ハニーブラッド

八六七

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任務1

呼び名-コーテルにて-

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 所々ネオンが切れている看板の洒落っ気のなさ、立てつけの悪い古びた木製ドア。それらと同じように店内も古びていて地味だ。薄暗くて、狭い。なのに埃っぽさや空気の淀みはない。
 見てくれはワケアリ者が集っていそうで陰気臭い、治安最悪ですよ感漂うコーテル。だがドアを開けるとその予想は華麗に裏切られ、華やかな店内に一瞬唖然とする。
 マスターの人柄が引き寄せる客たちは基本的には呑気で陽気な連中ばかりだ。賑やかで、下町の居酒屋と何ら変わりはない。ただ少し違うのは、仕事話の持ち込みがあるときは関係者以外入店禁止という闇業界ならではの鉄の掟が存在している。そういう日はドアに”小一時間程仕込中”の札がかかっており、施錠までされている。
 闇深い会合が終われば、いつも通りの営業に戻って賑やかになる。
 二面性を持ちながらも、あっけらかんとする雰囲気を長年壊さないこの店がエヴィは好きだった。

「マスター、毎度毎度悪いな」
「大丈夫だよ、今更。寧ろ四時時から他の連中のがあるから、悪いけどその時は一度散歩にでも出かけてもらわにゃいけないけどね」
「ほう。儲けてるなマスター」
「おかげさまでね」

 ”小一時間程仕込中”の札を片手に、マスターがカウンターの中へと戻る。
 白いブラウスに黒い蝶ネクタイ。優しげに垂れた目尻にはいつも笑顔の皺が寄っている。

「ところでエヴィ。ひとつ、聞きたいことがあるんだけどいいかな」

 カウンター席に座るエヴィのグラスにウィスキーを注ぎながら、マスターが小首を傾げる。からん、と氷の踊る音が静かな店内に響いた後、エヴィはひとつため息をついたあと、こくりと頷いて答えた。

「なに?」

 マスターが深い話に首を突っ込んでくることはない。答えられない、答えたくないようなことは決して聞いてこない。これもまた闇業界の鉄の掟であり、暗黙のルールだ。
 
「お前さん……ロリコンだったんだな。俺ちょっとびっくりしちゃったよ」

 マスターはエヴィの隣でホットミルクの入ったカップをただぼうっと見つめる白銀の髪の少女に目をやって、噴き出した。

「ちげえよ! んなわけねーだろ! これはアレだ。その……」
「新しい彼女じゃないの? え? ちが……ぶっ」

 言いながら笑いをこらえきれず、マスターは哄笑する。

「いやぁ、冗談だよ冗談。にしても可愛らしいお嬢さんじゃないか。隠し子?」
「それもちげえよ! 俺の歳でこんなでかい娘いたら俺もびっくりするわ」
「それもそうか! ハハハ! すまんねお嬢さん。くだらないおっさんの冗談かまして。お詫びにこれサービス」

 言いながらマスターがカウンター下から出したのは、綺麗な包紙の菓子が沢山入った皿だった。

「どれか一つにだけ毒が入ってるから気を付けてお食べ」

 マスターの冗談に、少女ははっとした顔になる。何か言いたげに口をもごもごさせるが、結局何も言わず、菓子を取ろうとした手を引っ込めてしまう。

「ハハハ! すまんすまん冗談だよ! 冗談!」

 ハハハと笑うマスターにエヴィがげんこつを落とし、ぎらりと睨む。

「コラ」
「すまんすまん。つい意地悪したくなっちゃって」

 ぺろりと舌を出し、マスターは悪びれるもなく、煙草、とだけ言い残してカウンター奥の扉の向こうへと姿を消した。
 お喋りなマスターが不在となり、店内はエヴィと少女のふたりきりになった。先日のオルストルの件の報酬の受け渡しのために”小一時間程仕込中”の札をぶら下げていたせいで、しばらく他の客は来そうもない。
 妙な静けさに包まれながら、エヴィはグラスを傾ける。

「毒なんざ入ってねーから食べな」

 皿に盛られた菓子を見つめる少女に、エヴィはそう声をかけた。すると少女は恐る恐る菓子を手に取り、包紙を解く。包紙の中から現れたのは花の形をしたチョコレートだった。

「んだよ、食わねえの?」

 包紙を解いたきりまた動かなくなった少女に痺れを切らしたエヴィは、少女の手からチョコレートを取って自分の口に放り込んだ。
 チョコレートを頬張るエヴィをしばし見つめたあと、少女はまた包紙を解きはじめた。その様子をウィスキーを呷りながら一瞥する。

「あのさ」
「なんでしょう」

 手元に視線を落とす少女。テーブルに膝をつき、エヴィはグラスを置く。

「なんか今更なんだけど、お前のことなんて呼んだらいいの?」
「私はハリスです」
「いやそれだとお前の片割れと同じ名前だから、なんていうかほら。こんがらがってくるわけよ」
「……じゃあ決めてください」
「はっ? 何をだよ」
「私の呼び方。名前。なんでもいいです」

 手元からちらとだけエヴィに視線を向け、少女はそっとチョコレートを口に含んだ。その瞬間、甘い……と少しだけ嬉しそうに口角をあげたようにエヴィには見えた。

「サイコガール・ハリス。どう?」
「それは嫌です」
「なんでもいいって」
「それは嫌です。悪口だと思います」
「めんどくせえな、もう」

 少しふくれっ面になった少女がなんだか可笑しくて、エヴィはくすりと笑う。
 ――名前か。何がいいだろう。こういうのは悩むよりも直感が大事だ。うん。
 三秒ほど悩んだ末、エヴィは得意げに提案した。

「ルナシア・ハリス! 人名っぽくてどうよ」
「る……ルナシア?」
「古い言葉で月の光って意味だ」

 少女の髪や白い肌がエヴィに月を連想させた。本当に思いつきだが、サイコガールに比べれば上出来だろう。

「それが嫌ならサイコガールな」

 反応の薄い少女にエヴィは低い声で脅すように言い、グラスに手を伸ばす。もう呼び名を考えることに飽きてしまった。

「私はルナシア・ハリス」
「よおっし決定! あとからやっぱヤダとかなしだから!」

 言いながらエヴィはくるりと椅子を回し、少女……ルナシアの方へと座り直す。グラスを持った手をルナシアへと伸ばす。

「新しい人生の始まりだ。ほら、お前もココア持て。乾杯だ」

 促され、ルナシアもエヴィと同じようにカップを手に取り彼に向き直る。
 エヴィは優しく微笑み、ルナシアのカップにグラスをそっと当てる。

「ココアじゃなくてホットミルクです」
「うるせーなどっちでも一緒だろ」


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