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「イザーク、今日は少しだけ散歩に付き合っていただけないかしら」
朝の光が差し込む小屋の中で、グレイスはそう口にした。森での暮らしに落ち着いてきたとはいえ、彼女の心にはまだ何か重いものが残っている。
「ええ、もちろん。体はもう大丈夫なんですか」
「ええ、だいぶ良くなったわ。あなたにたくさん助けてもらったおかげよ」
そう微笑むグレイスの声には、どこか切なさが混じっていた。イザークはそれを察したのか、黙って扉を開き、グレイスの外出を促す。
「無理をしないでくださいね。今日は天気もいいですし、近くの泉まで行きましょう」
少し歩けば、森の合間から穏やかな日差しが降り注いだ。空気は少しひんやりとしているが、冬の気配はまだ遠い。静かな林道を並んで進むと、木の葉の擦れる音と小鳥のさえずりが優しく耳をくすぐる。
「なんだか不思議。王宮にいた頃は、こんな自然の音に耳を傾ける余裕なんてなかった」
グレイスは吐息まじりにそう呟く。王都の華やかさとはまるで違う森の景色。しかし、その静寂の中にこそ、人の心を癒す力があるのだと今はわかる。
「グレイス」
イザークが不意にグレイスの名を呼ぶ。その声音に、彼女は小さく肩を震わせた。
「あなたがまだ苦しそうに見えるのは、王太子のことを忘れられないからですか」
森の小道に足を止める。イザークの言葉は決して責めるものではなく、ただ事実を確かめようとする問いかけに感じられた。
「……忘れられないわ。あんな仕打ちを受けて傷ついたはずなのに、私、婚約破棄される前の思い出にすがってしまうの」
ぎゅっと胸元を押さえながら、グレイスは視線を落とす。ハロルドの冷たい眼差しと、それまでにあった数多の優しさ。どちらが本当の彼だったのか、答えを見いだせないでいる自分がもどかしかった。
「それは自然なことですよ。人の心はそんなに簡単に切り替えられない」
イザークは優しく微笑むと、グレイスの肩をそっと支える。
「でも、あなたの大切な時間を壊した人は、結局あなたを信じなかった。そこに未練を抱くのは苦しいでしょう」
その言葉に、グレイスは唇を噛みしめる。自分を信じてくれなかったという現実。それを突きつけられると、何度でも胸が痛む。
「……本当に信じてほしかったの」
「わかります。ですが、あなたはもう自由になった。まだ心が追いつかないかもしれないけれど、少なくともここには、あなたを尊重する人間がいます」
イザークがぎこちなく手を伸ばそうとするのを、グレイスは感じ取る。彼女はそっと目を伏せ、わずかに苦笑した。
「不思議ね。あなたが言うと、少し気持ちが楽になる」
「私でよければ、いつでも話を聞きます。過去を無理に切り捨てる必要はありませんが、あなた自身が前を向きたいときは、支えになりたい」
イザークの瞳には誠実さが宿っていた。グレイスはその瞳を見つめながら、小さく息をつく。まだハロルドへの未練を捨てきれない自分がいることを認めつつ、今そばにいてくれるイザークの存在をありがたく感じる。
「……泉まで、もう少し歩きましょう」
グレイスが提案すると、イザークは柔らかな笑みで頷いた。そのまま二人はまた歩を進める。森の奥からは、水のせせらぎがかすかに聞こえてきた。
きっと、この小さな歩みがグレイスの心を少しずつ前へ進めるのだろう。未練は残っていても、彼女の周りには、今確かに寄り添ってくれる人がいる。グレイスはそれを噛みしめるように、ゆっくりと木立の中を進んでいった。
朝の光が差し込む小屋の中で、グレイスはそう口にした。森での暮らしに落ち着いてきたとはいえ、彼女の心にはまだ何か重いものが残っている。
「ええ、もちろん。体はもう大丈夫なんですか」
「ええ、だいぶ良くなったわ。あなたにたくさん助けてもらったおかげよ」
そう微笑むグレイスの声には、どこか切なさが混じっていた。イザークはそれを察したのか、黙って扉を開き、グレイスの外出を促す。
「無理をしないでくださいね。今日は天気もいいですし、近くの泉まで行きましょう」
少し歩けば、森の合間から穏やかな日差しが降り注いだ。空気は少しひんやりとしているが、冬の気配はまだ遠い。静かな林道を並んで進むと、木の葉の擦れる音と小鳥のさえずりが優しく耳をくすぐる。
「なんだか不思議。王宮にいた頃は、こんな自然の音に耳を傾ける余裕なんてなかった」
グレイスは吐息まじりにそう呟く。王都の華やかさとはまるで違う森の景色。しかし、その静寂の中にこそ、人の心を癒す力があるのだと今はわかる。
「グレイス」
イザークが不意にグレイスの名を呼ぶ。その声音に、彼女は小さく肩を震わせた。
「あなたがまだ苦しそうに見えるのは、王太子のことを忘れられないからですか」
森の小道に足を止める。イザークの言葉は決して責めるものではなく、ただ事実を確かめようとする問いかけに感じられた。
「……忘れられないわ。あんな仕打ちを受けて傷ついたはずなのに、私、婚約破棄される前の思い出にすがってしまうの」
ぎゅっと胸元を押さえながら、グレイスは視線を落とす。ハロルドの冷たい眼差しと、それまでにあった数多の優しさ。どちらが本当の彼だったのか、答えを見いだせないでいる自分がもどかしかった。
「それは自然なことですよ。人の心はそんなに簡単に切り替えられない」
イザークは優しく微笑むと、グレイスの肩をそっと支える。
「でも、あなたの大切な時間を壊した人は、結局あなたを信じなかった。そこに未練を抱くのは苦しいでしょう」
その言葉に、グレイスは唇を噛みしめる。自分を信じてくれなかったという現実。それを突きつけられると、何度でも胸が痛む。
「……本当に信じてほしかったの」
「わかります。ですが、あなたはもう自由になった。まだ心が追いつかないかもしれないけれど、少なくともここには、あなたを尊重する人間がいます」
イザークがぎこちなく手を伸ばそうとするのを、グレイスは感じ取る。彼女はそっと目を伏せ、わずかに苦笑した。
「不思議ね。あなたが言うと、少し気持ちが楽になる」
「私でよければ、いつでも話を聞きます。過去を無理に切り捨てる必要はありませんが、あなた自身が前を向きたいときは、支えになりたい」
イザークの瞳には誠実さが宿っていた。グレイスはその瞳を見つめながら、小さく息をつく。まだハロルドへの未練を捨てきれない自分がいることを認めつつ、今そばにいてくれるイザークの存在をありがたく感じる。
「……泉まで、もう少し歩きましょう」
グレイスが提案すると、イザークは柔らかな笑みで頷いた。そのまま二人はまた歩を進める。森の奥からは、水のせせらぎがかすかに聞こえてきた。
きっと、この小さな歩みがグレイスの心を少しずつ前へ進めるのだろう。未練は残っていても、彼女の周りには、今確かに寄り添ってくれる人がいる。グレイスはそれを噛みしめるように、ゆっくりと木立の中を進んでいった。
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