上 下
34 / 58

第34話 マーリン②

しおりを挟む
「グレイセスにはこのような伝説がある。――神は世界を創造したあと、一組の男と女を創った。女は男を支えるために創られたが、女は、それをよしとしなかった」

「はぁ」
 マーリンの口から語られる創世伝説に対し、マックスは適当な相槌をうった。

「神は女を追放し、新たに助け手となる別の女を創り直した」

「それはそれで、ひでぇ話だ」
 マックスは、いつの間にか聴き入っていた。エメラーダ達も真剣な顔で拝聴している。

「追放された女は、混沌に落とされた。女はそこで、混沌の勢力を味方につけることに成功した。だが、混沌に女は住まうことができなかった。そこで女は、新たなる安住の地を求め、さ迷った」

 マーリンは、話を続ける。

「女は、ついに安住の地を探し求めた。だが、その地は混沌により、荒みきっていた。そこで女は、彼方より無知蒙昧で盲目の造物主を呼び寄せる。造物主の力を使い、世界を再構築したのだ」

「えーと、混沌がどうたら言ってたが。それであの女は、自分のことを『混沌の主』って名乗ってたのか?」
 マックスが質問する。

「私はこの地の伝説についての話をしただけだ。そなたの言う『あの女』のことはよく知らぬ」
 マーリンはしたり顔で答えた。

「なんなんだよっ。ダラダラと長ったらしい話をしておいて『よく知らぬ』はねぇだろ」
 マックスは、マーリンのしたり顔に苛立った。

「話を聞くかぎり、ここグレイセスと我らのアナセマスには、因縁が少なからぬある、ということになるのか?」

 今度は、フォレシアが質問した。苛立っているマックスとは対照的に、フォレシアは冷静である。

「そうとも言えるかもしれぬ。もっとも、今しがた起こっていることと関係があるのかどうかは別の話だが」

「俺ちゃんからも質問があります」
 ヘッジが勢いよく挙手をした。

「マーリンちゃん、『友と魔術の研究をしていた』って言ってたでしょ。友ちゃんってどんな感じなの?」

 ヘッジにこう質問されたとき、マーリンの顔が曇った。
「友か……」

「あれ? マーリンちゃんどうしたの? まずいこと聞いちゃった?」
 ヘッジの調子は軽いものだったが、どことなく気まずさを漂わせている。

「その者は……私にとってかけがえのない存在であった。私の半身と言ってもいい。もっとも、向こうはどう思っているのかわからんがな」
 マーリンは俯いて、語り始めた。

「なんか、意味ありげだねぇ。よかったら、お話してもらっていい?」
 ヘッジは、それとなくせがむ。

「そうだな……。そなたらになら、語っても問題ないだろう」
 マーリンは、意を決すると、静かに語った。

「友の名はヨランダ。私がヨランダと出会ったのは、40年も前のことになるのか……」
 マーリンは、目線を遠くの方に向ける。

「私はヨランダと共に、魔術の研究をしていた。ある日、我らは混沌を発見した。発見したのはいいが、当時の我らには、手に負えるものではなかった。そこで、混沌を封印することにした」

「封印ですか……混沌は、それほど危険なものなのですね」
 エメラーダは、神妙な面持ちで呟く。

「そうだ。怪物が跋扈している今のドラフォンを見れば分かろう」

「今の状況と混沌には、なにか関係があるのでしょうか」
 エメラーダは続けて尋ねた。

「率直に言おう。混沌とは、アナセマスのことだ。世界を再構築した際、同時に混沌の主が誕生し、アナセマスに君臨するようになったのだ。以来、アナセマスは混沌そのものになったといっても過言ではない」

「やっぱり俺たちが悪者ってことじゃねぇのか」
 マックスは、いてもたってもいられなくなった。

「いやいや、そうではない。誤解を与えたのなら、申し訳ない。何者かが、グレイセスとアナセマスを繋げた。それが今の騒動の原因だ」

「なるほどねー。それが、時空の歪みの原因ね」
 ルシエルが納得したように言った。

「そのグレイセスとアナセマスを繋げた『何者か』ってのは、誰なんだ?」
 マックスが尋ねる。

「アナセマスのことは、私とヨランダだけの秘密だ……」
 マーリンは、苦い顔をした。

「ヨランダちゃんが、誰かに言いふらしたってことは?」
 ヘッジがフォローするように言う。

「ヨランダのせいであることに変わりないだろう。フォローになってないぞ」
 フォレシアがすかさず突っ込んだ。

「いや、ヨランダならやりかねぬ。なにせ、そうするだけの理由がある」
 マーリンは沈痛な面持ちで、こう答える。

「先代のロニ王の怒りを買ったことと、関係があるのですね?」
 エメラーダが口を挟んだ。

「そうだ。ドラフォンで魔術師として名を馳せていたときだ。ある日、我らは、ロニ王の召命を受けた」

「ロニ王が、マーリンさんたちを呼び出したのですか? それは、何故でしょうか」

「どうやら、魔術に強い関心があったらしいのだ。ウォノマ王国に参った我らは、そこでも研究を続けた。王も協力を惜しまなかったので、随分と捗ったものだ」

「それなのに、なぜ追放など……」
 エメラーダは、首を傾げる。

「ヨランダは、王の寵愛を受けていたのだ。それを妬ましく思ったものが、我らに対しあらぬ噂を吹き込んだ。『奴らは王国の破滅を目論む魔女だ』などとな」

「えぇ……」
 それを聴いたエメラーダは、言葉を失ってしまった。

「しかし、王はそのような噂は一蹴していた。我らを信じていたのだ。『ヨランダとマーリンは、国の発展に力を尽くしたのだ。噂は、根も葉もない』と。……しかし」
 マーリンの表情は、ますます暗くなる。

「突然、第一王子が亡くなったのだ」

 エメラーダは、息を飲んだ。

「この出来事が、根も葉もない噂の根拠となってしまった。王は我らを疑い、追放したのだ。ヨランダは、王に嘆願したが、聞き入れて貰えなかった」

「そんな……」
 エメラーダは、絶句してしまった。

「追放ですんでよかった。今ならそう思うがね。魔術というものは、手に負えぬ力を扱うもの。そんな魔術をよく思わぬものも、少なくないからな」
 マーリンは嘆息する。

「追放となった我らだったが、ヨランダが共にいればなんとかなる。私はそう思っていた。なのに、ヨランダは、私の元を去ってしまったのだ。以来、行方はようとして知れず、だ」

 その場に、沈黙が訪れる。一同は、なんと言っていいのか分からなくなったからである。
しおりを挟む

処理中です...