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後日譚3
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「これからは敬語でなくともいいぞ」
庭の椿を眺めながら並んで火鉢に当たっている時に、ふと章継の口からそのような言葉が漏れた。
「はあ」
特に意識していたわけではないが、そう言われてみればずっと敬語で通している。
「もっと気楽にしてくれ」
「自分では十分気楽なつもりなんですが」
初音が頭を傾けながら答えると、章継は手の内の茶碗から茶をひと口すすって、「そうか?」と尋ねる。
何か含みがあると思われるのは本意ではない。
「そうです。……私、よそよそしいですか?」
「いや、そういうわけではないが、正式に夫婦となったのだからと」
期待を込めたまなざしに、初音はううんと首をひねる。
「御前様だって敬語ですけど」
「それはそうだが……」
義理の母である藤御前《ふじごぜん》は、大殿と連れ添ってもう二十年近いそうだが、今でも大殿に敬語を使っている。実家の母も、父に対しては丁寧な言葉づかいをしていたから、初音の中ではそういうものだと思いこんでいた。
城主である夫相手にあまりくだけた態度で接するのも気が引けて今まで敬語で接してきたが、もしかしてそれが不満なのだろうか。
「敬語、やめたほうがいいですか?」
「できれば」
「では、そうします」
早速敬語で答えてしまった。この先は心してくだけた言葉遣いを使わなければ。
「えっと……お茶のお代わりは?」
「もらおう」
やめると決めたはいいが、その後の会話が続かない。さっきまでは執務がどうだとか庭に霜が張ったとかいくらでも話があったのに、今は一問一答状態だ。言葉を口から出す前に一度精査しなくてはいけないという手間が、初音の口を重くさせている。
「なかなか難しいみたいだな」
「ええ、そう……ね?」
そうですね、と言いかけた言葉尻を呑み込む。自然な会話ができるようになるまでにはまだ遠そうだ。
「ゆっくり慣れていこう」
細めた目で見つめられ、小さくうなずいた。
もどかしいのは、うまく話し方を変えられないことだけではない。
もしかしたら、自分の想いが伝わっていないからなのではないか。
そう思うと、いてもたってもいられなかった。
頭の中で考えをまとめながら、一言ずつ言葉にする。
「ただ、くだけた言葉で話さなくても、私は、……」
一瞬止まってしまってからも、章継は先をせかさず初音の進度を待ってくれた。
「……殿を、お慕いしてしま……好きっていう気持ちなのは変わらない、から」
たどたどしく言い切ると同時に、強く身体が引き寄せられる。
気づけば、章継の胸に頬をつけていた。触れた場所からとくとくと一定の脈動が伝わってくる。
とびきり恥ずかしいことを言ってしまったので、顔が見えないことがありがたい。
「そうか、俺のことが好きか」
しみじみとした声音で呟く声が耳に届き、首を持ち上げる。
「なんだか意外そうですね」
「お前はあまり、そういうことを口にしないだろう」
思わず口調が戻ってしまうが、今度は聞き逃された。
庭の椿を眺めながら並んで火鉢に当たっている時に、ふと章継の口からそのような言葉が漏れた。
「はあ」
特に意識していたわけではないが、そう言われてみればずっと敬語で通している。
「もっと気楽にしてくれ」
「自分では十分気楽なつもりなんですが」
初音が頭を傾けながら答えると、章継は手の内の茶碗から茶をひと口すすって、「そうか?」と尋ねる。
何か含みがあると思われるのは本意ではない。
「そうです。……私、よそよそしいですか?」
「いや、そういうわけではないが、正式に夫婦となったのだからと」
期待を込めたまなざしに、初音はううんと首をひねる。
「御前様だって敬語ですけど」
「それはそうだが……」
義理の母である藤御前《ふじごぜん》は、大殿と連れ添ってもう二十年近いそうだが、今でも大殿に敬語を使っている。実家の母も、父に対しては丁寧な言葉づかいをしていたから、初音の中ではそういうものだと思いこんでいた。
城主である夫相手にあまりくだけた態度で接するのも気が引けて今まで敬語で接してきたが、もしかしてそれが不満なのだろうか。
「敬語、やめたほうがいいですか?」
「できれば」
「では、そうします」
早速敬語で答えてしまった。この先は心してくだけた言葉遣いを使わなければ。
「えっと……お茶のお代わりは?」
「もらおう」
やめると決めたはいいが、その後の会話が続かない。さっきまでは執務がどうだとか庭に霜が張ったとかいくらでも話があったのに、今は一問一答状態だ。言葉を口から出す前に一度精査しなくてはいけないという手間が、初音の口を重くさせている。
「なかなか難しいみたいだな」
「ええ、そう……ね?」
そうですね、と言いかけた言葉尻を呑み込む。自然な会話ができるようになるまでにはまだ遠そうだ。
「ゆっくり慣れていこう」
細めた目で見つめられ、小さくうなずいた。
もどかしいのは、うまく話し方を変えられないことだけではない。
もしかしたら、自分の想いが伝わっていないからなのではないか。
そう思うと、いてもたってもいられなかった。
頭の中で考えをまとめながら、一言ずつ言葉にする。
「ただ、くだけた言葉で話さなくても、私は、……」
一瞬止まってしまってからも、章継は先をせかさず初音の進度を待ってくれた。
「……殿を、お慕いしてしま……好きっていう気持ちなのは変わらない、から」
たどたどしく言い切ると同時に、強く身体が引き寄せられる。
気づけば、章継の胸に頬をつけていた。触れた場所からとくとくと一定の脈動が伝わってくる。
とびきり恥ずかしいことを言ってしまったので、顔が見えないことがありがたい。
「そうか、俺のことが好きか」
しみじみとした声音で呟く声が耳に届き、首を持ち上げる。
「なんだか意外そうですね」
「お前はあまり、そういうことを口にしないだろう」
思わず口調が戻ってしまうが、今度は聞き逃された。
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