるで楽しんでいるかのようだ。
「でも、本当にグレイス様が悪事を働いた証拠はあるのかしら?」
周囲の貴婦人が問うと、ソフィアはわざとらしく口元を隠して囁く。
「決定的な証拠かどうかは存じませんけれど。少なくとも王太子殿下があれほど怒ってらしたのですから、よほどのことがあったのでしょう」
その場の雰囲気が一気に暗くなる。無実を証明する術もなく、グレイスが宮廷を追われたという事実だけが独り歩きしていた。
「いずれ殿下には、新たな婚約者が必要ですね。あのグレイス様の代わりを務める方がどなたか気になりますわ」
視線がソフィアへと向かう。彼女はわざと気づかないふりをして、廊下を歩き始めた。
「さあ、どうでしょう。でもライオネル殿下は、国の将来を背負うお方。お似合いの方を選ぶに違いありません」
軽い足取りで去っていくソフィア。その後ろ姿を見送る貴婦人たちの視線は、どこか期待を孕んでいた。
一方その頃、王太子ハロルドは自室で頭を抱えていた。机の上には、書類が山積みになっているが、集中できる気がしない。
「……グレイス」
小さく呟いた名。彼自身も、なぜあそこまで冷たく彼女を突き放したのか、明確な説明をしにくいまま日々を送っていた。
「殿下、失礼いたします」
近衛騎士の一人が姿を現し、王宮周辺の警護状況を報告する。グレイスの行方を捜すようにとの命令は出たが、いまだ見つからないという。
「そうか。見つからないか」
ハロルドは眉間にシワを寄せる。自分で婚約破棄を宣言しておきながら、心のどこかで彼女を探している――それが自分でも理解できない。
「グレイスがどこにいるか、まだわからないのか?」
「残念ながら。警戒区域も森の入り口まで捜索しましたが、手がかりはないそうです」
騎士が下がると同時に、ハロルドは重い息を吐く。宮廷内外で悪役令嬢として囁かれているグレイスだが、王太子として一度は未来を誓い合った相手でもある。その彼女がこうも忽然と消えてしまうと、胸の奥にざわめきを感じずにはいられない。
「婚約破棄して楽になるはずだった……それなのに何故、これほど心が落ち着かないのだ」
ハロルドは握りしめた拳をゆっくりと開く。思い返せば、グレイスはいつも自分の傍で笑顔を向けてくれていた。彼女がどんなに周囲から嫉妬を受けようとも、王太子である自分を支えることをやめなかったのだ。
「もし本当に、彼女が誰かの策略に巻き込まれたとしたら……?」
そう考え始めると、いてもたってもいられない気持ちが込み上げる。けれど、すでに宮廷全体がグレイスを疑っている空気の中、今さら自分が異議を唱えるのは難しい。
「……時期を見て、もう一度捜索を命じるしかない」
そう呟いたハロルドの表情には、どことなく迷いが浮かんでいた。宮廷ではソフィアを含む複数の令嬢が王太子妃の座を狙って動き始める。その渦中にありながら、彼の思考は行方知れずのグレイスへと向かい続けていた。
王宮の廊下を行き交う貴婦人たちが、噂話に花を咲かせている。その中心には、一際美しいドレスを身にまとったソフィア・ブライトンの姿があった。
「ええ、当然。あの方、婚約破棄をされた後に何か悪事が露見して逃げたんじゃなくて?」
艶やかな黒髪を手で弄びながら、ソフィアは小さく笑う。まるで楽しんでいるかのようだ。
「でも、本当にグレイス様が悪事を働いた証拠はあるのかしら?」
周囲の貴婦人が問うと、ソフィアはわざとらしく口元を隠して囁く。
「決定的な証拠かどうかは存じませんけれど。少なくとも王太子殿下があれほど怒ってらしたのですから、よほどのことがあったのでしょう」
その場の雰囲気が一気に暗くなる。無実を証明する術もなく、グレイスが宮廷を追われたという事実だけが独り歩きしていた。
「いずれ殿下には、新たな婚約者が必要ですね。あのグレイス様の代わりを務める方がどなたか気になりますわ」
視線がソフィアへと向かう。彼女はわざと気づかないふりをして、廊下を歩き始めた。
「さあ、どうでしょう。でもライオネル殿下は、国の将来を背負うお方。お似合いの方を選ぶに違いありません」
軽い足取りで去っていくソフィア。その後ろ姿を見送る貴婦人たちの視線は、どこか期待を孕んでいた。
一方その頃、王太子ハロルドは自室で頭を抱えていた。机の上には、書類が山積みになっているが、集中できる気がしない。
「……グレイス」
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「殿下、失礼いたします」
近衛騎士の一人が姿を現し、王宮周辺の警護状況を報告する。グレイスの行方を捜すようにとの命令は出たが、いまだ見つからないという。
「そうか。見つからないか」
ハロルドは眉間にシワを寄せる。自分で婚約破棄を宣言しておきながら、心のどこかで彼女を探している――それが自分でも理解できない。
「グレイスがどこにいるか、まだわからないのか?」
「残念ながら。警戒区域も森の入り口まで捜索しましたが、手がかりはないそうです」
騎士が下がると同時に、ハロルドは重い息を吐く。宮廷内外で悪役令嬢として囁かれているグレイスだが、王太子として一度は未来を誓い合った相手でもある。その彼女がこうも忽然と消えてしまうと、胸の奥にざわめきを感じずにはいられない。
「婚約破棄して楽になるはずだった……それなのに何故、これほど心が落ち着かないのだ」
ハロルドは握りしめた拳をゆっくりと開く。思い返せば、グレイスはいつも自分の傍で笑顔を向けてくれていた。彼女がどんなに周囲から嫉妬を受けようとも、王太子である自分を支えることをやめなかったのだ。
「もし本当に、彼女が誰かの策略に巻き込まれたとしたら……?」
そう考え始めると、いてもたってもいられない気持ちが込み上げる。けれど、すでに宮廷全体がグレイスを疑っている空気の中、今さら自分が異議を唱えるのは難しい。
「……時期を見て、もう一度捜索を命じるしかない」
そう呟いたハロルドの表情には、どことなく迷いが浮かんでいた。宮廷ではソフィアを含む複数の令嬢が王太子妃の座を狙って動き始める。その渦中にありながら、彼の思考は行方知れずのグレイスへと向かい続けていた。
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