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微かな希望
しおりを挟むその日の夜10時。
私と鈴木さんは、一心不乱に給与計算システムを修復していた。おのれ、三ツ谷め!源泉徴収の計算ツールを勝手にイジリやがって。しかもイジっておきながら、こう言ったのだ。
「だって使い勝手が悪い気がして。変えてみたんですけどダメでしたかァ?」
それを聞いても怒鳴らなかった自分に、たくさんご褒美をあげたい。まったく本当に今日は厄日じゃなかろうか。
最後の砦だった山川さんに告白され。
好きな男を、嫌いな女に奪われ。
仕事までもがこの調子。
お祓いにでも行って来ようかな。
いや、それよりもお腹がすいた。
さっきから、グーグー鳴ってる。
買い出しに行っていたらしく、コンビニ袋を片手に鈴木さんが戻って来た。そこから取り出した納豆巻を私に向かって投げ、『食べろ』という。
「食べ物を投げないでくださいよ。バチが当たるんですからねッ。っていうか、どうして納豆巻?」
「いや、細長い食べ物の方が、仕事しながら食えるだろうよ」
それは有り難いのだが、納豆はネバる。この人はそこんとこを分かっていないのだろうか。私にだって恥じらいはあるのだ。好きな男の前で、口から糸をひきながら何かを食すのはメッチャ抵抗あるんですけど。
しかし厚意を無碍にすることも出来ず、素直に礼を言って食べ始める私。
「もうあと2時間ってとこですかねえ。やっと先が見えてきましたよ」
「えっと、あれ?三ツ谷は??」
「お父様の誕生日だから、日付が変わらないうちに帰ってお祝いをしてあげるのだと。実に親思いの素敵なお嬢さんですね(嫌味)」
「へ?俺がいないうちに帰ったのか?」
たぶん、いない隙を狙ったんだと思うけど。貴方様が席を立った途端、ダルそうにして全然仕事してなかったし。注意はしてみたものの右から左に流され、サッサと逃げられてしまいましたわ。
「なんか切ないなあ」
思わず本音が口から零れ、それが聞こえたらしい鈴木さんがボソリと言う。
「アホ、俺の方がずっと切ないっつうの。なあ、お前、今日は俺んち泊まってけよ」
…心の底から振り絞るように、その言葉が出た。
「は?」
…追加で出た。
「鈴木さん、変わるんじゃなかったんですか?」
「アホ、これでもかなり変わったっつうの。更にどこを変えろってんだ?」
「三ツ谷さんは?」
「そんなの関係ないだろ?」
「……」
「な、なんだよ」
「いえ、なんでもないです」
そっか、彼女と付き合い始めたことを私が知らないと思ってるんだな。私と彼女は仲が悪いから、何も聞いていないと。だからこっちとも続けられると、そう思っていらっしゃる?
「う、はい、行きますっ。今晩、鈴木さんとこに泊まっちゃいますっ」
自分で自分に呆れるけど。
ほんと、三ツ谷さんのことを言えないや。
私の方がもっとずっと、タチが悪い。
彼女がいると分かってて、それでも関係を続けようとしているのだから。『もしかして、このまま頑張り続けていたら私を選んでくれるかも』なんて、微かな希望にすがりつこうとしているのだから。
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