『クズ王太子の婚約者って私聞いてませんわ!』

ともえなこ

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ギィィ……という不気味な軋み音を最後に、旧屋敷の重い扉は沈黙した。

私たちの目の前に広がっていたのは、時が止まったかのような、静寂と闇の世界だった。

高い天井からは、蜘蛛の巣がレースのように垂れ下がり、壁に飾られていたであろう肖像画は、無残に引き裂かれて床に散らばっている。

埃と、黴と、そして、拭い去れないほどの濃密な哀しみの匂いが、屋敷全体に満ちていた。

「……ひどい」

フブカ王女が、思わずといった様子で呟く。

没落した貴族の末路。その現実が、私たちの目の前に広がっていた。

「油断しないでください。アナクシスの仲間が、まだ潜んでいるやもしれません」

レオノーラ様は剣の柄に手をかけ、鋭い視線で周囲を警戒している。

私たちは、三つのグループに分かれることはせず、常に行動を共にしながら、解毒薬の手がかりを探し始めた。

一階の広間、食堂、客間……。

どの部屋も、まるで嵐が過ぎ去ったかのように荒れ果て、家具は壊され、調度品は見る影もなかった。

「これでは、何も見つけられそうにありませんわね……」

私の弱音に、フブカ王女が力強く首を振った。

「諦めてはいけません、リルティア様。どこかに、必ず手がかりはあるはずです」

私たちは、二階へと続く大階段を上った。

寝室が並ぶ廊下を抜け、一番奥にあったのは、ひときわ大きく、そして重厚な扉だった。

「……書斎、でしょうか」

レオノーラ様が呟く。

扉を開けると、そこは無数の本が散乱する部屋だった。

床から天井まで届く本棚はなぎ倒され、貴重であろう書物が、開かれたまま無残に放置されている。

ここも、誰かが何かを探し回った跡のようだった。

「手分けして探しましょう。何か、ヴァリエール家の歴史や、薬に関する記述があるやもしれません」

レオノーラ様の指示で、私たちは散らばった本を一つ一つ手に取り始めた。

しかし、ほとんどが難解な哲学書や歴史書ばかりで、薬学に関するものは見当たらない。

諦めかけた、その時だった。

なぎ倒された巨大な机の下に、何か革張りの本が落ちているのが、私の目に留まった。

他の本とは違い、誰にも見つからないようにと、意図的に隠されたかのように。

「……これは?」

手を伸ばし、その本を拾い上げる。

ずしりと重いその本の表紙には、埃に紛れて、金文字で名前が記されていた。

『アウグスト・ヴァリエール』

「……アナクシス嬢の、お祖父様の名前ですわ」

私の言葉に、フブカ王女とレオノーラ様が駆け寄ってくる。

これは、ただの書物ではない。

日記だ。

ごくり、と喉を鳴らし、私は震える指で、その古い日記の最初のページを、ゆっくりとめくった。
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