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第8話 リルティアの覚悟
しおりを挟む王宮からの帰り道、公爵家の馬車の中は重い沈黙に包まれていた。
お父様もお母様も、私の落ち込んだ様子を察してか、何も話しかけてこない。
ガタガタと揺れる馬車の中で、私は窓の外を流れる夜景をぼんやりと眺めていた。
頭の中では、今夜起こった出来事が、繰り返し再生されている。
カフカ殿下の、甘い言葉と完璧なエスコート。
一瞬で恋に落ちてしまった、愚かな自分。
そして、彼が他の令嬢に見せた、私に対するものと寸分違わぬ優しさ。
バルコニーで流した、熱い涙。
「……」
思い出すだけで、胸の奥がまたチクチクと痛み出す。
その時、ふと、フブカ王女の優しい声と、ハンカチの柔らかな感触が蘇った。
『お兄様は、そういう方なのです。優しくて、誰にでも平等で……けれど、それが一番、人を傷つけるということを、分かっていらっしゃらない』
彼女も、兄であるカフカ殿下のことを、もどかしく思っているのかもしれない。
そして、私は思い至る。
そうだわ。
カフカ殿下は、ただの貴族の青年ではない。
このララフォート王国の、唯一の王太子なのだ。
いずれは国王となり、何百万という民の生活を背負って立つお方。
そんな方が、たった一人の女性に入れあげて、特別扱いをすることなど、許されるはずがない。
彼のあの態度は、誰にでも平等に接するという、公人としての立場からくるものなのだわ。
そう考えると、少しだけ、胸の痛みが和らぐような気がした。
私が個人的な感情で「嫉妬した」だの「悲しかった」だのと思うのは、あまりにも身勝手で、視野の狭い考え方だったのかもしれない。
「……わたくしが、間違っていたのね」
ぽつりと呟いた私に、隣に座っていたお母様が優しく肩を抱いてくれた。
「リルティア?」
「いいえ、お母様。何でもございませんわ」
私は、お母様に向かって、にっこりと微笑んでみせた。
そうだ。私は、ラジエル公爵家のリルティア。
そして、未来の王太子妃。いずれは、この国の王妃になる女。
ならば、彼の掲げる崇高な理想を、孤独な宿命を、一番近くで理解し、支えて差し上げるのが私の役目ではないだろうか。
個人的な嫉妬心などという、矮小な感情は捨てなければならない。
もっと大きな視点で、国と、民と、そして未来の王となる彼のことを考えなければ。
「……決めましたわ」
私は、窓ガラスに映る自分の顔を見つめて、強く拳を握った。
もう、泣かない。
もう、感傷に浸るのはおしまい。
私は、カフカ・ララフォート王太子殿下の婚約者として、彼を支える覚悟を決める。
それが、この私に与えられた運命なのだから。
そう決意したはずなのに、心の奥深くでは、まだ小さな棘がチクチクと痛むのを、私は気づかないふりをした。
「大丈夫。わたくしなら、できるわ」
自分自身にそう言い聞かせる。
けれど、その決意を乗せた馬車が、これから先に待つ更なる波乱へと向かっていることを、この時の私は、まだ知る由もなかった。
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