ハズレ合コン救世主〜理系男子の溺愛は不言実行

乃木ハルノ

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クリスマスイブよりも前に・その1

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日本大通り駅で電車から降りると、優樹は小走りに階段を上がっていった。
改札を出ると、辺りを見回す。人待ちをしている様子の数名の中、頭半分ほど高い彼の姿を見とめて小走りで近寄っていく。
「ゴメン、お待たせ!」
ぺこりと頭を下げると、彼は緩やかに口角を持ち上げた。
「時間通りだよ」
「でもユウキくん、もっと早かったでしょ」
約束の時間まではまだ数分あるのだけれど、どのくらい前に来ていたのだろう。
聞いてもきっと、教えてくれない気がする。
行こうか、という言葉に従って、そのまま出口に向かって歩き始める。地上に出るエスカレーターに乗る時、彼がスッと一歩下がって優樹に前を譲ってくれた。
(そういえば……今日は手、つながないんだ)
 エスカレーターの手すりにつかまりながら、優樹は考える。
合コン帰りのあの夜は驚くべき積極さで翻弄してきたのに。少し物足りなさを感じてしまう。あれはなにかの間違いだったのかもしれない。
(勝手に期待して勝手に落ち込んで、そんなの自分勝手だよね)
せっかく彼と一緒にいるのだから、余計なことは考えずに楽しもう。そう決めて前を向いた時、背後の彼が声をかけてくる。
「お腹減ってる?」
「そこそこ。一応お昼は早めに食べてきたんだ」
行き先は有名なパンケーキカフェだ。この地にできてから久しいが、優樹はまだ行ったことがない。
雑誌やSNSで定期的に見かけてずっと気になっていた場所だけれど、行く機会がなかった。
「店までちょっと歩くから、その間にお腹減ってくるといいな」
彼は地図も見ずに優樹を誘導してくれた。海風に吹かれながら十分ほど歩くと、じきに赤レンガ倉庫が見えてくる。イベントでスケートリンクが特設されていたが、人はまばらだった。
倉庫を横目に奥に進むと、開放的なガラス張りのデッキテラスが目に入る。
「ここかあ……」
店構えをまじまじと見つめていると、そっと背中を押された。
「寒いから、中に入ろ」
「そうだね、予約の時間もあるんだった」
一旦倉庫の中に入り、カフェの入り口まで回る。
店内は白を基調とした明るくナチュラルな雰囲気で、客のほとんどが女性同士かカップルだ。それも女性たちはみな服装やメイクが小綺麗で、かわいい子が多いという印象を受ける。
(キラキラした場所にはキラキラした女子が集まるんだなあ)
優樹がそんな感想を抱いているうちに、彼は店員に予約の旨を伝えていた。案内されたのは、窓際のソファ席だった。当然のように奥のソファを優樹に譲り、彼は向かいのチェアに腰掛ける。
席につくとメニューが渡される。文字だけのそれを、優樹は上から順になぞっていく。
「え、っと……?」
てっきりメインはパンケーキだと思っていたのに、プレートやサラダばかりが続き、困惑してしまう。見かねた彼が、パンケーキならここだと指先で示してくれた。
「ありがとう。ユウキくんもパンケーキ?」
「いや、俺は昼も兼ねてるからカレーかな」
オーダー後、落ち着いたところで優樹は正面に座る彼にちらりと視線を走らせた。この間会った時はスーツだったけれど、今日は淡いブルーのボタンダウンシャツに薄手のセーターを合わせている。
(そういえば、ユウキくんっていつも襟のある服着てる気がする)
Tシャツとかニットとかもっと楽な服があると思うのに、なにかこだわりでもあるのだろうか。優樹がそう尋ねると、彼はああ、と頭に手を当てた。
「別にない。けど、前に学生と間違われたことあって」
「あらー」
童顔とは違うけれど、スレたところのない雰囲気がそう思わせるのかもしれない。どこか納得して、優樹はふふっと笑い声をたてた。
「最近じゃないから。会社入って二、三年目くらいの時」
憮然とした表情で彼が言う。
「ゴメン、バカにしてるわけじゃなくて」
「わかってるけど、複雑」
「若く見られるのは嬉しくないんだ?」
女子的には若見えするのは喜ばしいことだから、その感覚がわからない。
「嬉しくない。未熟だって言われてるみたいで」
「そんなことないと思うけど」
「それでも、男としては頼りがいがあると思われたい」
まっすぐに向けられた視線に絡め取られそうだ。なにげない会話をしていたはずなのに、心の底まで見通されるようなまなざしに体温が上がりそうだった。
彼への気持ちを自覚しつつある優樹にとって、こういった思わせぶりな発言は心臓に悪い。一般論ではなく、自分自身に対して頼ってほしいと言われているような気がしてしまう。
まだデートは始まったばかりだというのに、優樹はすっかり浮ついていた。
友人たちから会って気持ちを見極めろ、なんて焚き付けられたが、自分の気持ちに関してはもう疑いようがない。これまで散々勘違いだと自分を押しとどめてきたのに、自覚してからは抑えようもないくらい彼に惹かれている。
(恋なんて、男なんてって思ってたのに)
過去の不幸な恋愛の相手と比較するのも申し訳ないくらい、彼はいい人だ。男としてというだけでなく、人間的に好ましい。こうして一緒にいられるだけで、胸の奥にじわりと幸福感があふれてくる。
優樹はパンケーキをフォークの先でつつきながら、カレーをスプーンに山盛りにした彼の顔を盗み見た。彼は伏目のまま口を開けて、大きめなスプーンをぱくりとくわえる。もぐもぐと咀嚼する様子がかわいらしい。
 じきに嚥下して、すぐに次のひと匙。食べっぷりのよさが気持ちいい。
(昔、いっぱい食べる君が好き、なんてCMがあったなあ)
そんなことを考えていると、食事に集中していたはずの彼が急に視線を上げた。
「ん?」
「あ、えっと……」
彼の視線がなに? と問っていて、焦ってしまう。
「えっと、おいしそうに食べるなあって思って。ゴメン、見られてたら食べにくいよね」
どうにか差し支えのない部分だけを伝える。実際、半分は彼の顔に見とれていたのだけれど、そこは悟られてはいけない。
「食べかけだけど、いる?」
じっと見つめていた理由を、彼は食べたいからだと解釈したらしい。安堵しながら、この前も同じようなことがあったな、と思い出す。合コンの後立ち寄ったラウンジで、確かあの時はカツサンドを食べていたはずだ。
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