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第六章 竜人世界ドラゴニア編
第7話 ポルを追って
しおりを挟む史郎は、いつもの浮遊感の後、見慣れたケーナイのポータル部屋に出た。
「お久しぶりです」
管理官の犬人ワンズが出迎えてくれる。
「こんにちは」
偽装した竜人の人相をワンズに告げ、彼女あるいは彼がポータルを利用したかどうか尋ねた。
「ああ、その男性なら、シローさんがアリストに渡った直後に来ました。
その三日後でしたか、アリストへ渡っていきましたよ」
「彼は、こちらに帰ってきたかい?」
「ええ、4、5日前でしたか」
「顔つきなどに……ああ、まあいいか。どうもありがとう」
モーフィリンで、容姿は変えているだろうからね。
史郎はポータル室を出ると、すぐにギルドに向かった。
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扉を開いて中に入ると、ギルドはいつもと様子が違っていた。
数人ずつが集まり、みんな深刻そうな顔をしている。
カウンターは閉まっていた。
「シロー!」
顔見知りの冒険者が話しかけてくる。
「ポルがさらわれちまった……。俺達がついていたのに済まない」
「いや、皆さんのせいではありませんよ」
むしろ、俺のせいですから。
「おお、シロー、来たのか。ポルの事だな」
ギルドマスターのアンデが、奥から出てくる。
「一応、こういうモノを作っておいたよ」
竜人の女と彼女が偽装した男性姿の両方が映ったシートを渡す。
「こいつがポルを誘拐したやつか」
「ああ、少なくとも犯人の関係者だと思う」
「こりゃ、助かる。すぐ皆に配ろう」
そのとき、ギルドの中に12、3歳であろう犬人の少年が勢いよく入ってきた。
アンデが、かがんで話しかける。
「うん? 誰かに用かな?」
「ギルドマスターって誰?」
「俺だが?」
「ギルドマスターにこれを渡してって」
少年は持っていた封筒をアンデに手渡した。
「じゃ、渡したよ!」
彼は、そう言うと、だっと外に飛びだしてしまった。
まあ、ごつい大人が沢山たむろしている所には長居したくないだろう。とりわけ、今は皆が殺気だってるし。
アンデが封筒を開ける。
「こ、これは!?」
封筒には一枚の紙が入っており、不吉な赤い文字でこう書かれていた。
狸人の少年を返して欲しければ、明日の日の出の時刻、シローという男が一人で次の場所まで来い。
竜の顎
赤い文字は、俺達が読むと空中に浮きあがり、煙のように消えた。魔道具で書かれていたらしい。
「アンデ、竜の顎ってどこだ?」
「ああ、ケーナイ南東にある、砂漠に囲まれた谷だな。」
「砂漠なのに谷があるのか?」
「昔は川が流れていたらしい」
「なるほど」
「どうする? なんならギルドでサポートするが」
「いや。得体の知れない相手だから、用心するにこしたことはない。
ここは、相手の希望通り、俺一人で行く」
「ポルは、他人とは思えん。俺も行くぞ。お前が断ってもな」
アンデがポルの事を本気で心配していることが分かって嬉しかった。
「分かった。だが、相手との交渉は、俺だけで行うがいいか?」
「そこは任せよう。頼んだぞ」
こうして、史郎とアンデは得体の知れない相手と会うことになった。
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その日、史郎は久しぶりでケーナイのギルドに泊まった。
彼の使っていた部屋は、アンデがそのままにしておいてくれている。
「黒鉄シローの部屋」
ドアに立派な金属製のネームプレートまで付いていた。
普通にしていたら眠れそうにないから、コケットを出して横たわる。
森の中をポルが走っている。
彼の顔は恐怖にひきつっている。
空に何かの影がある。
それが一瞬で降りてくると、ポルの姿が消えてしまった。
がばっと、飛びおきる。コケットも悪夢までは防げなかったようだ。コケットから降り、木窓を開けると、まだまっ暗だった。
点ちゃん収納からバスタブを取りだして湯を入れ、入浴する。緊張があるときほどくつろぐべき、というのが俺の生き方だからね。
『ご主人様は、ちょっとくつろぎ過ぎかも』
点ちゃん、まあ、そう言わないでよ。
ノックがあったので、入ってくるように言う。アンデがバスタブでくつろいでいる俺を見て呆れていた。
「おい、いいのか、それ。あと1時間で夜明けだぞ」
「そうか。ありがとう。すぐ出るから、用意をしておいてくれ」
アンデは、首を横に振りながら部屋から出ていった。
さて、いよいよだな。
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昨日の内に、現地に飛んで点をばらまいておいた史郎は、アンデを連れて瞬間移動した。
竜の顎は、砂漠の中に一部残された深い谷である。硬い岩盤が谷を形成しているのか、砂の浸食を耐え、元の形をとどめている。
砂漠から突きだした谷の両側が、山のように地表からそそり立っている。ただ、その部分は300mくらいの長さしかない。
高さは100mくらいだろう。
横から見ると、地面から顔を出した竜が口を開けているように見えなくもない。
「竜の顎」か。俺には、むしろワニの口のように見えた。
昨日の下見で、点は十分にばらまいてある。敵に逃げ道は無い。
俺達は、谷底の大きな岩陰に現れ、そのまま身を潜めている。
空が群青色に染まって来たから、夜明けは近いだろう。刻々と色を変えていく砂漠の空は、こういう時でなかったら素晴らしい見ものだったろう。
谷を形成する崖の先端が黄金色に染まる。夜が明けたようだ。谷底にいる俺達は、直接日の出を見ることは出来ない。
「シロー、いるなら出てこい!」
谷底に木霊する声がした。
「ここにいるぞ」
アンデを岩陰に残し、俺一人が出ていく。
50mほど離れたところに、大きな蜥蜴のような生き物とそれが引く荷台が見えた。荷台の下には車輪ではなく、ソリが付いているようである。
その前には、フードをかぶった人影があった。
「一人だけだな?」
男性の低い声がする。
「ああ。ポルの顔を見せてくれ」
「宝玉の方が先だ。そこに置いて下がれ」
「お前は、馬鹿か。それをお前が掴んで逃げないとどうして言える。それでは、話にならんな」
「……よかろう。手のひらに載せて、こちらに近づけ。ただし、俺が止まれと言ったら、止まれ」
「いいだろう」
俺は点収納から宝玉を1つ出し、手のひらに載せた。
「近づけ」
俺は胸の前で宝玉を掲げたまま、ゆっくりと奴に近よる。砂漠の朝は、無音である。風も無い谷間に、砂を踏む俺の足音だけが響いた。
「止まれ!」
俺が止まると、奴は懐から遠見の魔道具らしきものを出した。フードを取り、魔道具を覗きこんでいる。その顔は若い猫人のものだった。
「まちがいない……。『黒竜王の涙』だ」
猫人は、うめくように言った。
「3つ全てあるんだろうな」
「ああ」
男はこちらから目を離さないように横歩きして、荷台の所まで行った。覆いを引きはがし、大きな袋を引っぱりおろす。袋の口を結んでいる紐をほどくと、見慣れたポルの三角耳が出てきた。
目を閉じているのは、眠り薬でも飲まされているからだろう。
「これで満足したか? 三つの玉を手のひらに載せて、こっちに来い」
「その前に、ポルを起こして歩けるようにしろ」
「それは出来ない相談だ。この少年が飲んだポーションは、最低1日は目を覚まさないものだ」
「では、袋から出すだけでいい」
男は舌打ちしながら、苦労してポルを袋から出した。
「では、宝玉を見えるようにしてこちらに近づけ」
忌々しそうに言ってくる。
言われた通りしながら、俺は奴とポルに点を付けた。万全の態勢である。
俺達の距離が一投足の距離まで縮まると、猫人が自分の口を隠した。何か唱えているようである。
突然3つの玉が、紫色の光を発し、宙に浮いた。
同時に、俺たちの上方、両側の崖の中腹辺りで、ものすごい爆発が起きた。
ズズズーン
腹に響くような音と共に、両側の崖がこちらに向かってゆっくり倒れてくる。
手のひらの上では、三つの玉の上方30cmくらいの所に、黒い渦が現れた。
猫人は、ポルを盾のように抱えると、こちらに突進してくる。
俺は、まず落ちてくる巨大な岩を点魔法で消した。
「シロー!」
アンデの声が意外なほど近くで聞こえる。岩陰から飛び出してきたのだろう。
「アンデ、来るな!」
俺は警告すると、猫人に対処する。
三つの宝玉をつかんだ奴の腕を、点魔法の刃で切りおとす。
地面に落ちた宝玉を掴んだ俺は、それをアンデの方に投げた。
「アンデ、それを猫賢者に見せろ!」
俺はそれだけ言うのがやっとだった。
アンデの見ている間に、回転しはじめた黒い渦が、史郎を飲みこんでしまった。
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