森へ消えた悪役令嬢

ともえなこ

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「グレイス、少し話をしたい」

裁きの場を後にしたグレイスが、王宮の廊下を歩いていると、ハロルドが後ろから駆け寄ってきた。先ほどの大広間では公の立場上、十分に話せなかったことがあるのだろう。

「殿下……」

グレイスは振り返るが、その表情はどこか切なげ。これまでの苦しみと痛みは、簡単に消えるものではない。それでも、ハロルドが自分のことをどう考えているのかは知りたいと思う気持ちが残っていた。

「一度、庭園で話をさせてくれないか」

ハロルドはそう言うと、グレイスを王宮の中庭へ案内する。そこはかつて二人がよく散歩をした思い出の場所。大きな噴水の周りを、色とりどりの花々が彩っている。

「なつかしいわね。私たち、よくここで将来のことを話していた」

「そうだな……。あの頃は、いずれ王妃とならんおまえと、この国を盛り立てていく未来があると信じていた」

ハロルドの声には後悔が滲む。二人で描いた夢が壊れた今、同じ場所を歩いても空虚さしか感じないのだろう。花の香りや噴水の音が、むしろ胸に痛みを残す。

「殿下が、私を信じてくれなかったのは……やっぱり、周囲の声が原因なのかしら。それとも、もともと私に何か落ち度があったの」

グレイスの問いは鋭いが、どこか震えが混ざる。もし最初から自分に原因があったなら、納得できるかもしれない。けれど、婚約破棄という苦しい決断をされるほどの罪を犯した覚えはないのだ。

「……違う。おまえには何の落ち度もなかった。おまえを愛しながらも、王太子としての重圧に耐えられず、周囲の噂に流されてしまった。私は弱かったのだ」

ハロルドの告白に、グレイスの胸はきゅっと締め付けられる。周りの視線や責任感に押し潰されそうになる恐怖は理解できる。しかし、それでも自分を信じてほしかった――その思いは拭えない。

「私が森へ逃げたとき、殿下は私を探してくれましたか」

静かな問い。ハロルドは苦い笑みを浮かべ、うなずく。

「探した。だが、すでにおまえの姿はどこにもなかった。護衛を出しても、情報は錯綜していたし、宮廷の中も混乱していて……結局、何もかもが後手に回ってしまった」

その後悔を聞いても、グレイスの心に染み渡るのは悲しみだけ。あまりに遅すぎたのだ。彼女がどんなに寒い森で傷ついていたか、ハロルドは知りもしない。

「もう遅いわ。殿下には殿下の事情があったのでしょう。私がどうしてもらいたかったかを、今さら責めるつもりはない」

グレイスは淡々と告げる。まるで精いっぱいの気丈さを保とうとしているように見えた。ハロルドは彼女の手を取ろうとするが、ためらってしまう。

「……おまえの傷を癒せるなら、どんなことだってしたい。だけど、おまえがもう戻る気がないなら、私はどうすればいいのか……」

言葉を失ったハロルドに、グレイスはかすかな笑みを返した。かつて愛した人だ。その苦悩をまったく無視することはできない。

「殿下は、王位を継ぐためにしっかりと国を治めてください。私は私の人生をもう一度やり直したいの。悪役令嬢ではなく、一人の人間として、自由に生きたい」

それがグレイスの答えだった。ハロルドの懺悔は遅すぎた。愛したはずの相手が、王家の重責を前に翻弄されてしまうことは仕方ないかもしれない。でも、心が壊れてしまったグレイスを再び結びつけることはできない。

「わかった。おまえの意思を尊重する」

ハロルドは諦めともつかない苦渋の表情でうなずく。夏の太陽が照りつける中庭、噴水の水音だけが淡々と響いていた。二人の関係は、これで完全に終わりを迎えたのだと悟る。

グレイスはハロルドに背を向け、静かに庭を出る。涙はもう枯れている。残るのは、切なさとわずかな解放感。彼女は自らの人生を取り戻すため、今度こそ本当に前を向いて歩き始める。
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