泣きながら恋をする

ももくり

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恋について考える

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「酷い別れ方をしたのは俺の方だから、こんなこと言える義理じゃないんだが。松崎といても、いちいちお前のことを思い出す。最初は気のせいだと思おうとした。だけど、職場で会うたび心が騒ぐ。別れたはずなのに、お前が恋しくて堪らない。なあ、やり直せないか?彼女とは別れるから、もう一度…」
 
ボスの腕の中で体の向きを変え、
ジッとその顔を見る。
 
ああ、相変わらず不器用そうな笑顔だ。
この笑顔がすごくすごく好きだったな。 
 
「もう遅いです。私、彼と同棲してて。何も無かったことには出来ないから」
「恵麻、やっぱり俺はお前じゃないと…」
 
たぶん、私たちは結ばれない運命なのだ。
 
毎日一緒に仕事をして、戻れるチャンスはいつでも有ったはずなのに。このタイミングで復縁を望まれて、ハイと言えるはずがない。

「松崎さんとお幸せに。彼女、原さんと結婚も考えてるみたいですよ。ほらもうフラフラしないで、すべて受け止めてあげないと」
 
松崎さんの浮気癖が治ったのか。
彼女が一番好きなのは、本当にボスなのか。
 
それは分かりようもないけど。
 
その彼女を2度も選んだのは、この人なのだと、自分で自分に言い聞かせ、その場を後にする。たぶん彼女は自分を偽って見せるのがとても上手で、私はソレを良しとしなかっただけ。
 
正直に生きるのは損だな、と初めて思った。
 
 
 
 
その日の晩。
 
「それってつまり、そこまで本気じゃないってことだろう。なあ、恵麻ちゃんはさ、何を焦ってる?」
 
さすがにそのまま帰宅する気になれず、汚いおでん屋で長澤と向かい合っていた。以前の焼鳥屋といい、なぜこの人は『汚くて』美味しい店を好むのか。女を誘うには、もっと洒落た店があるよね?
 
…などと思いつつ、目の前の人の話に耳を傾ける。
 
「あのさ、『好き』を間違えてない?
尊敬する、親しみやすい、可愛い、いじらしい。
…そんなふうに、良さげな感情を全部
『好き』だと思い込んでるよね?
 
恵麻ちゃんソレ、恋とは違う」
 
思わず『なるほど』と納得してしまったワケで。
それでも、どうにか反論してみる。

「じゃ、じゃあ長澤は恋してるの?
恋ってどんなモノか、具体的に言ってみてよ」
 
「恋はしてるよ。好きな女はいる。
たぶんそのコは俺のコト何とも思ってないけど。
 
でも、いいんだ。
のんびり待つことにしたから。
 
なあ、さっき言っただろ?
恵麻ちゃんは焦り過ぎだって。
 
そんな慌てて原と付き合う必要無かったよな。
もっとお互いを知ってからでイイじゃん。
 
なのに付き合った後で、
好きになろうと努力したりして。
 
その挙句、アッという間にフラれてやんの。
 
もしかして原は期待してたのかもしれないぞ?
恵麻ちゃんが『別れたくない』って言うのを。
 
アイツ、ああいう面倒臭い男だからさ。
自分からは言わないけど、
相手には気持ちを言わせようとしたのかも。
 
それなのにすぐ、
怪しげなIT社長に乗り換えちゃうんだもん。
 
恋ってもんはね、逃げたりしないの。
 
本気で好きだったら、
代わりはいないし、揺らがない。
 
もっとゆっくり進んでも、大丈夫なんだって」
 
 
な、長澤のクセに。

でも、悔しいけど腑に落ちた。 
確かに私、焦ってたかも。
 
彼氏をつくらなきゃって。
別れたら、スグ次に行かなくちゃって。

「正直、早く別れろとも思うけど、
IT社長とは、ゆっくり進みなよ」
 
そう言って微笑むその姿に、
ほんの少しだけドキリとしたけど、
 
気付かないフリで、ビールを喉に流し込んだ。
 
 
 
 
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