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第七章 天竜国編

第4話 小さな暴君

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 朝、史郎が起きると、ルル、ナル、メルは、もう部屋にいなかった。

 点ちゃんからの情報では、昨日歓待を受けた部屋より、さらに洞窟の奥にいるらしい。

 俺は水晶灯が照らす通路を、パレット上のマップに沿って進んで行った。今までで一番大きな空間に出る。壁面と天井に水晶灯が埋め込まれたその部屋は、非常に明かるかった。

 小さな竜が、いくつかのグループに分かれているように見える。
 グループごとに竜の大きさが違うのは、年齢別だからだろう。成人した竜が、ちらほら見られることから、ここは、教育施設なのかもしれない。

 俺は、部屋の端にいるルルの所へ行った。彼女は、冒険者姿で、きりっと立っている。見慣れている俺でも、その姿が綺麗だと思う。

 「ルル、お早う」

 「シロー、お早うございます」

 「ここは、何?」

 「ナルとメルによると、学校の様なものらしいです」

 ああ、そうか。アリストにも学校はあるからね。二人は、まだ通っていないけど。

 ルルが指さした方を見ると、何匹かの子竜が、輪になって体を動かしている。竜の姿に戻ったナルとメルが、他の竜と一緒に体を動かしている。
 その姿は、とても微笑ましいものだった。

 史郎とルルは、時間を忘れて二人の姿を見守るのだった。

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 史郎が気づくと、リーヴァス、コルナ、コリーダも彼の横で、竜のお遊戯を眺めていた。

 リーヴァスさんが、初めて見るデレデレした顔をしている。俺が見ているのに気づくと、恥ずかしかったのか、はっと真顔になった。
 竜達のお遊戯が終わっようで、輪になっていた子竜達が、ばらばらになる。

 ナルとメルも、人化して、俺達の所に駆けてきた。ルル、リーヴァス、コルナ、コリーダに抱きついた後、いつものように、ドーンと俺にぶつかってきた。

 「パーパ、見てくれた?」

 「見てたよ。二人とも、とても上手だったね」

 史郎が褒めると、二人は満面の笑みを浮かべた。

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 その時、部屋の反対側が騒がしくなった。

 そこにある入り口から、二匹の子竜が入ってくる。

 青みがかった他の竜と違い、赤っぽい鱗をしている。
 他の子竜が、蜘蛛の子を散らすように逃げた。
 赤い子竜は、のっしのっしと我が物顔で、こちらに向かってくる。

 先生役の成竜が、こちらに向かって走りながら人化すると、叫び声を上げた。

 「逃げて! 逃げて下さい!」

 赤い竜は、部屋の中央辺りで10歳くらいの子供に変身すると、凄いスピードでこちらに走ってきた。

 「お前たちが、噂の真竜だな」

 俺達のそばまで来ると、片方のやや大きい方の少年が、話しかけてくる。息も切らせていないから、身体能力は高そうだ。

 だけど、フリ〇ン姿で女の子に話しかけるってどうよ。

 イオが、「キャー」と顔を手で覆っている。ナルとメルは、つーんという感じで、相手にしていない。

 「おい! 兄ちゃんの言うこと聞けよっ!」

 小さい方の赤竜が、ナルの手を取った。
 その瞬間、ナルがもう一方の手で赤竜の手をにぎり、ブンと振りまわした。すっ裸の男の子が、光の線となって後ろの壁に激突した。

 ドーン!

 「ぶへっ」

 彼は、壁際で横たわっている。立ちあがろうとして、首が動いているところを見ると、命に別状はないようだ。

 「ディーに何すんだっ!」

 大きい方の赤竜が、ナルに掴みかかろうとする。メルが、それをトンと押した。

 「うわーっ!」

 大きい方の赤竜も、地面と平行に飛んでいく。部屋の中央辺りで一度バウンドすると、反対側の壁際までコロコロ転がっていった。

 俺は、ナルとメルの頭を撫でてやった。

 「なにあれ?」
   「わかんない」

 まあ、そういう感想になるだろうな。俺は二人のやり取りを聞いて、吹きだしそうになった。
 部屋の反対側まで転がった赤竜少年が、ナルとメルを警戒するように部屋の壁に沿って弟の所に向かった。

 弟の手を取って立たせてやるところを見ると、それほど悪い子でもないのだろうが、最初のイメージがねえ。
 二人の赤竜は、標的を大人に変えたらしく、やや離れた位置で、俺達に向かって叫んだ。

 「お、おまえらなんか、怖くないんだからな。そいつらは、タダの人族だろう。
 言うこと聞かないと、そいつらをやっちゃうぞ」

 「そうだそうだ」

 あー、この発言は、さすがにまずかったな。

 リーヴァスさんが、二人に近づいていく。

 「く、来るなっ! 近づいたら、やっつけちゃうぞ!」

 リーヴァスさんは、そのまま二人のすぐ近くまで歩みよった。大きい方の赤竜が、普通なら避けられないほどの張り手を放つ。
 もちろん、「普通なら」である。

 リーヴァスさんは、あっという間に赤竜の首根っこを掴むと、立膝の上にうつ伏せにする。

 あちゃー、またお尻ぺんぺんですか。

 ぱちーん、ぱちーんと、お尻を叩く音がする。

 「痛い! 痛いっ! もうやめてっ!」

 「レディーの前では、行儀よくしなさい」

 「するっ、するからっ」

 ぱちーん、ぱちーん

 「目上の人には、敬語を使いなさい」

 「えーん。します、します」

 リーヴァスさんが、赤竜兄を膝から降ろすと、呆然としていた赤竜弟が、やっと動きだした。

 「よくも、兄ちゃんをっ!」

 彼は、そう言うと、リーヴァスさんに飛びかかろうとした。だが、身体がピクリとも動かない。

 「あれ? ど、どうして」

 背後から俺がゆっくり近づく。足音を聞いて、青くなった赤竜弟がギギギと後ろを見た。
 俺がニヤリと笑う。

 「ひーっ!」

 「どうした。人族ならやっつけられるんじゃなかったのか?」

 俺が、やや低くした声で言う。

 「許して、許してください。えーん」

 あー、やりすぎちゃったか。おしっこ漏らしてるな。
 俺は、肩をすくめると、先程駆けつけてくれた先生役の竜を見た。彼は、40歳くらいの男性の姿に人化している。

 「この子らは、他の子供達より、真竜の血が濃いということで、我まま放題に育てられたのです。
 他の子と一緒に育てようと、何度も試したのですが、とにかく力任せの暴力を振るうので、今までどうしようも無かったのです」

 多分、最初の所でボタンの掛け違いがあったのだろう。誰かが、お前達は特別だと、吹きこんだのかもしれない。
 ナルとメルが、トコトコと二人に近づくと、ナルが兄竜、メルが弟竜の頭をそれぞれ撫ではじめた。

 「泣かないでね。いい子いい子」

 「いい子いい子ー」

 あれ? これって、エルファリアで、二人が魔獣を手懐けたテクニックじゃないか?

 俺はそう思ったが、黙っておいた。赤竜の兄弟が泣きやむと、ナルとメルはルル達の所に戻った。
 部屋中に散らばっていた子竜が、ナルとメルの前に集まってくる。竜の姿である彼らは、地面に首をつける姿勢をとった。ナルとメルが、その頭を撫でてやる。

 「「いい子いい子ー」」

 子竜達は、心地よさそうに目を細めている。

 「はー。『いい子いい子』って万能ね」

 コルナが、呆れ半分で笑っている。


 べそをかいていた赤竜兄弟は、今はリーヴァスさんに頭を撫でてもらっていた。
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