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第56話 ヨランダ②

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「『男に絆され』と申しましたね。ジャンのあなたに対する思いはわかっていたのでしょう? 魔術師の本分とやらが愛情に勝っているとは思えません」
 沈黙を破ったのはサフィーアだった。

「まさか蒼き剣が愛を語り出すとはな。多くの命を奪ってきたというに。見たところ女のようだが、所詮貴様もただの女というわけか」
 ヨランダが嘲る。

「そうですよ。私はただの女です。愛のために、私は剣になったのです」
 サフィーアの表情が憂いを帯びてくる。

「私は愛する者の力になりたかったから、剣になったのです。けれど、それは間違いだった……」
 顔を手で覆う。一同はその姿を黙って見ていた。

「ドラゴンは倒され、無名経典は再封印された。これで時空の歪みは質された。そうですよね?」
 覆っていた手を下げ顔を上げると、ルシエルの方を向いた。
 ルシエルは「そうね」と言いながら頷く。

「ならば私の役目もおしまいです」
 サフィーアが光り輝いた。あまりの眩しさに、一同の目が眩む。

「何をする気なんだ!?」
 ロビンが驚きの声を上げる。

<あなたを蒼き剣から解放します。花の妖精に戻るのです>
 サフィーアの声がロビンの耳に響いた。

「解放するって言ってもどうやって……」
 ロビンの疑問に、サフィーアはこう答える。

<蒼き剣を消滅させるのです。そうすれば、あなたは元に戻るでしょう>

「そんなことをしたら、サフィーアは……」

<私は十分生きました。命は惜しくありません。ロビン、私はあなたにお返しがしたいの>

「お返しって……」
 少し考えたが、思い当たることはない。ロビンは首を傾げる。

<あなたのおかげで私は自分を取り戻すことができました。本当にありがとう>

 サフィーアは手を前の方に差し出すと、体が砂のように崩れていく。その顔には安らかな笑みが浮かんでいた。

「サフィーア!」
 ロビンは叫んだが、返事はなかった。

 光が収まり、一同は目を開ける。そこにサフィーアの姿はなかった。入れ替わるように、ロビンが姿を現す。

「ロビン! その姿は……」
 エメラーダが呼びかける。

 ロビンは自分の手の平を見た。そこにあったのは花の妖精のときによく見た、少年のような手であった。

「本当に、花の妖精に戻ったみたいだ。エメラーダも、元の格好に戻ってるね」

「そう……みたいですね」
 エメラーダもまた、フルアーマーからのいつもの服装に戻っていた。

「サフィーアさんはどこに?」
 一通り辺りを見回すも、サフィーアの姿がなかった。

「サフィーアは……」
 ロビンはつい先程起こったことについて説明した。その最中、目が涙ぐむ。

「そうだったのですか。どおりで、蒼き剣が見当たらないなと思ったら。ありがとうございます」
 事情が飲み込めたエメラーダは、ロビンに礼を言った。



「向こうから誰か来るぞ」
 マックスが額に手をかざし、遠くを眺める。一同は、マックスと同じ方向を見た。

「あれは……ジョービズ王か」
 フォレシアが向かってくる人物の確認をした。丁度ジョービズが従者を引き連れてやってきたところである。

「エメラーダよ! 無事か?」
 ジョービズの声が響き渡る。

「はい! 王都を脅かすドラゴンは、この手で退治いたしました」
 エメラーダは溌剌はつらつと答えると、一礼する。

「ドラゴンが現れたと聞いて即座に飛び出したときは、肝を冷やしたぞ。とにかく無事で何よりだ」
 ジョービズはエメラーダを労う。その顔からは、安堵が伺える。

「そこにいる女、見ない顔だな……もしや」
 エメラーダからヨランダに目を移すと、観察するように見ていた。
 そんなジョービズをヨランダが睨みつける。

「貴様! 無礼だぞ! この方をどなたと心得る!」
 従者が鋭い目付きになっているヨランダを叱りつける。

「無礼なのはどっちだ。人のことを舐めるように見おってからに」
 ヨランダは従者の方を睨みつけた。

「この女こそヨランダだ」
 マーリンが代わりに答える。

「なんと……」
 ジョービズと従者が息を飲んだ。

「すると、舐め回すように見てたこの若造が今のウォノマ王国の王というわけか」
 ヨランダは再びジョービズに視線を送る。今度は嘲笑するような目つきだ。

「私を公衆の面前で打首にするのか。いいだろう。好きにするがいい」
 そう語るヨランダの目に狂気が走る。

「いいや。私はそなたを打首になどせぬ。さりとて此度の被害は看過できぬ。ヨランダよ。そなたには城の東にある離宮に入ってもらう。命尽きるまで、そこから出ることは許さぬぞ」

 ジョービズは威厳ある声で告げた。

「はっ、随分と見くびられたものだ。後悔しても知らんぞ」
 ヨランダはふてぶてしい態度を取った。

「ヨランダさん。陛下はあなたの事情を存じております。魔術の研究を始められたのも、元々は人々の生活をより良いものにするためでしょう。もっとも、ヨランダさんの行いに関しては看過できるものではありませんが」

「……小娘に庇われるとは。私も耄碌もうろくしたもんだ」
 エメラーダの発言に対し、ヨランダは苦笑いをした。

 しばらくして、ヨランダは従者に連行される。ジョービズも城へと戻っていった。
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