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第二章 クリスタ編

94.前世の告白

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「まず言っておくけど、僕がフランシスコと名乗った男に一目惚れするってことだけは絶対にあり得ないと断言しておくよ。──そして、アスランには僕がこれからする話を最後まで黙って聞いて欲しい。質問とか感想は後で纏めて受け付けるから。」

「……かしこまりました。」


レイはもう一度気持ちを落ち着かせるために、大きく息を吸い込んでゆっくり吐き出してから本題に入った。


「──実は僕にはレイ・クロフォードという人間として生まれる前の記憶がある。」


そんな突拍子もない話を切り出されても、アスランの表情に変化はなく、全くその心の内は見えない。

普段なら癪に障ることも少なくないその冷静な態度が、今日に限っては妙にレイを落ち着かせてくれた。


「そして前世の僕が暮らしていたのは別の世界、──つまり異世界というところだ。どういうところであったかは、話すと長くなるから今は割愛させてもらう。
僕が今回の任務に抜擢されたのも、フランシスコの顔を見て驚いたのも、そういう僕の事情が深く関係してるんだ。」


レイはそこで一旦言葉を区切ると、やはり表情の変わらないアスランを見てから、次の言葉を口にした。


「僕達が探している人物のひとりはおそらく彼で決まりだろう。そして彼が探している同郷の人間というのは、たぶん僕のことだと思う。」


正確には柏木が探していると思われる人物に該当するのはリディアーナなのだが、自分以外の事情を本人の承諾なしに勝手に話すわけにもいかないので、今はそういうことにしておくしかない。


「前世の僕は彼と同郷の人間で、……そして彼はかつての僕がよく知っていた人物なんだ。」


レイとフランシスコが知り合いだという告白に、それまで無表情で聞いていたアスランの表情が変わった。


「彼の本当の名前はユウセイ・カシワギ。
──前世の僕が兄のように慕っていた人物だ。」


だから一目惚れはあり得ないと続けると、アスランは僅かに口の端を歪め、フッと息を吐き出した。

レイはアスランのリアクションの意味するものが気になりつつも、とりあえず大まかな事情説明を終わらせることを優先した。


「……だからとりあえず調査は中断して、この事をリディアーナ様に直接報告したいと思っている。その後、もう一度彼と接触してこちら側に引き入れることが可能かどうかということをなるべく早く確認したい。
どっちにしろ今回の責任者でもあるリディアーナ様の指示を仰がないわけにはいかないだろうから、すぐにでも連絡を取りたいんだ。
──アスラン、頼む。」

「かしこまりました。すぐに手配致します。」


アスランはソファーから立ち上がると、この部屋に備え付けられている腰の高さくらいのキャビネットに置いてあった呼び鈴を鳴らし、同じくそこに置かれていたレターセットとペンを手に取ると、サラサラと何かを紙に書いてから封筒に入れて丁寧に封をした。


レイがアスランの行動を注視していると、それに気付いたアスランから何故か意味深な笑みを向けられてしまう。


「王女殿下への連絡手段の手配はジョセフに頼むことにしようかと。まだまだ我々の話は済みそうにありませんから、急ぐのならすぐに手配したほうがよろしいかと思いまして。」


そう言い終わるのとほぼ同時に、計ったかのようなタイミングで扉がノックされ、アスランはレイに断りをいれてから一旦扉の向こうに消えると、一分も経たないうちに戻ってきた。


「お待たせ致しました。それではここからは私からの質問の時間とさせていただいてよろしいでしょうか。」

「ああ、うん。どうぞ。」


(なんかまだ何も言われてないのに物凄く責められてる気がするのは何でだろう……。)


レイは居住まいを正すと、何を言われるのかドキドキしながらアスランからの言葉を待った。


「不躾な質問をお許し下さい。
──レイ様の前世の記憶が戻られたのは、いつですか?」

「……誕生日のちょっと前くらいかな。」

「もしかしてそれは剣の稽古の最中に転倒された事がきっかけとなったのではございませんか?」

「気付いてたの?!──っていうか、僕の話信じてくれたんだ……。」


普通だったらこんな話を急にされたら信じるどころか、頭がおかしくなったのではと心配するのが先だろう。


「レイ様のお話は確かに一般的には俄には信じ難い話だと思いますが、少なくとも私が疑うような要素はどこにもございません。──それに、あの時妙に様子がおかしかったのも、その後、性格が変わられたのも、こういう理由があったのなら全て納得です。」


(確かに元の所業を考えれば、どう考えても変わり過ぎたよね……。)


記憶が戻った当初、それまでの自分との大きなギャップについて認識していたはずなのに、自分の欲望を抑えきれずに『自分好みのBLライフ』を満喫するという目的に邁進してしまった結果、何のフォローもしていなかった事を今更ながらに思い出した。


「なんか、ごめん。ビックリしたよね……。でも、前世の記憶が戻ったといっても元々のレイ・クロフォードという人間の人格が無くなった訳じゃないんだ。前世の僕は今の僕より大人だったから、記憶が戻ったお陰で一気に思春期特有の難しい時期が終わったってだけなんだけど……。」


レイが後ろめたさに視線を彷徨さまよわせると、それを見たアスランが切なそうに目を眇めた。


「いくら国のためとはいえ、私の不注意で記憶が戻ったせいで、未成年のレイ様にこのようなご負担をお掛けすることになってしまい、誠に申し訳ございません。」

「アスランが謝ることはないよ。僕は僕の意思でやりたいことをやってるだけだし、今の自分に満足している。それに記憶が戻らなければ、アスランとこんな風に話すこともなかっただろうし、ファランベルクのために役に立とうということもなかっただろうから、むしろ感謝してる。」

「レイ様………。」


レイとしては素直に今の自分の気持ちを告げたつもりだったのだが、アスランは複雑そうな表情でレイの名を呼んだ。


「それに、あのままの僕だったらこんな風にアスランに好きになってもらえたかわかんないしね。」

「それは、」

「いいんだ。わかってる。たぶんあのままの僕じゃ、色んな事に気付くのにまだまだ時間がかかってたと思う。きっと今頃まだアスランとはろくに口も利かないままだったと思うよ。」


レイはアスランの言葉を遮ると自嘲気味にそう言った。

それまでのアスランとの関係は険悪とまではいかないが、決して良好とは言えなかった事は自覚している。


「やはりレイ様は何もわかっていらっしゃらない……。先程性格が変わられたと申し上げましたが、根本的な部分は何も変わっておられません。レイ様はずっとレイ様のままです。」


青い瞳に真摯に見つめられ、思わずレイは頬を染めた。


「どんな貴方でもお慕いする気持ちに変わりはありません。」

「アスラン……。」


名前を口にした途端、レイは無性にアスランという存在を直に感じたくなってしまい、無意識に熱い視線を送ってしまう。

しかし、その視線の意味に気付いたらしいアスランに少し困ったように微笑まれてしまい、レイは慌てて表情を引き締めると、つい甘えたくなってしまっていた自分を誤魔化すように先を促した。


「それじゃ次の質問は?」

「はい。 それでは、レイ様があの男を、前世の知己であるカシワギと同一人物だと思われた根拠は何ですか?」


当たり前といえば当たり前の質問に、レイは自分が感じた事を正直に答えることにした。


「うーん、不思議なことに見た目がほぼそのままだったってのが一番だけど、彼の仕草っていうか、癖が同じだったっていうのが決定打かな。」

「癖ですか?」

「そう。他の人から見たら何て事ない仕草なんだけど、彼が考え事をする時の癖そのものをしてるのを見つけたんだ。たぶん無意識にやってる事だから本人は気付いてないだろうけどね。そういうのって余程意識しなきゃ直らないし、隠せないから。」


そこに気付けた自分を褒めてやりたい気持ちになり、レイはつい得意気に語ってしまった。

しかし、それを聞かされたアスランからは、どことなく不愉快そうな空気が漂ってくる。


「……もしかして、以前のレイ様はフランシスコ、……でなくカシワギと特別な関係だったのではありませんか?」


予想もしていなかった事を言われ、レイは思わず笑ってしまった。


「あー、それはない。彼は常に彼女いたし、僕も一応婚約者がいたからね。お互いそんな風に意識したこともなかったと思うよ。」


恋愛関係はサッパリだったと素直に告げるのがなんとなく悔しい気がして、レイはついちょっとだけ見栄を張って含みを持たせるような言い方をしてしまった。


(箱入りで恋愛経験ゼロだった事に加え、実は夢中だった相手が二次元の住人だったとは口が裂けても言えないな……。)


婚約者がどこの誰だったのかは知らないが、自分が知らなかっただけで親が既に決めていたはずだから嘘は言ってない。


柏木にしても、前世の『彼女』の事は妹くらいにしか思っていなかったように記憶している。

仕事が忙しすぎて歴代の彼女とは長続きはしていないようだったが、イケメン、長身、高学歴、一流企業の社長秘書とくれば、周りが放っておかないため、社長の娘に手を出すほど女性に不自由していたとは思えない。


そんなハイスペックな人物に対しても、前世の自分は『三次元にもそんな出来すぎ人な人がいるんだな。二次元だったらオイシイのに……。』くらいの認識しか持っていなかった。


前世の柏木の様子に思いを馳せていたレイがふと顔を上げると、アスランが険しい表情でじっと自分を見ていたことに気付いてしまう。


(なんか怒ってる……?)


不穏な空気を察したレイは、さりげなく話題の矛先を変える事にした。


「えーと、ホントにそういうの全くないから!それよりも、リディアーナ様に直接報告に行くにしても、あんまりこっちの動きをクリスタ側に覚らせたくないし、出来ればフレドリック様にも付いてきてもらいたくないと思ってるんだけど……。」


明らかにレイに好意的とは言い難い感情を持っているフレドリックが、これから毎日どこかで常に自分を見張っているのだと思うと気が滅入る。


「なんでジークヴァルト様はあの人を送り込んで来たんだろう。はっきり言ってありがた迷惑なんだよな……。」


レイは思わずうんざりしたようにぼやいてしまった。


そのボヤキを険しい表情で聞いていたアスランは、おもむろにスッと立ち上がり、座ったままのレイのすぐ横まで歩み寄ると、その場で片膝を着いた。


「え……?」


どういう意図かわからず戸惑うレイに、アスランは自らが贈ったアレキサンドライトのピアスが嵌められているレイの耳に両手を伸ばすと、その場所にそっと触れてきた。


「その辺りのことは全て私共にお任せ下さい。」


優しい手付きとは相反するような黒い笑顔を見せられ、レイは盛大に顔をひきつらせながら承諾の返事を返したのだった。
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