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第7話 カフカの宿命
しおりを挟む「なぜ、分かってくださらないのですか!」
フブカの悲痛な叫びが、ホールの喧騒に紛れて兄に届く。
周囲の貴族たちは、何事かと二人に注目し始めていた。
それに気づいたカフカは、フブカの腕をそっと引き、人目につきにくい柱の陰へと移動した。
「声を落とすんだ、フブカ。皆が見ている」
「見られても構いませんわ! それくらい、わたくしは怒っておりますのよ!」
フブカは、カフカの腕を振り払った。
その紫色の瞳には、怒りと共に、涙がうっすらと浮かんでいる。
「お兄様は、いつだってそうなのです。いつも穏やかで、誰にでも優しくて……けれど、一番大切な人の心からは、いつも一歩引いていらっしゃる」
「…………」
「リルティア様は、お兄様の婚約者なのですよ!? この国の、未来の王妃となるお方です! なぜ、たった一人の方を、特別に愛して差し上げることができないのですか!」
妹の真っ直ぐな言葉を受けて、カフカは初めて、その穏やかな笑みを消した。
そして、どこか遠くを見るような目で、静かに口を開いた。
「フブカ」
その声は、先ほどまでの彼とは違う、深く、そして少しだけ寂しさを帯びた響きを持っていた。
「国王になるべき者は、国民全てが家族のようなものなんだ。だから私は、誰にだって花を差し上げようと思っている」
「……!」
フブカは、息を呑んだ。
兄が口にしたのは、あまりにも大きく、そして孤独な理想だった。
「それは……それは理想論ですわ! そんな綺麗事では、一人の女性の心は掴めません! それに、国民すべてを愛するなどと……そんなこと、できるはずが……」
「……やらねばならないんだ」
カフカは、フブカの言葉を遮った。
「この国を背負う者として。それが、私に与えられた宿命だからだ」
その横顔は、まるで重い十字架を背負った聖人のように、悲壮な覚悟に満ちていた。
フブカは、もう何も言えなかった。
兄が言っているのは、ただの言い訳ではない。
彼が本気で、その茨の道を歩もうとしていることが、痛いほどに伝わってきたから。
「……リルティア様に、嫌われても、よろしいのですか?」
かろうじて、それだけを絞り出す。
カフカは、フブカの問いには答えなかった。
ただ、窓の外に広がる夜空を見つめ、誰にも聞こえないような声で、ぽつりと呟いた。
「……それでも、だ」
その声は、夜の闇に吸い込まれて消えていった。
フブカは、これ以上兄を責めることができなかった。
怒りは、いつの間にか深い悲しみに変わっていた。
こんなにも近くにいるのに、兄の心が、とても遠くにあるように感じられた。
「……お兄様の、馬鹿」
フブカはそう小さく呟くと、涙を見せまいと踵を返し、その場を走り去った。
一人残されたカフカは、誰にも見せることのなかった苦しげな表情を、一瞬だけ浮かべた。
そして、まるで自分に言い聞かせるかのように、固く拳を握りしめる。
その瞳に宿る光の本当の意味を、まだ誰も知らなかった。
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