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第一章 覚醒編

45.秘密の露見3

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結局カインに口では勝てず、なんだかんだと言いくるめられた挙げ句、リディアーナから貰ったものを見せる羽目になったレイは、渋々クローゼットの引き出しから例のものを取り出すと、半ば自棄になりながら箱ごとカインに手渡した。

先程鍵を掛けた時は、まさかこんなに早く目にすることになろうとは思ってもみなかっただけに、何とも言えない気持ちにさせられる。


(本当に見るだけで済むんだろうか……)


レイがカインの手に納められた箱をジッと見つめると、カインにニヤリと笑われ、レイは慌てて視線を逸らした。


「開けていい?」


カインはレイの了承を得てすぐに箱を開けると、躊躇うこともなく中に入ってるものを手に取り、物珍しそうにシルバーのチェーン繋がれた石の連なりを眺めている。

正直、そういった道具の使い方自体よくわかっていないレイは、不思議な気持ちで一見アクセサリーにしか見えないピンクの石にチラリと視線を走らせた。

いくら初心者向けのアイテムだという説明があっても、まだ後ろに指すらも入れたことのないレイにとっては、本当にこの道具で気持ちよくなれるのか甚だ疑問だ。


(こんなの入れて、本当に気持ちよくなれるのかな……?)


レイがそんな疑問を抱いていると。


「へぇ。これが殿下が仰っていた性具ってやつか……。 なんかそれっぽくないねー。もっと卑猥な感じかと思ってたから驚いた。これなら普通に持ってても用途を説明されない限り、そういうものだとは気付かないね。これだったら保管してても大丈夫なんじゃない?
──これ考えた人、なかなかやるなぁ。」


しきりに感心した様子をみせるカインに、レイは些かうんざりした気分でため息を吐く。

どんなに画期的で素晴らしい道具であろうとも、レイにとっては持っているだけで落ち着かない気分にさせられる傍迷惑な道具でしかないのだ。


「あのさ、こんなの持ってるってこと自体知られたくないの!わかる? 百歩譲って、僕が女の子だったら最悪アクセサリーだって言い張れるけど、こんな顔でも男だからそれも難しいし。 万が一、母上なんかに見つかった日には、色々勘繰られそうで恐ろしいよ。」


イレーネがこれをアダルトグッズだと気付くことはないだろうとは思うが、アクセサリーだと勘違いした場合。

①レイに誰か意中の女性がいて、こっそりプレゼントする、若しくは渡したくても渡せなかったためにそのまま隠し持っている。

②実はアクセサリーに興味があり、それを言い出せずにこっそり隠している。


のどちらかに誤解されかねない気がするのだ。


(そうなったらいっそ、僕が使うアクセサリーだって言い張るしかないかもな……。)


ありもしない想像でげんなりしてしまったレイは、そこで漸く、これ以上考えてもしょうがないことに気が付いたのだった。


一方カインは自分の手の中にあるピンクの石の連なりを眺めながら、妙に納得したような表情を見せている。


「なるほどねー。女性向けだからこういう色合いってことなのか。」

「え!?」


何気ないカインの言葉に驚いたレイは、恥ずかしいという気持ちも忘れ、いかがわしい道具をまじまじと見つめた。


「ちょっと待って。これ女の人向けなの!?後ろのほうに使う道具だって聞いたんだけど!」


こちらでの呼び方はわからないものの、リディアーナからの説明書きを兼ねた手紙には、この道具の名前について確かに『アナルビーズ』と記してあったのだ。


(後ろのほうって男同士だから使うんじゃないの!?)


困惑するレイを他所に、カインはピンクの石を親指と人差し指で摘まむと、驚きに固まるレイの目の前に翳した。

窓から射し込む太陽の光でキラキラと輝く石はあまりにも綺麗で、本来の用途とかけ離れているその様子に、レイは一瞬どういう道具だったかということを忘れ、見入ってしまいそうになる。


「レイちゃんは知らないだろうけど、女の人でもそっちを使って楽しむ人は結構いるよ。貴族の令嬢とかでも、処女守んなきゃいけないけど遊びたい人なんて、そっち使って遊ぶ人もいるくらいだし。
それにさ。このデザインはどう見ても女性向けだと思うけど。」


世の中の女性の赤裸々な性事情を知り、レイは驚きのあまり絶句した。

そして、現実世界の性知識に乏しいレイは、後ろを使うという行為がBLだけのことではないのだと知り、何とも言えない複雑な気持ちが込み上げる。


──はっきり言ってショックだ。


どうやらそう思ってしまったことが馬鹿正直に表情に表れていたらしく、カインに苦笑されてしまう。


「もしかしてレイちゃんは女の子に夢見ちゃってるタイプかな?」

「そういうんじゃないけど……」


レイはすぐに否定したものの、どう説明したらいいのかわからずに、言葉尻を濁した。


レイの前世は女性。しかも女子しかいない世界で育ってきたと云っても過言ではないほどの生粋の女子校育ち。

女子の本性や実態などは、夢見る余地など微塵もないほどによくわかっている。

それに、前世の自分には全く縁がなかったものの、女性にも性欲があることくらいは理解している。

腐女子仲間にもなかなかに性欲が強い人がいて、前世のレイにとっては"ドキドキする"、"萌える"という気持ちになる二次元のアレコレも、彼女にとっては"ムラムラする"、"ヤりたい"という気持ちになるのだと聞かされたこともあったのだ。

その当時は、そんな気持ちを全く理解出来なかったのだが、気持ちいい行為というものを知ってしまった今ならば、その気持ちが理解できる気がする。


なので、レイがショックを受けたのは女性に対し夢を抱いていたからということではない。


(女の人も後ろ使うんだ……。)


この世界の女性の後ろの開発具合が、リアルBLを堪能するために意気込んでいる自分より進んでることがショックだったのだ。

その上、そういった世の中の女性の性事情をカインが知っているということは、もしかするとカインも女性とそういう経験があるのかもしれないということで……。


そこまで考えたレイは、途端にモヤモヤしたものが胸の中に溜まっていくの感じ、益々面白くない気分にさせられた。

少しでもこの不快さを紛らわせようと、レイはカインに疑問をぶつける。


「……ねえ、カイン。もしかして女の人と寝た時、後ろのほうも使ったことあるの?」


すると。


「んー。それ答えなきゃダメ?」


どこかのんびりとした口調のカインに笑顔で躱されてしまった。

誤魔化そうとしているのがバレバレの態度に、レイは思わずジト目になる。


「さっき主従の間で隠し事はないほうがいいって言ったの誰だっけ?」


先程の言葉を引き合いに出し、少し強めの口調で攻めてみたのだが。


「あー、うーん。おれです。───できる経験はなんでもしてみる主義なんだよね。」


カインは全く堪えてないようで、曖昧な肯定の言葉と共に無駄にポジティブな考えを披露してくれた。


途端に、レイの中に誰に対してなのかわからない妙な対抗意識がムクムクと湧いてくる。


「ねえ、女の人と後ろのほうの経験があるってことは男の人とも経験あるってこと?」


カインはその質問には答えない代わりにレイとしっかりと視線を合わせると。


「試してみる気になった?」


明らかに面白がっていることがわかる表情でそう言った。


その瞬間。

実はかなりの負けず嫌いであるレイの闘争心に完全に火が着いた。


よくよく考えてみれば、『自分好みのBLライフを送る』という目的がある以上、相手がカインということを除けばこんな美味しいシチュエーションを逃す手はない。

──このまま感情に任せて突き進むか、ここで留まるかはレイの腹ひとつ。

レイは迷いながらも、決断するための決定打、若しくは諦めるための言い訳を探す。


「ねぇ。……もし僕がそれを試したいって言ったらどうすんの?」

「主のお望みとあらば、仰せのとおりに。」


急に真面目な執事の顔になったカインの答えに、レイの心臓の鼓動は大きく跳ね上がった。


(ヤバい!相手がカインでも全然OKな気がしてきた。)


イケメン執事の誘惑には抗えず、レイの中の腐女子は呆気なく臨戦態勢にシフトチェンジする。

それでも僅かに残ったレイとしての矜持が、すぐにでも身を委ねてしまいそうになる自分を何とか律した。


(こんなことじゃダメだ。もっとちゃんと考えて答えを出さないと……!)


ところが。


「そういえば、さっき真面目な執事モードで接した時、レイちゃん心なしかうっとりした目で見つめてくれたよね。 もしかしてそういう遊びがお好みかな?」


執事モードのカインに見惚れていたことを指摘された上、挑発ともとれる言葉を投げ掛けられたレイは、それまで抱いていた迷いが一瞬にして霧散した。


「僕がそういう遊びを試したいって言ったら、カインは僕を楽しませてくれるわけ?」


逆にカインを挑発してやると。

カインは柔らかな笑みを湛えながら、丁寧な口調でレイを誘惑する言葉を紡ぎだす。


「もちろんでございます。レイ様。
──私に全てお任せください。」


突然ガラリと雰囲気を変えたカインに、レイは思わず見惚れてしまった。

そして。

呆気なく堕ちた単純な自分に内心苦笑いしつつも、今更自分の言葉を取り消すようなみっともない真似も出来ず、わざとありありと不満がわかるような低く小さな声で了承の意を示す。


「………。仕方ないから任せてやる。」

「かしこまりました。」


その言葉が合図となり、主人と忠実な執事という倒錯的なシチュエーションでの二人の時間が始まった。
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