『クズ王太子の婚約者って私聞いてませんわ!』

ともえなこ

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日記の最初のページは、インクが滲むほどの力強い筆跡で、ラジエル家への呪詛の言葉が書き連ねられていた。

『ラジエル……! あの憎き一族め! 奴らの讒言さえなければ、我がヴァリエール家が、このような屈辱を味わうことはなかったというのに!』

アナクシス嬢が言っていた通りだった。

彼女は、この祖父の嘆きを、そのまま信じ込んで育ったのだろう。

「やはり、ラジエル家への恨みが……」

レオノーラ様が低く呟く。

私は、唇を噛み締めながら、ページをめくり続けた。

何年も、何年も、日記はラジエル家への恨みと、一族の没落を嘆く言葉で埋め尽くされていた。

しかし、数年が過ぎた頃から、日記の様子が少しずつ変わり始めた。

『奇妙だ。ラジエル家の動きを探らせているが、奴らが我が家の領地を奪って私腹を肥やしているという事実が見えてこない。むしろ、奴らもまた、何者かによって財政を圧迫されているかのような……』

アウグスト氏は、ラジエル家への復讐を誓いながらも、その裏で、冷静に状況を分析し始めていたのだ。

そして、あるページで、私たちは驚くべき記述を発見した。

『まさか……。あの男だったというのか。我がヴァリエール家と、そしてラジエル家をも陥れようとした、本当の黒幕は……!』

その名前を見て、私たちは息を呑んだ。

『宰相、オルデンブルク』

当時の国王の側近として、絶大な権力を誇っていた男。

「そんな……」

「オルデンブルク宰相は、確か……病で急死したと記録に残っています」

レオノーラ様の言葉に、フブカ王女が頷く。

「ええ。あまりにも突然の死だったため、当時は様々な憶測が飛び交ったと聞いていますわ」

日記は続く。

アウグスト氏は、オルデンブルク宰相が両家を争わせ、その混乱に乗じて利権を奪おうとしていたという確証を掴んだ。

しかし、その真実を国王に訴え出る直前、オルデンブルク宰相は謎の死を遂げ、真相は闇に葬られた。

力を失ったヴァリエール家には、もはや何もできず、ただ、最初に植え付けられたラジエル家への憎しみだけが、歪んだ形で子孫へと受け継がれてしまったのだ。

「なんて、悲しいすれ違いなの……」

アナクシス嬢は、この真実を知らないまま、復讐にその身を捧げてしまったのだ。

私たちは、言葉もなく、日記の最後のページをめくった。

そこには、もはや乱れることのない、静かな筆跡で、こう記されていた。

『我が一族に古くから伝わる、禁断の秘薬。人を死に至らしめる『夜陰の毒』。そして、その唯一の解毒薬の精製法を、ここに記す。万が一、この知識が悪用され、王家を揺るがすことがあれば、我が血を引く者は、命に代えてもそれを阻止せよ』

そこには、驚くほど詳細な解毒薬の精製法が書かれていた。

だが、その最後の一文に、私たちは目を見開いた。

『ただし、この薬を完成させるには、古来よりこの屋敷に眠る『月の雫』が、どうしても必要となる。それは、月光が最も満ちる場所に……』

日記は、そこで途切れていた。

まるで、誰かに書き記すのを邪魔されたかのように。

「月の、雫……」

私たちは、顔を見合わせた。

解毒薬は、作れる。

でも、そのためには、その『月の雫』なるものを、この不気味な屋敷の中から、見つけ出さなければならないのだ。
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