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第35話 マーリン③

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「そうだ。植物を何とかするために、俺たちはここに来たんだ。あんたなら作れるだろ、氷薬」
 沈黙を破ったのは、マックスだった。

「氷薬とはなんだ」
 マーリンは質問を返す。

「……いちいち説明するの、面倒だな」
 マックスは、しぶしぶ事情を説明した。

「生憎、氷薬などというものは、グレイセスにはない。だが、ここは魔術師たる我が腕の見せどころというもの。今すぐ作ってしんぜよう」

「ありがとうございます!」
 エメラーダが礼を言う。

「ところで、氷薬はどのように作るのだ」
 マーリンが尋ねる。

「パガーキ青と硝石と氷樹炭を混ぜるんだ」
 マックスが、氷薬の作り方を説明した。

「硝石はある。だが、パガーキ青と氷樹炭とはなんだ」
 マーリンが聞き返した。

「氷樹炭ってのは、氷樹を炭にしたやつだ。パガーキ青は、パガーキ青だよ」
 マックスは、再度説明した。「そんなことも知らんのか」と言わんばかりの態度で。

「なるほど。両方とも、ハイキルディア大陸どころか、グレイセスにもない素材だな」
 マーリンは、顎に手を当てながら言った。

「ところで、アナセマスには『火薬』はあるのか?」

「なんで火薬なんだよ」
 なぜ火薬のことを聞いたのか。マックスには検討がつかない。

「いいから、答えてみよ。ついでに、作り方もだ」
 マーリンは、有無を言わせぬ口調で質問した。

「火薬もあるぞ。確か、硫黄と硝石に……木炭を加えるんだ。木は氷樹以外なら、なんでもいい」
 マックスは、記憶を辿りながら答える。

「火薬の作り方は一緒のようだな。火薬の性質を反転させれば、氷薬を作れるかもしれん」

「火薬の性質を反転させる、とは?」
 エメラーダが聞く。

「火薬は、熱の力で爆発させるのだが、それを冷気に変えるのだ」

「そんなことが、可能なのですか?」
 エメラーダは、再度聞く。

「火薬に、氷属性を付与するのだ。そうすれば、いけるやもしれぬ……ルチア!」

 マーリンに呼びかけられ、ルチアは「なぁに」と返事をする。

「ルチアよ。そなたは風の妖精と親しいと聞くが」

「ええ。私たち四元素を司る妖精は、お互いに協力関係にあるの」
 ルチアは胸を張って言う。

「水に風を足せば、吹雪となろう。それでもって火薬に氷属性を付与するのだ」
 マーリンが説明する。

「ずいぶん、無茶なことを言うじゃない。でも、面白そうね」
 ルチアは、口角を上げた。

「ウィンディ!」
 ルチアが、何も無い空間に向かって叫ぶ。すると、そこに小さな竜巻が現れた。中から、ルチアと同じ背丈の妖精が現れる。

「あなたが、風の妖精ですね?」
 エメラーダは、目を輝かせて尋ねた。

「いかにも。俺は、ウィンディ。よろしくね」
 ウィンディは、笑顔で挨拶をした。

「それで、何をして欲しいのかな」
 マーリンは、ウィンディに事情を説明する。

「なるほどな。そうなら、俺も力を貸すぜ」
 ウィンディは、快く引き受けてくれた。

 「ありがとうございます」とエメラーダはお辞儀をして礼を言う。

「早速だが、始めようか」
 マーリンは、卓の上に火薬の材料を並べる。辺りに、硫黄の臭いが漂う。

「これらを混ぜると、火薬になる。そこで、こいつに更なるひと手間を加える」

 マーリンは石を取り出した。石は七色に輝いている。

「この石は、触れたものを変える性質がある。石に、ルチアとウィンディの力を込めるのだ。そして、火薬と共に石を入れれば、火薬はたちまち氷薬となるだろう」

「なんだかよくわからんが、とっとと初めてくれないか」
 マックスが横槍を入れる。

「せっかく作ろうとしているのに。その口の聞き方はないだろうが」
 フォレシアは、マックスの態度に呆れ返ってしまった。

「まずは、火薬からいこう」
 マーリンは火薬の材料を、るつぼに入れる。

「つづいて、石にルチアとウィンディの力を込める」

 マーリンは、別の卓に移動する。その卓には、陣のようなものが書いてある紙が置いてあった。
マーリンはその紙の中央に、石を置く。

「ルチア、ウィンディ。頼んだぞ」

 ルチアとウィンディは「はい」と返事をすると、石に向かって手をかざした。
 ルチアから水が、ウィンディからは風が出てくる。

 石は光を放つと、両者から出ている水と風を吸い込んだ。

「よし、これで充分だろう」

 マーリンは紙の両端を持ち、石を中央に載せた状態で紙を持ち上げる。
 それをるつぼまで持っていくと、石をその中に入れた。

 るつぼが、青白く光る。それと共に、中の火薬が青白く変色した。

「これでいいのか」
 マーリンは、るつぼの中をマックスに見せた。

「見た目は氷薬だな」
「わかった。では、これを持っていけ」
 マーリンは、氷薬を皮袋に移すと、エメラーダに手渡した。

「ありがとうございます!」
 エメラーダは礼を言った。顔には歓喜が浮かんでいる。

「では、これにて失礼させていただきます」
 エメラーダが一礼して、その場をあとにしようとしたとき――

「待て、私も行こう」

 マーリンが、エメラーダの背中に向かって一声かけた。いつの間にか、荷物をまとめている。それとなく、出発の支度をしていたようだ。

「えぇ!?」
 マーリンからの思わぬ申し出だ。エメラーダは素っ頓狂な声を上げた。

「マーリンちゃん、ついて行って大丈夫なの? だって悪者扱いされてるでしょ」
 ヘッジが口を開く。顔はにこやかだが、それとなく困惑の色が見える。

「今は緊急事態だ。あえて追い出すような真似はせんだろう。それに、アナセマスの植物とやらに、興味が湧いてきた」
 マーリンは、白い歯を見せた。

「危なっかしいってのに、ずいぶんと楽しそうだな」
 マックスは、半ば呆れた様子で呟く。

「本当に、来てくださるのですか?」
 エメラーダは、再度確認する。

「うむ。何が起こっているのか、この目で確かめたくなったのでな」

「わかりました。こちらとしても、助かります。でも、無理はしないでくださいね」
 エメラーダは、マーリンを気遣う。

「心配は無用。伊達に魔術師として恐れられておらんわ」
 マーリンは不敵な笑みを浮かべた。

「では、一刻も早く、ドラフォン城に戻りましょう」
 一同は、その場を後にした。
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