『クズ王太子の婚約者って私聞いてませんわ!』

ともえなこ

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フブカ王女の神業によって、暗殺者たちの襲撃を退けた私たち。

しかし、安堵する暇はなかった。

アナクシスが言っていた通り、この森そのものが、私たちを拒絶する巨大な罠だったのだ。

「お二人とも、足元に気を付けて。ここから先は、何が仕掛けられていてもおかしくありません」

レオノーラ様の警告に、私たちは緊張を新たにする。

彼女の言う通り、道はさらに険しくなり、巧妙な罠が次々と私たちの行く手を阻んだ。

地面に巧妙に隠された落とし穴。

木の蔓に偽装された、トリップワイヤー。それに触れれば、頭上から巨大な丸太が振り下ろされる仕組みだ。

木の幹に仕込まれた、毒針が飛び出す筒。

そのどれもが、侵入者の命を確実に奪うために、計算され尽くした殺意の塊だった。

「……!」

私が、足元の不自然な土の盛り上がりに気づかず、踏み出そうとした瞬間。

「リルティア様、お下がりください!」

レオノーラ様が、私の腕を強く引いて引き戻した。

そして、長い木の枝を拾うと、その土の部分を慎重につつく。

ガコン!

鈍い音と共に、私が踏み出そうとしていた場所の地面が、大きく口を開けた。

穴の底には、鋭く尖らせた杭が、まるで獣の牙のように無数に並んでいる。

ぞっとして、私の背筋が凍り付いた。

もし、レオノーラ様の警告がなければ、今頃私は……。

「ありがとうございます、レオノーラ様……」

「礼には及びません。ですが、どうか、一歩たりとも私から離れぬよう」

レオノーラ様は、元々王国の特殊部隊に所属していたらしく、罠の発見と解除にかけては、まさに専門家だった。

土の匂いや、風の流れ、僅かな痕跡から、次々と罠の在処を看破していく。

最初は、ただ怯えているだけだった私も、いつしか彼女の指示に従い、フブカ王女と協力して、罠を乗り越える手伝いをするようになっていた。

ロープを使って崖を降りたり、泥水の中を匍匐前進したり。

公爵令嬢として生きてきた人生では、想像もしたことのないような経験だった。

ドレスはとうに泥だらけになり、手や顔は擦り傷だらけ。

けれど、不思議と心は折れなかった。

困難を乗り越えるたびに、私たち三人の絆は、より一層、強く、固くなっていくのを感じた。

そして、数々の罠を越えた、その先。

不意に、森の霧が晴れた。

目の前に現れたのは、月明かりの下に不気味なシルエットを描く、古びた屋敷だった。

黒々とした石造りの壁は、おびただしい数の蔦に覆われ、窓ガラスはほとんどが割れて、虚ろな眼窩のように闇を覗かせている。

屋敷全体から、長年放置されたことによる退廃と、そして、この場所に渦巻く怨念のようなものが、濃密な気配となって漂っていた。

「……ヴァリエール子爵家の、旧屋敷」

レオノーラ様が、低く呟く。

ここに、本当に、カフカ殿下を救う手がかりがあるというのだろうか。

私たちは、顔を見合わせ、無言で頷き合う。

もう、後戻りはできない。

私は、覚悟を決め、錆びついて苔むした鉄の門に、そっと手をかけた。

ギィィィィィィ……。

まるで亡者の呻き声のような、耳障りな軋む音を立てて、旧屋敷への扉が、ゆっくりと開かれていった。
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