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五月雨と秋雨の間⑶
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7月中旬になった。梅雨明けが宣言され、晴れて暑い日が続いていた。梅雨の間は、「鳥羽くんが私に振られた」という、非常にくだらない、しかも事実にかすりもしない噂が学年中を飛び交ったけど、この頃にはすっかり収まっていた。また、私の、藤森さんのことをもっと知りたいという気持ちも、いつの間にか薄れつつあった。
しかし、期末試験が終わったある日、塾に行くと教室の最後列の席に大柄な女子が座っていた。もしや、と前に回って顔を見てみたら藤森さんだった。
「あ、清水さんが来た!」
藤森さんは満面の笑みを浮かべた。
「どうしてここにいるの?」
藤森さんは頭をかきながら言った。
「いや、中学受験が終わったタイミングで塾を辞めてたんだけど、いまいち授業についていけてなくて。それでお母さんに相談したら、また塾に行かせてくれることになったんだ。この塾にしたのは私から話して、三条さんや清水さんのいるZ塾がいい、って。」
なるほど、私やみっちゃんの通うこのZ塾は駅前にあり、藤森さんの家からも通いやすい。
「ね、ここの塾って席は自由なの?」
「うん、黒板が見えにくい子は優先的に前に座れる、ってルールはあるけど、それ以外は自由だよ。」
藤森さんはニコニコしながら言った。
「私、視力2.0なんだ。隣同士で座ろうよ!」
私はメガネをかけているので、一番後ろの席でも問題はない。しかし、普段から前から2~3列目に座っているのに、今日に限って一番後ろに座るとどう思われるだろう。しかも、いつも隣にはみっちゃんが座っている。
悩んでいるうちにみっちゃんも教室に入ってきた。
「あ、藤森さん? 本当に来たんだ!」
「そうだよ。私、ここで清水さんの隣に座るから、三条さんはみっちゃんの前に座ればいいよ。」
「うん、じゃあ今日からそうするか!」
二人は私そっちのけで塾の席を決めてしまった。
「清水さん、早く早く!」
私は藤森さんの隣の席にカバンを置いた。そのうちに続々と他の子たちもやってきて、めいめいに席につき、その後時間になって先生がやってきた。
「今日は珍しく清水が一番後ろに座ってるな。黒板は見えるのか?」
先生が私に問いかけた。
「大丈夫です。」
「そうか、それで今日から隣にいる藤森が入ったから、藤森が分からないことは清水が教えてあげるように。」
「はい。」
ほどなくして英語の授業が始まった。先生が「不規則動詞活用表」をみんなに配る。
「前にも配ったけど、藤森が来たから改めて配るぞ。今は何に使うかよく分からないかもしれないけど、とにかく覚えろ。」
藤森さんは「不規則動詞活用表」を見ながら小声で尋ねた。
「この塾、そんなに英語進んでるの?」
「春休みのうちに結構やったんだよ。」
「私、ついていけるかなあ……」
「大丈夫、何とかなる。」
先生は表にある動詞を現在・過去・過去分詞の順にカタカナ読みし始めた。
「ブリング、ブロート、ブロート。ビルド、ビルト、ビルト。バイ、ボート、ボート。」
藤森さんは表にシャープペンシルで、そのカタカナ読みを書き写していた。
藤森さんが同じ塾に通い始めてから、私は彼女とよく話すようになった。話の内容は学校の先生のことや部活のこと、クラスメイトのことなどたわいもないことばかりだったけれど。ある日の会話の内容。
「あれから鳥羽とは気まずくないの?」
藤森さんが尋ねてきた。
「藤森さんまでまだそんなこと言うの?! あれは鳥羽くんの出任せなのに……そもそも鳥羽くんには告白されたことないし、だから私も鳥羽くんを振ったこともない。」
「あー、鳥羽ってそういう冗談を言うときあるよね。小学校のときも、『俺はいつも失恋してる』って。」
「何それ。」
「まあ実際、鳥羽って友達としてはいいけど、彼氏にする気はしないよね。」
彼氏、という言葉を耳にして、私は固まってしまった。小学校のときから、何とかちゃんは何とかくんのことが好き、みたいな噂は飛び交っていたけれど、私は全く興味がなかった。もちろん、自分も噂の主役にはならなかった。藤森さんはそういうのに興味がある、「向こう側」の人なのだろうか。
「そうだね……。」
私は何か言おうとして、言葉を探したが見つからなかった。
しかし、期末試験が終わったある日、塾に行くと教室の最後列の席に大柄な女子が座っていた。もしや、と前に回って顔を見てみたら藤森さんだった。
「あ、清水さんが来た!」
藤森さんは満面の笑みを浮かべた。
「どうしてここにいるの?」
藤森さんは頭をかきながら言った。
「いや、中学受験が終わったタイミングで塾を辞めてたんだけど、いまいち授業についていけてなくて。それでお母さんに相談したら、また塾に行かせてくれることになったんだ。この塾にしたのは私から話して、三条さんや清水さんのいるZ塾がいい、って。」
なるほど、私やみっちゃんの通うこのZ塾は駅前にあり、藤森さんの家からも通いやすい。
「ね、ここの塾って席は自由なの?」
「うん、黒板が見えにくい子は優先的に前に座れる、ってルールはあるけど、それ以外は自由だよ。」
藤森さんはニコニコしながら言った。
「私、視力2.0なんだ。隣同士で座ろうよ!」
私はメガネをかけているので、一番後ろの席でも問題はない。しかし、普段から前から2~3列目に座っているのに、今日に限って一番後ろに座るとどう思われるだろう。しかも、いつも隣にはみっちゃんが座っている。
悩んでいるうちにみっちゃんも教室に入ってきた。
「あ、藤森さん? 本当に来たんだ!」
「そうだよ。私、ここで清水さんの隣に座るから、三条さんはみっちゃんの前に座ればいいよ。」
「うん、じゃあ今日からそうするか!」
二人は私そっちのけで塾の席を決めてしまった。
「清水さん、早く早く!」
私は藤森さんの隣の席にカバンを置いた。そのうちに続々と他の子たちもやってきて、めいめいに席につき、その後時間になって先生がやってきた。
「今日は珍しく清水が一番後ろに座ってるな。黒板は見えるのか?」
先生が私に問いかけた。
「大丈夫です。」
「そうか、それで今日から隣にいる藤森が入ったから、藤森が分からないことは清水が教えてあげるように。」
「はい。」
ほどなくして英語の授業が始まった。先生が「不規則動詞活用表」をみんなに配る。
「前にも配ったけど、藤森が来たから改めて配るぞ。今は何に使うかよく分からないかもしれないけど、とにかく覚えろ。」
藤森さんは「不規則動詞活用表」を見ながら小声で尋ねた。
「この塾、そんなに英語進んでるの?」
「春休みのうちに結構やったんだよ。」
「私、ついていけるかなあ……」
「大丈夫、何とかなる。」
先生は表にある動詞を現在・過去・過去分詞の順にカタカナ読みし始めた。
「ブリング、ブロート、ブロート。ビルド、ビルト、ビルト。バイ、ボート、ボート。」
藤森さんは表にシャープペンシルで、そのカタカナ読みを書き写していた。
藤森さんが同じ塾に通い始めてから、私は彼女とよく話すようになった。話の内容は学校の先生のことや部活のこと、クラスメイトのことなどたわいもないことばかりだったけれど。ある日の会話の内容。
「あれから鳥羽とは気まずくないの?」
藤森さんが尋ねてきた。
「藤森さんまでまだそんなこと言うの?! あれは鳥羽くんの出任せなのに……そもそも鳥羽くんには告白されたことないし、だから私も鳥羽くんを振ったこともない。」
「あー、鳥羽ってそういう冗談を言うときあるよね。小学校のときも、『俺はいつも失恋してる』って。」
「何それ。」
「まあ実際、鳥羽って友達としてはいいけど、彼氏にする気はしないよね。」
彼氏、という言葉を耳にして、私は固まってしまった。小学校のときから、何とかちゃんは何とかくんのことが好き、みたいな噂は飛び交っていたけれど、私は全く興味がなかった。もちろん、自分も噂の主役にはならなかった。藤森さんはそういうのに興味がある、「向こう側」の人なのだろうか。
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