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任務1
(少女の話)
しおりを挟む白い髪に、真っ赤な瞳。痩せっぽっちな私たちは双子の姉妹でした。
私たちは長い間、石の壁に囲まれた狭い部屋の石の床の上で過ごしました。冷たくて固い石は寒い時期が辛くて、いつも体中が痛くなっていました。
そんな私たちの部屋から、定期的に私たちは連れ出されました。ひとつは教育のため、そしてもうひとつは目的のわからない拷問……虐待のためです。
拷問の時はどちらかひとりだけが連れ出され、教育者のところへ連れて行かれる時はふたり揃っての外出になるので、ふたりで部屋を出る日はほっとしたものです。
私たちの教育者の方はとても優しい神父様でした。母も父もいない私たちが父と呼べるお方です。
丁度、この頃に私たちは互いを”ハリス”と呼び合うようになりました。言葉を覚えて名前が欲しくなったのです。それを神父様に話すととても喜んでくれて、褒めてくださいました。嬉しかったなあ……。
言葉から学問、道徳まで優しく丁寧に教えて下さった神父様ですが、私たちの身を案じるあまり、私たちを生かし、監禁し、虐待する人たちに殺されてしまいました。神父様が殺されたことは、もう少し後になってから私たちは知ります。
それからは拷問以外に連れ出されることはなく、ただただ凄く痛いことをされる日々です。頻度も随分と増えていたように思います。
人を痛めつけるためだけに作られた器具が並ぶ部屋で、ひやりと冷たい鎖で雁字搦めにされて、切りつけられたり、火傷を負わされたりするのです。けれど私たち姉妹につけられた傷や痣は、よほど致命的なものでない限りすぐに回復しました。浅い傷に限っては瞬時にです。だから、回数を重ねるごとにその行為はどんどん残虐になっていきました。切りつけるのではなく、刺してみたり、切断したり。火で炙ってみたり、湯だつ大釜に沈められたり。頭蓋骨が粉砕し、脳が見えるほど頭を殴られたり。
どうしてそのようなことをされるのか、わかりません。どうしてそのようなことをする人たちに生かされているのかもわかりません。どうしてそのような場所にいるのかも、何もわからない。そもそも、私たちがどうして生きているのかもわからないのです。誰から生まれたのか、一体自分たちは誰なのか、何なのかもわかりません。それは神父様ですら教えてくださりませんでした。
そんな私たちの生活が一変することが起きました。
いつものように私たちに食事を運んできた人に、私が尋ねました。
「次はいつ神父様にお会いできますか?」
するとその人はいつのも調子のまま、こう言ったのです。
「あぁ、あの神父なら死んだよ。俺たちが殺したんだ」
その瞬間。私は。
――殺そう。目の前にいるこの人も、コレの仲間のアレも。殺ソウ。
私たちは生と死について学びましたが、今でもあまり理解出来ていません。ただ、死んでしまった人が二度と言葉を話さないこと、動かないことは理解していました。冷たくなって、土に還って姿形がなくなることも。死んでしまったら、もう二度とその人に会えない。それだけはわかっていました。
神父様にはもう、二度と会えない。それを知った瞬間、私の意識は遠のいてぷつりと切れました。
気が付くと私は木陰で眠っていました。気持ちのいい風が頬を撫でる、そんな日です。隣ではハリスが寝息を立てていました。
目が覚めてからは、すぐ隣にハリスがいることに安心したり、ハリスの頬を撫でようとした自分の手が黒いことに驚いたり忙しかったことを覚えています。
私の手は血が固まって黒く汚れていたのですが、それがどうしてなのか理解出来ませんでした。ハリスが目を覚まし、私にそれを教えてくれるまでは。
ハリスが言うには、私は私たちを監禁し虐待していた人たちを惨たらしく皆殺しにしたようです。はっきりとした記憶はないのですが途切れとぎれ、何かそのような記憶の断片はあります。
例えば、骨を粉砕した時の音や感触。皮膚の下にある肉の色や、腸の温度や臭いとか。
だからハリスに詳細を聞きながら、妙に納得していました。あぁ、そうか私があの人たちを殺したんだなあって。全部終わったんだなあって。
それからは神父様に教わった生きる術に従って、仕事をして稼いで生きることにしました。そして見つけた仕事がオルストル家での召使です。何もかもが初めての経験でしたが、旦那様も奥様も優しいお方でしたので私たちは少しずつ仕事を覚え、こなすようになっていきました。何でもない平和な日々はとても幸せでした。ベッドの柔らかさや温かさ。まともな食事。本当に幸せでしたが、それはある夜を最後に崩れ去ります。
旦那様が深夜にハリスを連れ出したのです。何があったのか、その時ハリスは話してくれませんでしたが、これから先もきっとコレが続くと思う、と虚ろな目でそれだけ教えてくれました。それが奥様に知れるとどうなるかわからない、とも言っていました。
夜、ハリスと旦那様が何処かに出かける日が続きました。そしてそれを奥様が知った日から、私たちは屋敷の外にある掃除道具小屋に住むことになりました。
「これからは小屋で寝起きしなくちゃいけないの。ごめんね、ごめんね」
「どうして謝るの?」
「わたしのせいだから」
この時も、何があったのか私は知らないままです。何度ハリスに問い詰めても、最後までハリスは答えてくれませんでした。
また夏は暑く冬は寒い場所での生活になりました。それと同時に、奥様やお嬢様、お坊ちゃまは私たちと目も合わせてくれなくなりました。後に知ったことですが、ハリスに至っては奥様から殴られたりしていたようです。今までよくして下さっていた他の召使の方々も私たちに冷たく、そしていつの間にか手をあげるようになりました。元凶である旦那様は知らない顔をしていて、奥様に隠れて時々ハリスを連れ出していました。
そんな日々が半年程続き、昨夜、ハリスが死にました。
少し前に、ハリスは脚の間から血を流して小屋に帰ってきました。朝方の、露が煌く時間帯でした。痛みでまともに歩けないようでした。私から見えないように体を丸めて脚の間で何かをするハリスをそっと覗き込むと、ハリスは自分の膣から瓶の破片と牛糞をほじくり出しています。はじめ、牛糞は泥のように見えましたが臭いで察しがつきました。
誰にされたのかハリスに問うても、ハリスは私に何も教えてくれませんでした。だから私は怒りに染まる胸の中と頭をどうしたらいいのか悩みました。そうして悩んでる間にハリスは死んだのです。
死因は膣に牛糞を詰められ、その後に膣内で瓶を割られて感染症を起こしたせいだと思います。私たちは普通の殺り方では死にませんから、それしか考えられません。
ハリスを死に至らしめた原因はわかりました。なら次は誰がその原因を作ったかです。おおよその検討はついていましたので、日が昇ってから奥様のところへ行きました。
すると奥様はあっけらかんとハリスにした仕打ちを自慢げに語り、私に「お前もアレとよく似ているから気をつけるがいい。ああなりたくなければうちの旦那を誑かさないことだ」と言いました。その時の私は奥様の言っている意味をあまり理解出来ていませんでしたが、奥様のしたことによってハリスが死んだことが確定しました。次はどうして奥様がそんなことをしたのか、です。
その理由は旦那様にありました。
旦那様はハリスのカラダを弄んでいたようでした。奥様が言うには、一度や二度ではなく、何度も何度も、それはそれは深く深く愛し合っていたそうな。
でもハリスは旦那様との外出の後、楽しそうだったことは一度もありません。旦那様からの誘いが始まってから、寧ろハリスの瞳は濁っていきましたから。
「ハリスは旦那様のことなんて愛していなかった。愛しているなら笑顔が溢れるって神父様が。でもハリスは笑っていなかった。泣いていた」
理由や事情はどうあれ。
ハリスの死因は明確で、死因の理由は奥様で、その理由を作ったのは旦那様。
ハリスは何も悪いことなんてしていないのです。何も、していない。なのに。
――殺そう。生かす価値などない、人殺シノ罪人ヲ。
いつかのように、記憶が曖昧になることはありませんでした。私は私の意思で旦那様と奥様を殺しました。いけないことだとはわかっています。でも、抑えることができませんでした。旦那様も、奥様も、ハリスをいじめた召使の方たちも。
お嬢様とお坊ちゃまはハリスに危害をくわえていない、少なくとも私は認知していないので殺すつもりはありませんでしたが、両親の断末魔に呼ばれるように旦那様の寝室にいらしたおふたりは。
「ぼく……知ってた……ごめんなさい」
ごめんなさい。ごめんなさい。
泣きじゃくって、どうあやそうか戸惑っているうちにお坊ちゃまが一言「殺しておくれ」と言われました。旦那様と奥様と一緒がいいと。小さな子を殺す理由なんて見当たりません。でも、私が彼らの両親の命を屠ったのですから、彼らの願いを叶えることがせめてもの償いかと思い殺しました。
それから寝室のドアの横でぼんやりとしているところへあなたが来ました。
あなたから国軍という言葉を聞いて、少し先が見えました。大きな包丁で私が処刑される少し先が。
神父様も、私たち姉妹を虐待していた人たちも、この屋敷の人たちもみんな死んでしまったので、私以外ハリスを知る人がいないのです。
ハリスはとても綺麗で、でも可愛くて、優しくて、素晴らしい人でした。旦那様からの陵辱も、ハリスのことだから私の分まできっと。
そんな優しいハリスのことを、誰かに知っていて欲しかったのです。
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