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ハンナ、亡命を決意する
《1》
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∴☆∴☆∴
決心がつかないまま、一週間が過ぎたある日、衝撃的な事件が起こった。
夕食後、詩の朗読専門の侍従であるアルラに、一瞬で眠くなるような詩を読んでもらおうとした矢先にそれはやってきた。
突然ガチャガチャという金属の擦れ合う音が近づいてくると思ったら、
「ハンナ!ハンナはいるか!」
……昼夜を問わず腹の底から出しているであろうこの声は……お父様だわ。
辺りに深く響き渡る大声にさほど驚く様子もなく、アルラは詩集を静かに閉じると素早く部屋のすみに下がった。
「ハンナ」
勢いよく入り口のドアを開け放ったお父様に、私は慌てて身を正した。
「お父様……ご機嫌麗しゅう……」
「お前の望みを叶えてやったぞ」
「はい?……うわっ」
意味がわからず首をかしげた私の顔に、お父様は何かを押し付けてニヤリと笑った。
「見ろ」
……何?
顔から離してよく見ると、それは亜麻で作られた 画布を皺なく貼り付けた板だった。
しかも……なにこれ。
無意識に眉を寄せる私に、お父様が続けた。
「ルシーディア帝国の次期皇帝の肖像画だ。早馬を飛ばし一枚取り寄せたのだ」
……そうなの?でも私と一体何の関わりが……。
「お前の結婚相手だ」
「は?」
……嘘でしょ?!
「先日の話を忘れたのか。それはお前の結婚相手だ」
こ、この、ハゲてるデブがっ?!
ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って……!
確かあの時お父様は……。
『相手はルシーディア帝国の次期皇帝だ。出来るだけ早くこの婚姻を進める。いつでも出立出来るように心積もりをしておくがいい』
クラッと目眩がした。
まず、「すみませんけど吐いていいですか?」と訊きたい。
それくらいこの画の男性は、私の理想から外れた外見をしていた。結婚相手と考えるには。
禿げ上がった頭に、破裂しそうなほどの量の脂肪を包み込んだ顔面の皮膚。
それから、一体全体どこに置き忘れたのかと問いただしたい程、身体の一部であるはずの『首』がないじゃないの。
意識が遠退きそうになるほどのショッキング画像に、なす術がない。
「…………」
絶句する私にお父様は、
「どうだ、なかなかの男だろう?!」
どういう意味でよ?!
どういう意味で『なかなか』なのよ!?
教えてほしいわっ!
「次期皇帝は、何を置いてでもとにかく先にお前に会いたいらしい。ついては身ひとつで構わないから、迎えの者が到着したらルシーディアに向けて出立してほしいと」
勝ち誇ったような笑みを浮かべているお父様を呆然と見上げながら、私はうわ言のように呟くしかなかった。
「な、んで……どうして……」
そんな私を奈落の底に蹴り落とすかのようなお父様の声。
「まだルシーディア帝国は内戦の傷痕が色濃くてな。反対勢力に反撃の力は残っていないが、今後のために血族をできるだけ多く作りたいんだろう」
は?そ、それって、もしかして……。
「次期皇帝はとてつもなく絶倫だそうだ。良かったな、ハンナ」
とてつもなく……絶倫?
絶倫?!
絶倫って、『絶対にうまいリンゴ』の略じゃないわよね。
決心がつかないまま、一週間が過ぎたある日、衝撃的な事件が起こった。
夕食後、詩の朗読専門の侍従であるアルラに、一瞬で眠くなるような詩を読んでもらおうとした矢先にそれはやってきた。
突然ガチャガチャという金属の擦れ合う音が近づいてくると思ったら、
「ハンナ!ハンナはいるか!」
……昼夜を問わず腹の底から出しているであろうこの声は……お父様だわ。
辺りに深く響き渡る大声にさほど驚く様子もなく、アルラは詩集を静かに閉じると素早く部屋のすみに下がった。
「ハンナ」
勢いよく入り口のドアを開け放ったお父様に、私は慌てて身を正した。
「お父様……ご機嫌麗しゅう……」
「お前の望みを叶えてやったぞ」
「はい?……うわっ」
意味がわからず首をかしげた私の顔に、お父様は何かを押し付けてニヤリと笑った。
「見ろ」
……何?
顔から離してよく見ると、それは亜麻で作られた 画布を皺なく貼り付けた板だった。
しかも……なにこれ。
無意識に眉を寄せる私に、お父様が続けた。
「ルシーディア帝国の次期皇帝の肖像画だ。早馬を飛ばし一枚取り寄せたのだ」
……そうなの?でも私と一体何の関わりが……。
「お前の結婚相手だ」
「は?」
……嘘でしょ?!
「先日の話を忘れたのか。それはお前の結婚相手だ」
こ、この、ハゲてるデブがっ?!
ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って……!
確かあの時お父様は……。
『相手はルシーディア帝国の次期皇帝だ。出来るだけ早くこの婚姻を進める。いつでも出立出来るように心積もりをしておくがいい』
クラッと目眩がした。
まず、「すみませんけど吐いていいですか?」と訊きたい。
それくらいこの画の男性は、私の理想から外れた外見をしていた。結婚相手と考えるには。
禿げ上がった頭に、破裂しそうなほどの量の脂肪を包み込んだ顔面の皮膚。
それから、一体全体どこに置き忘れたのかと問いただしたい程、身体の一部であるはずの『首』がないじゃないの。
意識が遠退きそうになるほどのショッキング画像に、なす術がない。
「…………」
絶句する私にお父様は、
「どうだ、なかなかの男だろう?!」
どういう意味でよ?!
どういう意味で『なかなか』なのよ!?
教えてほしいわっ!
「次期皇帝は、何を置いてでもとにかく先にお前に会いたいらしい。ついては身ひとつで構わないから、迎えの者が到着したらルシーディアに向けて出立してほしいと」
勝ち誇ったような笑みを浮かべているお父様を呆然と見上げながら、私はうわ言のように呟くしかなかった。
「な、んで……どうして……」
そんな私を奈落の底に蹴り落とすかのようなお父様の声。
「まだルシーディア帝国は内戦の傷痕が色濃くてな。反対勢力に反撃の力は残っていないが、今後のために血族をできるだけ多く作りたいんだろう」
は?そ、それって、もしかして……。
「次期皇帝はとてつもなく絶倫だそうだ。良かったな、ハンナ」
とてつもなく……絶倫?
絶倫?!
絶倫って、『絶対にうまいリンゴ』の略じゃないわよね。
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