ポータルズ -最弱魔法を育てようー

空知音

文字の大きさ
205 / 607
第六章 竜人世界ドラゴニア編

第7話 ポルを追って

しおりを挟む


 史郎は、いつもの浮遊感の後、見慣れたケーナイのポータル部屋に出た。


「お久しぶりです」

 管理官の犬人ワンズが出迎えてくれる。

 「こんにちは」

 偽装した竜人の人相をワンズに告げ、彼女あるいは彼がポータルを利用したかどうか尋ねた。

 「ああ、その男性なら、シローさんがアリストに渡った直後に来ました。
 その三日後でしたか、アリストへ渡っていきましたよ」

 「彼は、こちらに帰ってきたかい?」

 「ええ、4、5日前でしたか」

 「顔つきなどに……ああ、まあいいか。どうもありがとう」

 モーフィリンで、容姿は変えているだろうからね。

 史郎はポータル室を出ると、すぐにギルドに向かった。

------------------------------------------------------------------------

 扉を開いて中に入ると、ギルドはいつもと様子が違っていた。

 数人ずつが集まり、みんな深刻そうな顔をしている。
 カウンターは閉まっていた。

 「シロー!」

 顔見知りの冒険者が話しかけてくる。

 「ポルがさらわれちまった……。俺達がついていたのに済まない」

 「いや、皆さんのせいではありませんよ」

 むしろ、俺のせいですから。

 「おお、シロー、来たのか。ポルの事だな」

 ギルドマスターのアンデが、奥から出てくる。

 「一応、こういうモノを作っておいたよ」

 竜人の女と彼女が偽装した男性姿の両方が映ったシートを渡す。

 「こいつがポルを誘拐したやつか」

 「ああ、少なくとも犯人の関係者だと思う」

 「こりゃ、助かる。すぐ皆に配ろう」

 そのとき、ギルドの中に12、3歳であろう犬人の少年が勢いよく入ってきた。
 アンデが、かがんで話しかける。

 「うん? 誰かに用かな?」

 「ギルドマスターって誰?」

 「俺だが?」

 「ギルドマスターにこれを渡してって」

 少年は持っていた封筒をアンデに手渡した。

 「じゃ、渡したよ!」

 彼は、そう言うと、だっと外に飛びだしてしまった。
 まあ、ごつい大人が沢山たむろしている所には長居したくないだろう。とりわけ、今は皆が殺気だってるし。

 アンデが封筒を開ける。

「こ、これは!?」

 封筒には一枚の紙が入っており、不吉な赤い文字でこう書かれていた。

  狸人の少年を返して欲しければ、明日の日の出の時刻、シローという男が一人で次の場所まで来い。

           竜の顎

 赤い文字は、俺達が読むと空中に浮きあがり、煙のように消えた。魔道具で書かれていたらしい。

 「アンデ、竜の顎ってどこだ?」

 「ああ、ケーナイ南東にある、砂漠に囲まれた谷だな。」

 「砂漠なのに谷があるのか?」

 「昔は川が流れていたらしい」

 「なるほど」

 「どうする? なんならギルドでサポートするが」

 「いや。得体の知れない相手だから、用心するにこしたことはない。
 ここは、相手の希望通り、俺一人で行く」

 「ポルは、他人とは思えん。俺も行くぞ。お前が断ってもな」

 アンデがポルの事を本気で心配していることが分かって嬉しかった。

 「分かった。だが、相手との交渉は、俺だけで行うがいいか?」

 「そこは任せよう。頼んだぞ」

 こうして、史郎とアンデは得体の知れない相手と会うことになった。

--------------------------------------------------------------------

 その日、史郎は久しぶりでケーナイのギルドに泊まった。

 彼の使っていた部屋は、アンデがそのままにしておいてくれている。

 「黒鉄シローの部屋」

 ドアに立派な金属製のネームプレートまで付いていた。

 普通にしていたら眠れそうにないから、コケットを出して横たわる。


  森の中をポルが走っている。
  彼の顔は恐怖にひきつっている。
  空に何かの影がある。
  それが一瞬で降りてくると、ポルの姿が消えてしまった。


 がばっと、飛びおきる。コケットも悪夢までは防げなかったようだ。コケットから降り、木窓を開けると、まだまっ暗だった。
 点ちゃん収納からバスタブを取りだして湯を入れ、入浴する。緊張があるときほどくつろぐべき、というのが俺の生き方だからね。

 『ご主人様は、ちょっとくつろぎ過ぎかも』

 点ちゃん、まあ、そう言わないでよ。

 ノックがあったので、入ってくるように言う。アンデがバスタブでくつろいでいる俺を見て呆れていた。

 「おい、いいのか、それ。あと1時間で夜明けだぞ」

 「そうか。ありがとう。すぐ出るから、用意をしておいてくれ」

 アンデは、首を横に振りながら部屋から出ていった。

 さて、いよいよだな。

------------------------------------------------------------------

 昨日の内に、現地に飛んで点をばらまいておいた史郎は、アンデを連れて瞬間移動した。

 竜の顎は、砂漠の中に一部残された深い谷である。硬い岩盤が谷を形成しているのか、砂の浸食を耐え、元の形をとどめている。
 砂漠から突きだした谷の両側が、山のように地表からそそり立っている。ただ、その部分は300mくらいの長さしかない。
 高さは100mくらいだろう。

 横から見ると、地面から顔を出した竜が口を開けているように見えなくもない。
 「竜の顎」か。俺には、むしろワニの口のように見えた。

 昨日の下見で、点は十分にばらまいてある。敵に逃げ道は無い。
 俺達は、谷底の大きな岩陰に現れ、そのまま身を潜めている。
 空が群青色に染まって来たから、夜明けは近いだろう。刻々と色を変えていく砂漠の空は、こういう時でなかったら素晴らしい見ものだったろう。

 谷を形成する崖の先端が黄金色に染まる。夜が明けたようだ。谷底にいる俺達は、直接日の出を見ることは出来ない。

 「シロー、いるなら出てこい!」

 谷底に木霊する声がした。

 「ここにいるぞ」

 アンデを岩陰に残し、俺一人が出ていく。
 50mほど離れたところに、大きな蜥蜴のような生き物とそれが引く荷台が見えた。荷台の下には車輪ではなく、ソリが付いているようである。
 その前には、フードをかぶった人影があった。

 「一人だけだな?」

 男性の低い声がする。

 「ああ。ポルの顔を見せてくれ」

 「宝玉の方が先だ。そこに置いて下がれ」

 「お前は、馬鹿か。それをお前が掴んで逃げないとどうして言える。それでは、話にならんな」

 「……よかろう。手のひらに載せて、こちらに近づけ。ただし、俺が止まれと言ったら、止まれ」

 「いいだろう」

 俺は点収納から宝玉を1つ出し、手のひらに載せた。

 「近づけ」

 俺は胸の前で宝玉を掲げたまま、ゆっくりと奴に近よる。砂漠の朝は、無音である。風も無い谷間に、砂を踏む俺の足音だけが響いた。

 「止まれ!」

 俺が止まると、奴は懐から遠見の魔道具らしきものを出した。フードを取り、魔道具を覗きこんでいる。その顔は若い猫人のものだった。

 「まちがいない……。『黒竜王の涙』だ」

 猫人は、うめくように言った。

 「3つ全てあるんだろうな」

 「ああ」

 男はこちらから目を離さないように横歩きして、荷台の所まで行った。覆いを引きはがし、大きな袋を引っぱりおろす。袋の口を結んでいる紐をほどくと、見慣れたポルの三角耳が出てきた。
 目を閉じているのは、眠り薬でも飲まされているからだろう。

 「これで満足したか? 三つの玉を手のひらに載せて、こっちに来い」

 「その前に、ポルを起こして歩けるようにしろ」

 「それは出来ない相談だ。この少年が飲んだポーションは、最低1日は目を覚まさないものだ」

 「では、袋から出すだけでいい」

 男は舌打ちしながら、苦労してポルを袋から出した。

 「では、宝玉を見えるようにしてこちらに近づけ」

 忌々しそうに言ってくる。
 言われた通りしながら、俺は奴とポルに点を付けた。万全の態勢である。

 俺達の距離が一投足の距離まで縮まると、猫人が自分の口を隠した。何か唱えているようである。
 突然3つの玉が、紫色の光を発し、宙に浮いた。
 同時に、俺たちの上方、両側の崖の中腹辺りで、ものすごい爆発が起きた。

 ズズズーン

 腹に響くような音と共に、両側の崖がこちらに向かってゆっくり倒れてくる。
 手のひらの上では、三つの玉の上方30cmくらいの所に、黒い渦が現れた。
 猫人は、ポルを盾のように抱えると、こちらに突進してくる。

 俺は、まず落ちてくる巨大な岩を点魔法で消した。

 「シロー!」

 アンデの声が意外なほど近くで聞こえる。岩陰から飛び出してきたのだろう。

 「アンデ、来るな!」

 俺は警告すると、猫人に対処する。
 三つの宝玉をつかんだ奴の腕を、点魔法の刃で切りおとす。
 地面に落ちた宝玉を掴んだ俺は、それをアンデの方に投げた。

 「アンデ、それを猫賢者に見せろ!」

 俺はそれだけ言うのがやっとだった。


 アンデの見ている間に、回転しはじめた黒い渦が、史郎を飲みこんでしまった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

処理中です...