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第一章 覚醒編

67.王の事情

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「……は?それはどういう意味でしょうか?陛下。」


思いがけないラインハルトの申し出に、ヴィクトルは臣下が主君たる王にむけるとは到底思えないほどの鋭い視線でラインハルトを見据えている。

その視線をまともに受けたラインハルトは、先程までの威厳に満ちた態度が早くも揺るぎ始め、急に落ち着かない様子を見せ始めた。

ヴィクトルはそのタイミングを見逃さず、すかさず畳み掛けるようにラインハルトを攻めていく。


「まさか、うちのレイを、あの色ボケ王子の後宮に入れろという寝言を言ってるのではないでしょうね? もしそんな戯れ言を言っているのでしたら、我がクロフォード領は全力で抗議させていただきます。
──そうですね、先ずは手始めに火焔石の国内流通をやめさせてもらいましょうか。」


事の次第によっては只じゃおかないということを具体的な例を出して直接的に言っているヴィクトルに、レイのほうが青くなる。


今や生活全般に用いられている火焔石の流通をやめてしまったら、それこそ国中がパニックに陥ってしまう。

この世界で火焔石の流通がなくなるということは、前世の世界で電気が止まってしまうのと同じくらい大変なことなのだ。


ヴィクトルの言葉にさすがにラインハルトが慌て出す。


「そういう意味で言ったのではない!ちょっと落ち着け!!」

「私は常に冷静です。もしこの場にがテオドールがいたら、この部屋が無事だったかどうか保証できかねます。当然それくらいの覚悟でこの話をされたのでしょう?」


ヴィクトルがラインハルトをしっかり見据えながら脅しとも取れる言葉を投げ掛けている。


『レイちゃんちって過激ねぇ。意外だったわ。』

『……予想外でした。』


レイとリディアーナがコソコソと日本語で話をしていると、ラインハルトが困ったような顔をして助けを求めてきた。


「リディアーナ。内緒話をしてないで、そなたからもヴィクトルに事情を説明してはくれまいか。」

「……あら、いきなり事情説明をすっ飛ばして結論どころか極論を先に仰ったのはお父様でしょう。わたくしにそう言われましても困ってしまいますわ。」


取り澄ましたような口調で話すリディアーナは、少しも困った風ではない。


「……リディアーナ。頼む。」


あまりにつれないリディアーナの態度にラインハルトはとうとう項垂うなだれてしまった。

そこにヴィクトルが追い討ちをかける。


「そうですね。いつも何が言いたいのかさっぱりわからない陛下よりも、明瞭簡潔にお話いただけるリディアーナ様のほうが無駄な時間を過ごさずに済むかもしれません。」


そう言うとヴィクトルはさっさとリディアーナへと視線を移してしまった。


(なんか陛下より二人のほうが偉そうに見えるのはなんでだろう……。)


この場で一番偉いのは王であるラインハルトのはずなのだが、ヴィクトルやリディアーナと一緒にいると何故かそうは見えず、先程感じた威厳もすっかり鳴りを潜めてしまっている。

しかも二人は本当にラインハルトの存在など全く気にすることなく話を始めてしまったのだ。


「わかりました。ではわたくしのほうからお話させていただきますね。
──陛下の仰ったことは極論ではありますが、婚姻で他の家と下手に縁続きになられるくらいなら、王家でレイ様を囲いたいと思っているのは確かですわ。」


その言葉にヴィクトルは片眉をピクリと動かす。

リディアーナの口振りから、イレーネがレイの婚約者を探そうしているという話がランドルフ経由で既に伝わっているのだろうと言うのわかり、レイは内心二人の仲の良さに感心した。


「……相変わらず情報が早いですね。」


ヴィクトルが皮肉めいた言い方でそう言うと、リディアーナはニッコリと微笑む。


「わたくし達とっても仲良しですの。」

「それは親としても喜ばしい限りです。」


ヴィクトルも負けじと口の端を吊り上げてはいるが、それが笑顔だとわかる人は恐らくいないだろうと思われる表情だ。

一見和やかそうな会話ではあるが、二人が醸し出す冷ややかな雰囲気と室内に漂う緊張感は、見ているほうが逃げ出したくなるようなもので、その証拠に二人が言葉を交わす度、ラインハルトの顔色が段々と悪くなってきている気がする。

レイはこんな恐ろしい二人に囲まれて毎日を過ごしている王様が気の毒になってきてしまった。


しかし王の顔色を悪くしている原因の二人は、そんなことは眼中にはないらしく、静かににこやかな睨み合いを続けている。


「わたくし、将来義理の弟になられるレイ様とももっと仲良くなりたいんですの。今も色々お手伝いしていただいておりますが、今後はもっと親密なお付き合いが出来ればと考えておりますのよ。
──そうですね。例えば気軽にわたくしと旅行を楽しんでいただけるくらいに。」


途端にヴィクトルの眉間の皺が深くなり、皮肉めいた言葉でリディアーナを牽制した。


「……兄のほうではなく弟のほうがお好みでしたか?しかしリディアーナ様はレイとは少しばかりお歳が離れておりますので、残念ながらレイを選ばれるとご結婚をだいぶお待ちいただくことになってしまいます。適齢期の範疇でいられるうちにご結婚されたほうが国民も安心出来ると思いますが。」

「いえ。わたくしはランドルフ様以外の方と結婚するつもりはございませんので、国民の憂いにはなりえませんわ。」


リディアーナはヴィクトルの言葉を笑ってうけ流す。

レイは二人が見つめ合う姿をハラハラしながら見守っているしか出来ない。


やがてヴィクトルはひとつため息を吐くと、一旦目を閉じて眉間寄った皺を人差し指でほぐし始めた。

たっぷり10秒ほどそうしてから、ヴィクトルが口を開く。


「……目的と期間は?」

「とりあえず今回は国内外の視察という名目で一ヶ月ほどでしょうか。正直それで解決できれば御の字といったところですわ。」


レイは話の転換の早さに付いていけず、二人の言葉が何を意味しているのかわからない。

こっそりもう一人蚊帳の外になっているはずのラインハルトを窺い見ると、その表情はいつの間にか威厳ある王のものに変わっていた。

ヴィクトルがごく自然にラインハルトに視線をむける。


「ということは、今回のクリスタ行きにはリディアーナ様が?
──確かあれは王太子殿下が行かれるご予定だったのでは?」

「私としても因縁浅からぬクリスタにリディアーナを行かせる気はなかったのだが、事情が変わったのだ。」


(因縁……?)


クリスタ公国は大昔にファランベルクのいち貴族領が国として独立した経緯から、今でもファランベルクの国内にはクリスタはファランベルクの属国であると思っている人間も多い。


レイはラインハルトの言った因縁というのはこの事だと思っていたのだが、それだけではないことをリディアーナがこっそりと日本語で教えてくれた。


『ちょっと前にあそこの第二公子との縁談話があったのよ。断ったけどね。』


その言葉にレイは驚く。


(第二公子?第一公子じゃなくて?)


普通に考えてファランベルクのような大国の第一王女の相手というなら正当な後継者である第一公子であるのが常識だ。

大きな港を持ち、大陸中の物質の流通の拠点となっているので経済的には潤っている国ではあるが、あくまでも"公国"である。

ファランベルクと比べて国力そのものが劣っている国が恋愛結婚でもないのに身分的に最上位ではない相手で結婚の申し込みをしてきたという事にレイは驚愕した。


(そういう理由じゃ、さすがにリディアーナ様も気まずいのかな……? でも今回クリスタに僕が付いていかなきゃならない理由はそれって訳じゃ無さそうだし。)


ここまでの話の流れで前世がらみで何かあるらしいことは想像できるが、何故こんなにリディアーナが今回のクリスタ行きにレイを同行させたいのかがわからない。


「どうしてもリディアーナがクリスタに行って直接確認しなければならないことができた。幸い公務でクリスタに堂々と行く機会もあるしな。しかし王女の身分では自由に動くことが難しい。だからこそレイが必要なのだ。
──頼む。ヴィクトル。」


王の頼みにヴィクトルも無碍に断ることが出来なかったのか、少し間を置いてから慎重に言葉を返した。


「レイはまだ未成年です。 大変申し訳ありませんが、親としては許可出来ません。
──王命と仰るのなら従います。」


ラインハルトはその言葉に難しい表情で黙り込む。

レイにはそれが王命という絶対命令を下す決断をするかどうか迷っているような表情に見えた。

しかし隣のリディアーナはヴィクトルの説得を諦めてはいないようで。


「わたくしもレイ様の今の年齢を考えてそうすべきだと考えておりましたが、残念ながらそうは言っていられない状況になったので侯爵様にもこうしてお話する機会を設けさせていただいたのです。
本来ならばわたくしたちの秘密を暴露するつもりもなかったのですが、納得していただくためなら仕方ありません。」


ヴィクトル対し秘密の暴露という手段を示唆する。

ところが。


「──秘密? まさかとは思いますが先程陛下が仰っていた"前世の記憶"とやらの話ですか?」


ヴィクトルはあきらかに信じていないということがよくわかる言い方をした後、口の端だけを吊り上げ嘲るように嗤った。

その寒々とした笑顔に季節はもう初夏だというのに、部屋の温度が益々下がったような気にさせられる。


しかしリディアーナはそんなヴィクトルの態度に少しも動じていなかった。


「そんなに簡単に信じてはいただけないということは想定済みです。その上で侯爵様に納得していただけるだけの切り札を用意してあります。」

「……切り札と言うからにはそれなりに信憑性のあるものなのでしょうね。 実際にあるかどうかわからない世界の話だけでは夢物語を聞かされるのと一緒ですから。」

「もちろんですわ。」


挑発ともとれるヴィクトルの言葉に、リディアーナが嫣然と微笑む。

そして。


「侯爵様は600年先の未来の世界がどうなっているか、想像することが出来ますか?」

「また突拍子もないお話ですね。そんな事を簡単に想像できる人間など、余程の暇人か空想好きの人間でないと難しいと思います。」


暗に想像出来ない言ったヴィクトルに、リディアーナが頷く。


「そうですね。普通は侯爵様の仰るとおりだと思います。

──でもわたくし達のいた前世の世界というのは、この国よりもおよそ600年ほど先の文明を持った世界でした。」


ヴィクトルは何か言いたそうな顔をしていたが、リディアーナはあえて何も言わせないよう話し続ける。


「何故600年という数字になるか不思議ですか?
前世の世界での人類の発展の歴史を思い返してみると、わたくし達がいた時代から600年ほど前がちょうどこの世界の発展具合と同じレベルだからですわ。
わたくしとレイ様にはそういう世界で生きてきた記憶があるのです。
それを念頭に置いた上でわたくしの切り札をご覧下さい。」


リディアーナがテーブルの下から両手に乗るサイズの箱を取り出した。

箱を開けると、クッションのようなものの上に黒い塊が納められているのが見える。


(まさか……)


レイは見覚えのあるその形に目が釘付けになる。

どういう事かと恐る恐るリディアーナの顔を窺い見るものの、何も答えてはもらえなかった。


レイは再び箱の中身に視線を戻す。


(玩具、だよね……?)


レイが自分の中で無理矢理そう結論づけようとした時、リディアーナが無言のままそれを取りだし、テーブルの上に置いた。

ゴトリという重い音に、レイは身体をビクリと震わせる。


今まで本物のそれを一度も目にしたことがなかったにも関わらず、何故か今、目の前にある物体が本物であると確信できてしまい、レイは緊張のあまり指先が冷たくなっていくのを感じた。

とんでもないものを持ち出してきたリディアーナに、レイは言葉を発することも出来ずに青ざめたまま立ち尽くす。


ヴィクトルはレイの過剰な反応の理由がわからないままテーブルの上の物を少しだけ眺めていたが。

「珍しい形の置物ですね。」

そう言うと、目の前の黒い塊に手を伸ばそうとしたのだ。

レイは咄嗟に立ち上がり、声をあげる。


「お止めくださいッ!父上!!危険ですッ!!」


今まで一度も聞いたことのない息子の鋭い声に、ヴィクトルは珍しくひどく驚いた顔をして動きを止め、レイの様子を窺っている。

しかしレイにはヴィクトルの表情を見る余裕などない。


「なんで、この世界にこれが……」


テーブルの上に置かれたものから目が離せず、レイは呆然と呟いた。

その様子を見ていたリディアーナはレイだけにわかるよう日本語で話しかけてきたのだが。


『大丈夫。弾は入ってないの。安心して。』

「『安心』……って……?」


こんなものを目の前にしてひどくそぐわない言葉を聞いたレイは一瞬その日本語の意味が理解出来ず、無意識に聞き返す。


「『安心』……なんて……」


やがてその言葉に意味を正しく理解出来たレイは、激しい怒りが自分の内側から湧いてくるせいで、身体が勝手に震え出すのを抑えることが出来なくなっていた。


「そんなことがよく言えますね!?なんでこんなものを目の前にしてそんなことが言えるんですか!!」


知られてはならない情報は日本語で喋るべきだということはわかっているが、感情が昂りすぎたレイには久しく使っていない日本語で話すだけの余裕がない。

リディアーナはそんなレイを見て困惑の表情を浮かべている。

その事がレイの中で怒りとリディアーナ対する不信感を増幅させていった。


やがてレイは自分の中でひとつの結論を導きだし、それをリディアーナへとぶつけてしまう。


「──まさかあなたが作らせたのですか?!この世界の人間に……。
まだ『銃』が存在していない世界に、この危険な道具をもたらしたのはあなたなんですか!?
──答えてくださいッ!リディアーナ様!!」


怒りのあまり目の前が真っ赤に染まっていく。

今にもリディアーナに飛び掛かりそうな勢いで詰め寄るレイに、ヴィクトルが肩を掴んで無理矢理レイを座らせた。


「レイ!少し落ち着きなさい!!」


その言葉と同時にパシンッという乾いた音が室内に響く。

ジンとした頬の痛みのお陰で急に頭が冷え、レイは自分が今、仕出かしてしまったことを冷静に省みることが出来た。


(僕はなんて事を……。)


レイは慌てて床に膝をつく。


「──王の御前で取り乱してお騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした。リディアーナ様に対しましても数々の無礼な振る舞い、誠に申し訳ありませんでした。」


レイは二人に向かって頭を下げながら、どんな処分が下されても受け入れようと心に決めていた。

これが正式な謁見であったなら、王族に対する不敬罪でとっくに捕らえられているところだ。


レイはその体勢のまま、じっと自分に下される処分を待つ。

するとラインハルトがソファーから立ち上がり、緊張しながら言葉を待つレイの前までやってくると、手を伸ばし、レイの両手を握ってきたのだ。


「レイ。気にせずともよい。そなたがこの国を想う気持ちはよく伝わった。だが、リディアーナの話を最後まで聞いてやってくれ。あれもそなたと同じ気持ちなのだ。

──さあ、顔を上げなさい。」


その優しい言葉におずおずと顔を上げると、ラインハルトの黄金の瞳と目があった。

レイは王の寛大な温情に小さく頷くことしかできなかった。




あらためてこの部屋にいる四人が席に着いたところでリディアーナからの事情説明が始まった。


「これをもたらしたのはわたくしではないわ。
──でもこの世界にこの『銃』を持ち込んだ誰かがいる。」

「持ち込んだ……?」

「ここをよく見てちょうだい。」


レイは指差された箇所には、この銃の型式なのか製造番号なのかはわからない細かい文字が刻印されていた。


「『アルファベット』と『アラビア数字』……」


当然ながらこの世界にはない文字だ。


「今こうしてわたくしの手元にこれがあるのは本当に偶然の出来事からなの。元々クリスタで見つかったものが巡りめぐってわたくしのもとに来たのよ。
──わたくしがクリスタに行かなければならないのは、この出所を確認する為よ。」

「これを持ち込んだ誰かがクリスタに……?」

「その可能性が高いと思うわ。あそこは各国が貿易の拠点として使っている港がある。言葉が話せない外国人が出入りしていても不審に思う人はいないでしょうから、異世界人が滞在するのに最適よ。
もし既にあの国にいなくとも、あそこに立ち寄った気配はあるのだから何らかの手掛かりは掴めると思うの。」

「すでに敵国へ渡っている可能性は?」


万が一、ファランベルクと国境問題でもめている好戦的な隣国に、銃だけでなく未来の技術の知識が渡ったらと思うと、恐ろしい。

せっかくテオドールの功績で小競り合いが終息したばかりだというのに、このままでは数年以内に大規模な戦争が起きかねない。

事態は一刻を争う。


「これがそこまでのものだというのか……。」


レイとリディアーナの話を聞いていたヴィクトルが、信じられないという顔でテーブルの上に置かれたままの銃を見つめる。

ラインハルトはすでにリディアーナから説明を受けて知っていたらしく、それほど驚いた様子はない。


「レイ。これがどういうものかヴィクトルに説明してやってくれ。」


王の言葉にレイは静かに頷いてから話し始めた。


「──これは『銃』と言って、一瞬で生き物を殺めることができる飛び道具です。 このとおり持ち運びも簡単で、扱いも弓矢や槍ほど難しくない。こんなに小さな武器なのに弓矢よりもずっと殺傷能力が高く、射ぬく速度もけた外れです。攻撃に移るまでの時間も短くてすむので、相手が弓や剣を構えている間に心臓や頭部を射ぬいて即死させることも可能です。 ここにあるものはある程度近距離でないと使えませんが、改造次第では弓矢よりも遠い距離の標的を撃ち抜くことが出来ます。
この説明でお分かりいただけましたでしょうか?
──これはとても恐ろしい悪魔の武器なのです。この世界にあってはならない。」


それを聞いたヴィクトルはさすがに顔色を悪くしている。


「ヴィクトル。これで理解してもらえただろうか。リディアーナやレイの持つ知識は国の情勢や戦況をも簡単に覆してしまえるほどの価値があるものだと私は思っている。そしてそれは簡単に誰かに利用されてしまっては困るのだ。
だからこそ、クロフォードにリディアーナを託した。それと同じ理由でレイを守れるのは王家しかないと判断したのだ。
レイを王家に欲しい言った意味がわかってもらえたかな? ヴィクトル。」


ラインハルトが諭すようにそう言うと、ヴィクトルは一瞬面白く無さそうな表情をしたものの、すぐにいつもどおりの厳しい表情に戻った。


「この二人以外にもそういう知識を持つ人間が、この大陸のどこかにいるかも知れないという事なのですね。それが敵国に。……危険すぎる。」

「まだそうと決まった訳ではない。だからこそ早めに接触を図って、こちら側に引き入れることが出来ないかと考えているのだ。 リディアーナの見立てでは、これを持ち込んだ人物は二人のように生まれ変わって、という訳ではなく、何らかの理由でこの世界に飛ばされてきた可能性高いらしいからな。」


ラインハルトがリディアーナに確認するように視線を送ると、そのまま言葉を引き継いだ。


「わたくし達が"異世界転移"と呼んでいるその現象は、突然何の前触れも無しに全く違う世界に飛ばされてしまうというものです。 当然の事ながらその対象となってしまった者は、この世界の知識や言葉などは全くわからないと思われます。なのでわたくし達のように前世の言葉が話せる者が必要となるのです。
──侯爵様。お願いです。レイ様の同行をお許しください。」


リディアーナがヴィクトルを真摯に見つめる。

しかしヴィクトルは是とは言わず、明言を避けた。


「……どういう事情で陛下がそう仰ったのかはわかりました。
しかし、レイの身の振り方については本人と相談の上で我が家のほうで決めさせていただきます。」

「わかった。無理強いはしない。でも良い返事を待っておるぞ。」

「善処致します。それと、イレーネには即刻レイの結婚相手を探すことを中止するよう言いましょう。我が家と縁続きになりたいだけの有象無象にレイを任せられない事だけは確かですから。」


途端にヴィクトルがうんざりしたような顔をする。
おそらくイレーネの説得が一番骨が折れるのだろう。


「リディアーナ様。クリスタへの同行の件は後程あらためてお返事させていただきますが、その前にひとつお願いがあります。 例えレイを同行させる事が出来なくとも、我が家にはクリスタに留学していた人間がおります。そちらを一緒に連れていっていただくわけにはまいりませんか?」

「もちろん大歓迎ですわ。それはこちらからお願いしようと思っておりましたの。侯爵様からそう言っていただけて有難い限りです。」


全部説明し終えたリディアーナは、ようやく本当の笑顔を見せる。

ヴィクトルへの説明は、リディアーナにとってかなりの緊張をもたらしていたようだ。


「とりあえず話も纏まったようなので我々はこの辺りで退散させてもらおう。」


ラインハルトがそう言って腰を上げると、ヴィクトルも黙ってそれに続いた。

レイは慌ててソファーから立ち上がり、頭を下げる。

リディアーナも優雅に立ち上がると、二人に向かってあらためて礼を言った。


「本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。」


ラインハルトは笑顔で、ヴィクトルは相変わらず眉間に縦皺を刻んだ厳しい表情のまま部屋を後にした。





「はぁ、疲れたー。」


二人きりになった室内でリディアーナが大きなため息をつく。


「ゴメンね。レイちゃん。すっかり巻き込んじゃって。」

「僕こそリディアーナ様の事情を知らずに責めるような真似をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。」


レイはあらためてそう言うと深く頭を下げる。


「あらかじめ説明しておかなかった私が悪いのよ。今更だけどこれから事情説明させてちょうだい。」


あっさりと笑って許してくれたリディアーナにレイは感謝の気持ちしかない。


「もちろんです。例え父が反対しても僕は自分に出来ることはなんでもするつもりですから。」


(絶対にクリスタ行きを承諾してもらえるよう説得してみせる!)


レイはそう固く心に誓ったのだった。
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