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空知音

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第二章 獣人世界グレイル編

第29話 猿人族の焦り

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猿人族の長、ダスクは途方に暮れていた。


北の村々から順に、人が消えていくのだ。

理由は分かっている。

何せ、毎回同じ置手紙があるのだ。

余りにも痕跡を残さない手口に、初めは身内の犯行を疑った。

しかし、目撃者の証言が重なるにつれ、誰かが外部から侵入し、連れ去っていくというのがはっきりしてきた。

問題は、その手口である。

一つの村の猿人全員が宙に浮き、そのまま空を飛んで行く。

その方角がいずれも北を向いていることから、大陸北部の諸部族のしわざであるのは間違いない。

しかし、そんな力を持つ部族など、聞いたことが無い。

迷信深い者たちの間では、「神獣様の怒り」という言葉が流れ始めていた。

人族の片棒を担いだ猿人に神獣様の怒りが下った、というのがその中身である。

一部では人族排斥の動きさえ出ており、このままでは長自身の地位さえ危いところまで来ていた。

決断せねばなるまい。

どれか一つ部族を決めて敵とみなし、そこに総攻撃を仕掛けるのだ。

その結果がどうなるか分からないが、このままじっとしていては自滅するだけである。

幸い、他部族の拐取を担当していた実行部隊は丸々残っている。

これを全部動員すれば、十分な戦力になるはずである。

「実行部隊の班長を、全員集めよ」


お付きの者にそう告げると、どの部族を目標にするか選び始めるのだった。

----------------------------------------------------------------

猿人の実行部隊が、三々五々、闘技場に入って行く。


イタリアのコロッセウムに似ている巨大な闘技場は、すでに人で溢れていた。

今この場にいる者たちこそ、猿人が他部族を滅ぼして来た歴史そのものだった。

傾斜を成す観客席に当たる部分に戦闘員が座り、闘技場中央には各部隊の班長クラスが勢揃いしていた。

銅鑼が打ち鳴らされると、闘技場は静まり返った。

観客席中央の特別席で、猿人族の長ダスクが立ち上がった。
普段なら行動を共にすることが多い人族の女性は、部屋で待機してもらっている。

「同胞諸君よ!」

魔道具を通して、長の声が闘技場の隅々まで響き渡った。

「我々は、かつてない危機に直面している。
北部に巣食う下等な部族どもが、我らの家族をさらうという暴挙に出た」

長は、怒りを込めた自分の言葉が、群衆の頭に入っていくまで少し待った。

「今まで生かしておいてやった恩を忘れ、我々に牙をむいたのだ。
そのようなことを企てた、奴らの中心も判明しておる」

闘技場全体がどよめく。

「今回の企ての中心におるのは、狐人族じゃった。
確かな証拠もある」

無論、そんなものは無いが、戦闘を始めれば後は何とでもなる。

「諸君は、狐人族を許しておけるか?」

否を表すありとあらゆる叫び声が、雷鳴のように闘技場を震わせた。

そして、それは、いつしか一つの声にまとまっていった。

「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」

ここまでくれば、あとは一言で済む。
ダスクは、内心ほっとしていた。

「出撃じゃ!」

「「「おおーっ!!」」」

彼の一言に、鬨の声が応える。

狐人族を一人残らず滅ぼす。 


猿人族の意思が、一つにまとまった。

----------------------------------------------------------------

史郎は、その様子を上空に浮かべた点ちゃん1号の中で見ていた。


闘技場の中央10mくらいの高さに設置した点が、映像を音声付きで送ってくる。

内容さえ問わなければ、なかなかのスペクタクルである。

「あちゃ~、狐人族が悪者にされちゃってるよ」

俺は、心底呆れていた。

「猿人め。 ここまで他種族を見下していたのじゃな」

やはり、呆れ顔のコルナの口調が元に戻っている。

「史郎君、大丈夫なの?」

映像のあまりの迫力に、舞子が顔色を変えている。

「あー、それは大丈夫。 
奴らが使ってる魔道具も、もう無効化できるようになったしね」

山岳地帯で敵から押収した魔道具を使い、どの部分にどういう処置をすれば無効化できるかは、既に調べてあった。

点ちゃんが戻ってきた今、魔道具の攻撃を受けても大丈夫なのだが、念には念を入れた。

「でも、ものすごい数いるよ」

舞子は、当然の心配をしてくる。
まあ、点ちゃんのことは、詳しく教えてないからね。

「舞子、絶対に大丈夫だから。 
安心するといいよ」

俺が微笑みかけると、真っ赤になって下を向いている。

「うん、信じてる」

二人の間に何かを感じたのか、コルナが割って入る。

「お兄ちゃん。 コルナたち狐人族を助けてね」

「ああ、コルナ。 俺に任せておけ」

「キャー、お兄ちゃん、カッコいー!」

コルナが飛びついてくる。

こうなると舞子が参戦して、シリアスムードはどこへやら。

「はー、毎回毎回、よくやるね」

ミミが、自分のことは棚に上げて呆れている。

「だ、大丈夫でしょうか?」

さすがにポルは不安そうだ。

これから起こる戦闘に、ポルだけは参加させるつもりでいる。
滅ぼされた部族の生き残りである彼こそが、歴史の生き証人となるべきだ。
俺は、そう考えている。

「さあ、奴らに点もつけたし、帰ろうか、点ちゃん」

『はいはいー』

既に俺の興味は、点ちゃん1号に設置したばかりの風呂に移っていた。
点ちゃん1号が普通に飛ぶと、風呂にゆっくり入る時間もないから、どうやってゆっくり飛ばすか頭を絞るのだった。



相変わらず、この少年はどこまでも緊張感に欠けていた。
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