◆あなたに一粒チョコレート◆

友崎沙咲

文字の大きさ
3 / 6
vol.3

もうガキじゃねえよ

しおりを挟む
***

「春。顔が幽霊みたいだけど」

「だって、朝練の道具出しとか後片付けやってたんだもん。朝ご飯食べる時間無かったし」

「で、一時間目はなんでサボッてたのよ?」

「それ、知りたい?!後悔するよ!?」

怒りに燃える私を見た菜穂が、キラキラと瞳を光らせた。

「聞く聞くっ!」


***

事の起こりは約二時間前。



「道具はここにあるから」

「了解」

同じクラスで野球部の浪川に道具置き場に案内してもらった私は、軽く手を上げると小さく返事をした。

……ただひとりの生き残り……いや、インフルエンザから生還した三木さんは、家が恐ろしく遠いらしくて朝練の用意には間に合わないらしい。

その代わり、後片付けを担当しているらしいけど、やっぱり手伝わないわけにはいかない。

ようやく朝練が終了し、部員達と手分けして道具をしまうと、三木さんが私に声をかけてきた。

「お疲れ、川瀬さん。私、朝練の出席簿を顧問に渡してくるね」

「うん。じゃあ、私は部室の戸締りするわ」

私は三木さんと短い会話を交わすと、部活棟へと向かった。

鍵の置き場を忘れないために部室のドアに鍵を差したままにしておいて、そのまま中を覗き込む。

……暗い。

部活棟は半分地下みたいな構造になっていて、朝でも電気をつかなきゃ暗い。

……誰もいないみたいだな。

そういや浪川が言ってたな。朝練で部室使う奴は少ないって。

朝練は大抵スクワットや素振りが多くて体操服が汚れないから、みんなそのまま授業受けたりするんだよね。

着替える部員もいるけど、大抵みんな用具室でササッと着替えちゃうみたい。

けど、一応朝は鍵を開けて、練習終わったら戸締りが決まりだから仕方ない。

私は部室に入ると小さな声で呟いた。

「誰かいるー?もう鍵しめるよー?」

……。

数秒待ったけど、部室の中から返事はない。

右側にはロッカーが突き出しているから、出入り口からその向こう側は見えない。

……しょうがない。イヤホン使って音楽聞いてるコがいたりするから、一応見とかないと。

そう思いながら私は、ヒョイッとロッカーの向こうを覗いた。

「うわっ!」

驚きのあまり、思わず身体が硬直する。

……瑛太が着替えていて、ロッカーからカッターシャツを取り出すところだったんだ。

「……春」

嫌だ。昨日の今日だし……気まずい。

朝練の時も、瑛太が柔軟体操やスクワットをしているところに私は近寄らなかった。

それどころか、目に写らないようにしていた。

そ、それなのに、こんなところで二人きりはないでしょ!

私は素早く身を翻すと早口で言った。

「外で待ってるから着替えたらすぐに出てきて」

「春、待てって」

タン!と瑛太の足音が響いた瞬間、腕を荒々しく引っ張られた。

「きゃあ」

避けることもできないまま、私の背中が瑛太の身体にぶつかる。

その瞬間、瑛太が素早く私を腕の中に囲った。

「な、に?やだ」

「春はさ、なに考えてんの」

私の身体に、瑛太の太い腕が絡まる。

咄嗟にその腕を掴んで解こうとしたけれど、筋肉の張った瑛太の腕はビクともしない。

次第に鼓動が跳ね上がり、自分と瑛太の体温が混ざって背中が熱い。

「俺の事、何だと思ってんの」

掠れた瑛太の声が妙に生々しくて、私は焦って言葉を返した。

「何って……別に。瑛太は瑛太で昔から変わらないよ」

私がそう言った直後、瑛太が腕を解いて私の二の腕を掴むと、自分の正面に向き直らせた。

身を屈めて私と目線を合わせ、こっちを覗き込む瑛太は、私の表情から何かを探そうとしているみたいだった。 

「んなわけないだろ」

「とにかく離してよ」

瑛太の瞳に苛立ちの光が浮かび上がる。

その眼を、見ていられない。

「眼、そらすな」

「……っ!」

瑛太が私をトンと突いた。

コツンと後頭部がロッカーにあたる。

「なによ」

「こっち見ろよ、春」

壁ドンなんて距離じゃなかった。

私を囲った瑛太が、自分の手首から肘までをベッタリとロッカーに押し付けてこっちを見下ろした。

息がかかるほどに近い。

「やめてよ、こーゆーの」

「手、貸せ」

「なっ、」

瑛太が私の手首を掴んで持ち上げた。

「なに、瑛太、やめ……」

思わず言葉が途切れた。

瑛太が、私の手の平を自分の身体に押し当てたから。

薄いシャツから伝わる、瑛太の分厚い胸の感触。

手を引っ込めようとしたけど、手首を掴まれていてまるで動かせない。

布越しに触れる手の平が、熱い。

「触って。俺のこと」

「瑛、太やめて」

瑛太の鼓動が、トクトクと手に伝わる。

「やだ、瑛太」

「まだだ」

言いながら瑛太はこっちを見つめたまま、胸に押し当てた私の手のひらをゆっくりと下に移動させた。

まるで無駄な肉のない、硬い腹筋の感覚。

それから、引き締まった腰。

子供じゃなくて、男の子の身体。

心臓が爆発しそうで、これ以上触れていられない。

「瑛太、やめて」

「……これでも……これでも俺は昔のままかよ」

瑛太が私の眼をまっすぐに見下ろした。

「俺だって男なんだよ」

瑛太が精悍な頬を傾けて、続けた。

「もうガキじゃねぇよ」

「瑛太っ」

「こんな俺を……春は嫌なのかよ」

……こんな、瑛太を。

私は……私は……。

その時、浪川の声が響いた。

「おーい、まだいるのかー?ドアに鍵ささったままだけどー」

た、助かったっ。

普段どうでもいい浪川が神様に思えた。

「いる!いるよ!待って!」

私は大きく浪川に返事をしながら至近距離の瑛太を睨んだ。

「どけっ!瑛太の変態っ!」

「いって!」

油断をした瑛太に膝蹴りを食らわせて、怯んだ彼の横をすり抜けると私は入り口にいた浪川に声をかけた。

「まだ中に変態の瑛太がいるけど、もう鍵かけて閉じ込めてもいいわよ!」

「へっ?」

今度こそもう知らない!瑛太なんて知らない!

私は息も荒く階段をかけ上がると屋上を目指した。

****

で、再び現在。

二時間目が終わったばかりの休み時間。

「ぶ、ぶはははははっ!」

「笑い事じゃないよっ!」

「で、春はこの寒空の中、屋上なんぞで一時間目をサボったってわけか」

菜穂はニヤニヤしながら男子達の中にいる瑛太に視線を投げた。

「だって気まずいじゃん」

「いやー、実に興味深いわ」

「は?!なにその感想!」

「許してやんなよ、可愛いじゃん」

「可愛くない!身体ばっかデカくなって、なんか生意気!」

「そーかなー。浅田は頑張ってると思うけど」

「頑張る方法間違えてるよ、あのバカは」

「ふふふふ……まあ、色々あるから青春なんだよねー……」

菜穂の言葉の意味は不明だったけど、私は決めた。

瑛太がちゃんと謝ってくるまで喋ってやらないって。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

【書籍化決定】憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 7月31日完結予定

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

処理中です...