森へ消えた悪役令嬢

ともえなこ

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「私はこのままでは終われないわ」

夜明け前、グレイスは小屋を出て森の外れを見渡していた。そばにはイザークとシャーロット。まだ薄暗い空に、一番星がかすかに残っている。

「お姉様、本当に行くのね」

シャーロットの声には、不安と期待が入り混じっていた。夜の森に逃げ込み傷つきながらも、再び王都へ戻ると決意した姉の表情は、どこか凛としている。

「ええ。悪役令嬢という汚名を晴らすためにも、私の口から直接、事の真相を話す必要があるわ」

グレイスは震える声を押し殺すように言う。かつて結婚を誓った王太子との仲がこじれて、こんな形で森に身を隠す羽目になった。それでも、誇りを取り戻すためには避けられない道だった。

「王都では、あなたを悪者に仕立て上げようとする陰謀がうごめいている。そこに戻るのは相当な覚悟が必要ですよ」

イザークが静かに言葉を添える。自らも王家の陰謀に翻弄され、結果として森へ逃れた身だ。王都の怖さを身をもって知っているからこそ、グレイスを案じている。

「わかっているわ。でも私には、これ以上逃げ続けるのはつらい。私は公爵家の令嬢として、何より自分の人生を取り戻すために戦いたいの」

グレイスの瞳に宿る決意は、イザークの心にも小さな火をともす。かつて失意の底に沈んだ自分が、今こうして誰かを支えようとしている。それはイザーク自身にとっても意義ある一歩だった。

「お姉様、私たちの従者を呼び戻して、全員で一緒に王都へ行きましょう。まずは公爵家へ戻って、あなたが無事であることを示さなくては」

シャーロットの提案に、グレイスは頷く。夜明けとともに森を発ち、公爵邸へ戻る。そこには父や母が待っているはずだ。たとえ宮廷内でどんな不穏な噂があろうと、まずは自分が生きていることを知らせなければ何も始まらない。

「イザーク、あなたは……」

グレイスが少し躊躇いながら口を開くと、イザークは微笑んで言う。

「あなたに呼ばれたとき、いつでも駆けつける用意があります。今すぐ同行するほうがいいなら、そのようにしますよ」

その言葉に、グレイスはほんの少しだけ目を潤ませる。けれど、今回の行動はまず公爵家の問題だ。イザークが王都に出向けば、彼自身の過去が再び暴かれる可能性がある。

「ありがとう。……でも、今は私たち姉妹だけで十分よ。公爵家と話をつけて、状況を整えてから、改めてあなたにお願いしたい」

「わかりました。私はここで待っています。あなたが戻ったら、いつでも力を貸します」

イザークは控えめに頭を下げる。その姿を見つめながら、グレイスはぎこちなく微笑んだ。どんなときも寄り添ってくれる彼がいるという事実。それだけで心の支えになる。

「それじゃあ、行きましょう、シャーロット」

「はい、お姉様」

姉妹はイザークの小屋を後にし、森の出口へと歩を進める。まだ薄い朝焼けの中、林を抜ける風が頬をかすめる。冷たいが、決意を新たにするには十分な刺激だった。

「さようなら、イザーク」

グレイスは振り返って小さく手を振る。その声にイザークが微笑み返したのを確認し、グレイスはしっかりと前を向く。長い逃亡から、ようやく堂々と立ち上がる自分。悪役令嬢の汚名を晴らすための戦いは、今まさに始まろうとしていた。
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