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第57話 ヨランダ③

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「おいクソ妖精。時空の歪みとやらはなくなったんだろ? 俺をとっととヒガンナに帰しやがれ」
 ヨランダの姿が見えなくなってから、マックスが口を開いた。

「口の利き方がなってないわよ。まぁいいけど。ちょっと待ってなさい」

 ルシエルはやれやれと言った調子で答えると、人差し指を立て、指で数字の一を書くように縦に動かした。

 指の動きに合わせて、空間の裂け目ができる。裂け目から覗くのは、様々な色の絵の具をいっぺんに混ぜたような、混沌とした色であった。

「この隙間に入れってのか。大丈夫なのか?」
 マックスが裂け目を指さしながら、ルシエルを見る。

「大丈夫よー。その中に入れば、飛ばされた時間と場所に戻れるわよ。多分」

「多分ってなんだよ!」

「不安なのはわかるが、帰る手立てがそれしかないのであろう。だったら飛び込むしかないではないか」
 ルシエルに向かって憤るマックスを、フォレシアがなだめる。

「それもそうだな。俺はもう行くぞ」
 マックスが裂け目の中に入ろうとしていたときのことである。

「マックスちゃーん。別れの挨拶くらいしようよ」
 ヘッジがマックスに呼びかけた。

「何も言うことはねぇよ。特に仲間と住民に切りかかったり、ディーダのことを化け物呼ばわりするような奴に」

「私、そんなことまでしてたんですか……」

 仲間と住民に切りかかったというのは聞いている。挙句、大事に思っている存在を化け物呼ばわりしてたのか。
 エメラーダは頭を抱えた。

「まぁまぁいいじゃないの。それにお別れなのにギスギスしてるのも、それはそれで悲しいでしょ」
 ヘッジはエメラーダの方を向いた。

「じゃあねー、エメラーダちゃん! 俺ちゃんがいなくなっても、泣かないでね!」
 エメラーダに手を振ると、裂け目の中に入っていった。

「どさくさに紛れて、先に入ってんじゃねぇよ」
 マックスは呆れながら、ヘッジの背中を見送った。

「では私もこれで。グレイセスの草花、実に素晴らしいものであった」
 続いてフォレシアが裂け目に入る。

「どいつもこいつも!!」
 我先へと入っていった二名に対し、マックスは怒声を浴びせるが、もう姿は見えなくなっていた。

「マックスさん!」
 エメラーダが呼びかける。

「なんだよ。何も言うことはねぇって言っただろ」
 マックスは面倒くさそうに返事をする。

「それは存じております。私の方で一言ありまして……」
 エメラーダは一息置くと、語りかけるように言った。

「お元気で」

 口元には笑みが浮かんでいた。せめて気持ちよく送ってあげたいという思いがあったからである。

「……じゃあな」
 マックスは振り返ることなく、裂け目に向かっていった。


「行っちゃったねぇ……」
 ロビンは名残惜しそうに、三名の後ろ姿を見送った。

「でも、元いた所に帰れたようで、なによりです」

 エメラーダも見送っていた。寂しさがないわけではなかったが、彼らが帰れてよかったと思う気持ちの方が大きかった。

「あたしも裂け目を閉じたら撤収するわねー」
 ルシエルが裂け目を閉じようとしたとき、ロビンが声をかけた。

「ルシエル、裂け目に入ってないのに閉じちゃって大丈夫なの?」

「アタシはねー姿から大丈夫よ。といってもアナセマスの民がいなくなったから、しばらくはグレイセスに現れないと思うけど」

「そっかぁ……」

 ルシエルは、やることなすこと無茶苦茶だ。ロビンは振り回されてばかりいたが、それでもいなくなったら寂しくなる。ロビンの胸中は複雑であった。

「それよりもさ、あんた、花の妖精に戻ったんでしょ。エメラーダにくっついてるつもり?」

 ルシエルに指摘され、ロビンはハッと気づく。そうだ、自分にも選択が迫られているのだと。

 元はというと、ラプソディアの花の妖精だ。そうはいっても長距離を移動する能力がない。ウォノマ王国まで来てしまった以上は、そこで花の妖精をやるしかないだろう。そうなると――

「ロビンともお別れになるのですね」

 エメラーダは微笑みながら言った。どことなく、寂寥せきりょう感がある。

「ご、ごめんなさい」

「謝らなくてよいのですよ。それぞれ、本分というものがあるのですから」

「カレドニゥス侯爵夫人として世継ぎを残す。それがお前さんの本分か」
 マーリンが口を挟んだ。

「はい」
 エメラーダははっきりと答えた。

「お前さんはソーディアン家のものなんだろう? 剣を持って、人々を守るために戦うのではなかったか?」
 マーリンは続けて問う。

「はい。ですが、平和がなによりです。私は、クラウディオ様を支えていきたいのです」
 エメラーダはきっぱりと答えた。その目に迷いはない。

「ヨランダが聞いたら、怒り狂うであろうな。こういったことはとにかく時間がかかるのだろう。一方では、着実に進んどるのかもしれん」

 マーリンはそう言い残すと、その場を去っていった。

「では、私はカレドニゥスに帰るとしましょうか。ロビンもお元気で!」

「エメラーダも、元気でねー!」

 エメラーダは別れの挨拶をしたあと、振り返ることなくその場を後にする。ロビンはエメラーダの姿が見送るように、その場に留まる。姿が見えなくなるや、ロビンも移動した。

 こうしてめいめいは帰路に着いた。
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