泣きながら恋をする

ももくり

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ザワつく心

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そのとき。
 
急に店内が賑やかになり、うるさそうな客が入ってくる。背を向けて座っている私には見えないが、顔を上げた長澤が、苦笑した。
 
「お前ら…。絶対ワザとだろ?」
 
「わあ、長澤さんだあ。デートですかあ?」
「バカ、雪。そんなワケないだろ」
「失礼だぞ、晋吾も雪も。長澤さん、モテるし」
「だよねえ?最近、モテモテですもんねえ」
 
営業部の若手4人組。えっと森戸君に雪ちゃんカップルと、安藤君と里央ちゃん…も付き合い出したんだよね。全員、三日月が横になったような目をしてニヤニヤと私たちを眺めている。
 
早く去ってくれますように。
 
そんな願いも虚しく、なぜかそのまま居座られる。うーん…座敷とは言え、4人用テーブルに6人は結構キツイなあ。しかも、私と長澤以外はラブラブしてるし。
 
「この店に行くって聞こえましたもん。最初、かえでちゃんも俺らについてくるって騒いでたんですけど。たぶん森さんといるだろうなと思って、根性で振り切りました。ていうか長澤さん、もう森さんには彼氏いるんでしょ?諦めて楓ちゃんの気持ちを受け入れてあげましょうよ」
 
森戸君の言葉に、驚きを隠せない。
 
えっと『楓ちゃん』って、私の後任の林さんだよね?確か主任が『奇跡の23才』とか言ってた、男なら誰でも好きになりそうな清純タイプの女の子。
 
「え、林さんって長澤のことが好きなの?」
 
私の問いに、雪ちゃんが答える。
 
「長澤さん、顔だけはイイですからね」
「そうそう…って、褒めてんのか、それとも貶してんのかどっちだ深田ァ!」
 
分かり易く照れている長澤を、コッソリ観察してみた。うーん、確かに。黙っていればそこそこカッコイイかも。
 
でも、いろいろと残念だから。
 
呼べばスグ来るし、行きつけの店は汚いし、
話も面白すぎるし、バカみたいに優しい…
 
って、あれ?
あまりデメリットが無いな。
 
もしかして、いいとこだらけかも。いやいやダメダメ、私には山辺さんがいるのに。…そう自分で自分に言い聞かせてみる。そんなことよりも、今どきの若いカップルをこれほど間近でジッと見たことが無かったから、なんだかとても新鮮で。
 
ふむふむ。
 
しょっちゅう視線を絡ませ、いちいち触れ合う森戸君と雪ちゃんカップル。そして一定の距離を保ち、たまに視線が合うと、頬を染めて微笑み合う安藤君と里央ちゃんカップル。
 
それぞれ反応は違うけど、きちんと好き同士なんだよなあ…などと思い、自分に置き換えてみる。
 
うーん。山辺さんは私のことを好きだと言ってくれるけど、何だかもう挨拶みたいになってる感じで。「おはよう」「おやすみ」「好きだよ」が同列になっているというか。こんな風に視線を合わせて恥じらうとか、少しでも触れ合っていたいとか、そんな『好き』が私たちには存在していない気がする。
 
彼との間に感じる小さな溝。
 
それは既婚者だったことを隠していたという、その部分がとても大きくて。平気で嘘を吐ける人なんて信頼できない…などと言いながら『結婚』という言葉に飛びつく。
 
ああ、私って支離滅裂だな。
 
落ち込んでいると、他の5人が一斉に騒ぎ出す。
顔を上げると、そこには…
 
「き、来ちゃいましたッ」
「楓ちゃん??なんで」
 
噂の林さんが立っていて、アワアワと身振り手振りつきで話し始めた。

「す、少しでも長澤さんと一緒にいたくて。ダ、ダメでしょうかッ?!」

ほんとズルイ。
 
そんな顔でそんなことを言われたら、殆どの男が落ちてしまうに違いない。しかもこのコ、これが計算とかじゃないみたいだから余計にタチが悪い。
 
「ダメだって。ほら、このテーブルもう満席だろ?今夜は大人しく帰って」
 
な、長澤のクセになんかカッコイイ…。
私の視線を感じた長澤が、こちらを見ずに言う。
 
「恵麻ちゃん、見過ぎ。照れるから止めて」
 
それから林さんに向けて優しく続けた。
 
「ああ、もう仕方ないな。そこのタクシー乗り場まで送るから」
 
コクンと素直に頷いた林さんと一緒に、
長澤は店を出て行く。
 
 
 
──その姿を見て、妙に胸がザワついた。
 
 
 
 
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