ポータルズ -最弱魔法を育てようー

空知音

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第十章 奴隷世界スレッジ編

第27話 コリーダの冒険

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 真竜の母三人の内、最も長い道のりを越えなければならないコリーダは、馬の背に乗り、北東を目指していた。
 彼女は、前を行くリーヴァスを追うのに必死になっていた。
 小さなころ習っただけの乗馬技術で、ベテラン冒険者を追うのは、大変な苦行だった。
 しかし、これには、竜人たちの、そしてきっとナルとメル、そして子竜たちの命が掛かっている。
 彼女は歯を食いしばり、馬の手綱にしがみつくのだった。

 大陸中部にある砂漠を迂回し、狐人領へたどり着くのに十日もかかった。
 神樹の根元に築かれた巨大な城にたどり着くと、コリーダは気を失ってしまった。

 リーヴァスが彼女を背負い城の中へ向かう。
 前もってギルドから知らせを受けていた、コルネが走りでてきた。 

「リーヴァス様、お久しぶりです」

「ああ、コルネ殿、彼女を休ませたいのだが」

「はい、お部屋を用意してあります」

 コリーダを丸一日休ませたリーヴァスは、その間にコルネに彼女の姉コルナの近況を知らせた。

「そうですか、姉さんは猫賢者様と修行をしているのですね」

「そうです。
 これからの事を考えると、どうしても必要な修行ですが、コルナにしかできそうにありませんでしたからな」  

「修行が終わると、姉はこちらに帰って来れますか?」

「うむ、あなたにはすまないが、シローがいる世界へ、ポータルを潜ることになると思う」

「そうですか。
 シローが聖樹様のお導きで動いている限り、それが最善なのでしょう……。
 どうか、姉上をよろしくお願いします」

「うむ、分かりましたぞ」

 到着してから二日後、コリーダが目を覚ますと、リーヴァスは彼女と共に、神樹のポータルを渡った。

 ◇

「お父さん!
 どうなってるんです?」

 リーヴァスがポータルから出ると、いきなり彼の娘、エレノアが質問する。

「エレノアや、落ちつけ」

「でも、ルルが……」

「ハニー、ルルのことだ。
 心配ないさ。
 俺たちは、お父様をお助けすることに、全力を尽くそう」

 ルルのことがあるので、動揺しているかと思っていたレガルスは、かえって冷静だった。 

「あ、あなた、そうは言っても――」

「ルルが向かう先には、あの『黒鉄シロー』がいるんだよ。
 それに、彼女は、自分の娘たちを助けにいくんだ。
 俺たちが心配する必要はないぜ」

 普段のルルに対するダメパパ振りが信じられないほど、レガルスは落ちついていた。

「レガルス、ルルが心配させてすまぬな」

「いえ、彼女ならきっと大丈夫です」

「このような時は、お主がいてくれて頼もしいぞ」

「ははは、いつもは、だらしないですからね」

 レガルスには、その自覚があったらしい。
 そのとき、黒い馬車が停まり、黒いローブを着た高齢の女性が降りてきた。

「リーヴァス、元気かい?」

 女性は、ギルド本部の長、ミランダだった。

「お久しぶりです。
 この度は、ギルドにひとかたならぬお助けをいただき、ありがとうございます」

「ほほほ、相変わらず固いねえ、あんたの挨拶は。
 それより、シローはどうしてるんだい?」

 ミランダは、誰よりもシローの情報に精通しているから、これは形式的な質問だ。

「スレッジ世界にさらわれた竜人を追い、ポータルを渡ったと考えております」

「まあ、あの子は、自分より人の事を先にするタイプだからねえ。
 あんたが、もうちょっと何とかできなかったのかい?」

「……」

 これには、リーヴァスも返す言葉がない。

「シローは、フットワークが軽すぎるからね。
 今回は、それが裏目に出なきゃいいが……」

 彼女は少しの間、目を閉じていたが、それを開けたときには、すでにギルド長の顔になっていた。

「コリーダ姫を連れて、エルフ国へ行くんだろ。
 うちの『エスメラルダ』を使いな」

「はっ、ありがとうございます」

 ミランダは、ローブから黒いワンドを取りだすと、呪文を唱えた。
 キラキラした光が、コリーダを包む。
 彼女の顔色が、目に見えて良くなった。

「聖女様のようにはいかないけどね」

「ありがとうございます」

 ミランダは、馬車にリーヴァスとコリーダを招きいれると、セントムンデの港に向け、進路を取った。

 ◇

 セントムンデの港からエルフの国へ一週間の船旅、その後は馬車で二週間かけ、二人はやっとのことでエルフ国へ着いた。

 コリーダは、旅の疲れで倒れようとしたところを、お后である母親に抱きかかえられ、そのまま寝室へと運びこまれた。
  
 リーヴァスは、浴室でさっと身を整えると、友人でもあるエルフ王と会った。
 謁見の形をとらなかったのは、事が国の秘密に関わることだからだ。

 リーヴァスは、エルフ国に来るでの大まかな経緯を説明した。

「な、なんと!
 それでは、コリーダは、真竜の母親となっておるのか!?」

「陛下、その通りでございます」

「……とんでもないことだな。
 しかも、シロー殿を追った子竜にコリーダの『子供』が入っておるのか?」

「その通りでございます」

「ふう、えらいことになっておるの」

「実は、もう一つ報告がありまして」

 リーヴァスは、この旅で、ギルドから内々に、一つの指名依頼を受けている。
 それは、ポータルズ世界が崩壊の危機に瀕していることを知ってもらうことだ。
 もちろん、これは国王だけが知る秘密としなければならない。

「ポータルズ世界群の消滅……」

 話を聞いたエルフ王は、あまりのことに言葉を失う。

「今まで、シローが動くたびに世界群の危機が軽減されております」

「どうして、それと分かる?」

「細かいことは山ほどあるのですが、聖樹様がそうおっしゃったこと、そして彼が覚醒した職業で、はっきりしております」

「覚醒?
 彼は、すでに魔術師に覚醒しておったではないか」

「聖樹様、神樹様のお導きで、再び覚醒いたしました」

「……相変わらず常識外れじゃな、シローは。
 で、何に覚醒したのじゃ?」

 部屋は人払いがしてあり、国王とリーヴァスの二人だけだったが、リーヴァスは、わざわざ国王の耳元でささやいた。

「なっ、え、英雄……」

 思わず王が漏らしてしまった言葉が、驚きの大きさを示していた。

「うーむ、それなら今までの事も、その方が申した事も、全てうなずけるの」

 ノックもなしにドアが開くと、コリーダが入ってきた。
 王妃や、四人の姉妹もそれに続く。

「今は、リーヴァス殿と大切な話をしておる。 
 そちらは、しばし控えておれ!」

 国王が、厳しい声で告げる。
 話している内容が内容だけに、これは仕方がないことだ。

「お父様、そのような余裕はありません。
 至急、『黒竜の角笛』をお貸しください」

「なんだと?!
 コリーダ、お前は、なぜあれの事を知っておる?」

「子供のころ、宝物庫で手に取りました」

「ぬう、宝物庫を管理していた者たちは、何をしておったのじゃ」

「父上、その者たちを罰してはなりません。
 おかげで、世界群が救われるかもしれないのですから」

 コリーダにとっては、シローがいない世界など意味はないから、それはまさに言葉通りだろう。

「……よかろう。
 お主の望みどおり、『黒竜の角笛』を下賜いたそう」

「お父様、お貸しいただくだけで十分です。
 下賜など――」

「まあ、そう言うな。
 コリーダ、さきほどお前は私を父上と呼んだな。
 下賜する理由には、それだけで十分じゃ」

「お父様……」

「リーヴァス、すぐにスレッジ世界へ向かうのじゃろう?」

「はっ、一刻の猶予もございません」

「途中の宿は、こちらで用意する。
 事が終われば、コリーダを連れ、また来てくれ。
 これは、友人としての頼みじゃ」

「はっ、分かりました。
 では、良い風を」

 リーヴァスは王族向けの挨拶ではなく、友人としての挨拶を返した。

「コリーダ!」
「「お姉様」」
「お姉ちゃん」

 四人の王女がコリーダにまとわりつく。
 彼女は姉と抱きあい、妹の頭を撫でた。

「みんな、元気でね。
 また来るわ」

「本当よ、絶対また来てね!」

 最後に、お妃がコリーダと向きあった。

「コリーダ、また帰ってきてちょうだい」

 コリーダは、母親の体に軽く腕をまわした。

「また来るわ、お母様」

 そう呼ばれ、嬉し涙にくれる王妃と、四人の姉妹を残し、コリーダとリーヴァスは部屋を後にした。

 ◇

「なに?
 リーヴァスとコリーダ姫が城に来ている!?」

 口ひげを生やした、大柄な貴族が大声を上げる。

「はっ、間違いありません」

「シローという冒険者はどうじゃ?」

「今回は、二人だけのようです」

「そうか、ちょうど良い。
 目にもの見せてくれるわ!」

 この貴族、かつて史郎たちがエルフ国の危機を救った時、いちいち邪魔をしようとしたことで、今では爵位を下げられ、細々と毎日を生きている。
 この男は、もしリーヴァスたちに何かあれば、世界群が消滅するかもしれないなどとは、夢にも思ってはいない。

 エルフ王城から西海岸まで続く街道沿いにある街の郊外には、王族の別荘があるが、リーヴァスとコリーダが旅の足をここで休めた夜、そこを二百人にも及ぶエルフ兵が取りかこんだ。
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