【完結】病弱令息は物語の悪役の次期公爵に溺愛される

月野アリス

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悪役の次期公爵

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 学園の一角にある高位貴族や王族のみが使用できる個室サロン。幾度となく利用した部屋だが、自分から誰かを誘ったことはなかった。もちろんそれは周知の事実で、だからこそ今向かいのソファに腰掛ける殿下はニヤニヤとこちらを見ている。からかいがいがあるとでも思われているんだろう。深緋の双眸が愉快そうに弧を描いている。

「それで、孤高の公爵令息殿が私をこんな個室に呼び立てた理由は何かな? 義務的な用事でしかサロンを使用しないお前が、私的な理由で誰かをサロンに誘うなんてことなかっただろう」
「殿下に相談事がございましてお呼びしました。お手数お掛けします」
「フッだから、そういう形式ばったことはいいんだ。で、お前はどんな立場の相談相手を求めてるんだ?」
「立場とは……?」

 殿下はあまり身分を気にしない人間だと思っていたが、やはり下のものからの相談事は良くなかっただろうか?

「王太子として相談に乗って欲しいのか、クラスメートなのか、幼なじみなのか、はたまた友達としてなのか。立場と関係性によってできるアドバイスも異なるだろう。」
「そういうものですか……。友達と呼べる者がいないもので気が付きませんでした」
「はぁ~悲しいなぁ、お前を友達と思っているヤツがここにいるというのになぁ」

 大袈裟に凹んだ様子を演じる殿下。シェルの言っていたことをここで私が口にしたら、どんな顔をするのだろうか。大声で笑ってからかうだろうか。

「殿下は私のことをそう思っていらっしゃらないでしょうが、私は……"親友"として相談するつもりですよ」

 少しの間沈黙が流れる。殿下は目をこれでもかと開き、ぽかんとあいた口元に手を持っていった。

「そうか……親友か。私もそう思っているぞ、レオン」
「……そうですか、なんでそう思ってくださっているか思い当たりませんが……光栄ですね」
「私は大切に思っていない人を相性では呼ばないよ、例え冗談だとしても」
「そうか……いや、なんだ、親友っていいものだな」
「親友なんだったら殿下呼びをやめてもいいんじゃないか?お前には特別にライと呼ぶことを許してるんだからさ」

 そういうのもありなのかもしれないな。呼称一つで親密になれる。特別な呼び方をされると幸せになれる。シェルが教えてくれたことだ。

「この間も言いましたが、愛称で呼ぶのはシェルただ一人です」
「愛称って……彼の名前は短すぎて愛称がないじゃないか」
「えぇ、だから長い愛称をつくりましたよ」
「ほんとにお前は……とことん面白い男だな」
「だからその……ラインハルトと……呼んでもいいですか」
「……! あぁ! もちろんだ! 敬語もなしだ! 今後お前が私に敬語を使ったら不敬罪だ!」
「ラインハルトさすがにそれは」
「冗談だ、よろしくな~レオン」

 ラインハルトは身を乗り出して握手を求めながら満面の笑みで聞いてきた。

「それで、レオンは何を親友に相談したいんだ?」
「あぁ、恋バナだ」
「ブハッ……! ハッハッハ! お前は親友になったら恋バナをしてくれるのか……! ひぃ~!! 傑作すぎる!!!」

 その後、足をばたつかせながら大笑いするラインハルトが落ち着くまで数分かかった。




「で、何があったんだ?」
「最近シェルの様子がおかしいんだ。可愛いことには変わりないんだが、いきなりこう、私の膝に向かいあわせで抱きついてぎゅっとしろと言ってきたり、料理を半分こにしてシェアしたいと言ったり……。可愛すぎるくらいに甘えてくる」
「惚気か? お前特になんとも思ってないだろそれ。ラッキーくらいにしか」
「そうなんだが、そんなふうに甘えられると何か不安にさせてるのかと思ってしまって……」
「お前が? あんなに溺愛してるのに?」
「それに、」
「それに?」

 いざ相談を始めれば、ラインハルトは茶化すことなく話を聞いてくれた。

「この間、絶対に人を殺してはダメだと言われた」
「突然だな」
「そう思うだろ? サスペンスを読んだとか何とかで人が殺されることが怖くなったと言っていたんだが……」
「普通その場合は、怖いからそばにいて! レオン様は殺されないでね! とかだよな……」
「ラインハルトもそう思よな……」

 2人してシェルの謎の言動に黙ってしまう。いくら怖くなったからと言って、殺人をしないように忠告するものなのだろうか?

「レオンが人を殺しそうな目でもしてたんじゃないか?」
「失礼だな、私にそんな目はできない」
「よくいう。シェル殿を下に見るような発言をしてるヤツらをみつけたらすぐに殺気を放つくせに」
「シェルを知らずに悪くいう奴らは人じゃないから殺人ではないだろ」
「あ~よーくわかった。そういうところだ。いいか~服を着てるやつは人間っていうんだ。殺しちゃいけません。覚えたか?」
「それくらいわかってますよ、冗談だ」

 とうてい王太子と公爵家嫡男の会話とは思えないような言葉が続く。親友になるとこんなふうに軽口を叩くことも出来るのか。意外と楽しいじゃないか。2人とも遮音の魔法が使えてよかった。

「十中八九そういうことなんじゃないか? 密かに殺気を放っていたのがバレてご機嫌取りされてるとか」
「そんな……! 私がシェルの前でそんな致命的なミスするはずがない!」

 結局その後も色々と考えてはみたものの、シェルに私が見せていない一面がバレたのではないかという説が一番説得力があった。

「でもほら、シェル殿は怖がるんじゃなくてお前を矯正しようとしてるってことだろ? 愛されてるじゃないか」
「そんな慰めは不要だ……」
「そう落ち込むな、大丈夫、親友だからお前の骨は残さず拾ってやるよ」
「そんな不穏な冗談やめてくれよ」
「ついでに私の息子に生まれ変わればいい。レオンちゃんにフリルとリボンがついた可愛らしい服を沢山着せてやろう」
「そっちの方が殺人小説なんかよりよっぽど怖いんだが」

 でもたしかに、ラインハルトの言う通りシェルに嫌われた訳ではなさそうなのが唯一の安心材料だ。様子に異変を感じたあとも、私に注がれる熱い眼差しは変わらない。

「そうだ、私からも内密に伝えたいことがあったんだが」
「なんだもったいぶって」
「シェル殿の病弱体質を治すことが出来るかもしれない」
「なんだって? 詳しく教えてくれ」

 ラインハルトの口から思いもよらぬ言葉が出てきて、私は柄にもなく身を乗り出してしまった。


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